1-02:暗い教室
ピピピピッ、ピピピピッ。
ピピッ
「……朝か……」
* * *
「おはよう沙夜。って、アレ? 大丈夫? なんか目赤いし、クマできてるよ」
「うん、大丈夫……」
登校中、途中で合流した友達が聞いてきた。
私は、心配してくれる友達に大丈夫だと知らせるために微笑んだ。それでも、あんまり眠っていないから、疲れた表情にも見えたかもしれない。
ちなみに、沙夜っていうのは私の名前。フルネームで桜坂 沙夜。
「大丈夫? 本当に?」
「本当だって……」
相変わらず疲れた声しか出せない私は、どうやら友達に余計に心配かけてしまったらしい。小さくあくびして、手を離すと、また友達が話しかけてきた。
「何かあったんでしょ? 昨日一緒に帰るはずだったのにさ、沙夜、気付いたら居なかったもん。その時に何かあったの?」
「……うん」
「できれば私にも相談して欲しいなー……一応、沙夜のこと親友だと思ってるし」
「……うん、アリガト」
私が顔を上げると、友達は優しく微笑んでいた。私の、あまり素直に何でも話せないという所を、友達はよーく知っていたんだ。普段は強気だけど、相談とかはあまり出来ない私。
そんな私は、友達に対してちょっと、笑顔を見せた。
昨日のことを話してしまおう。
「うん。あの、あんまり大した事じゃ無いんだけど……」
* * *
「なァにソレ!!」
教室に友達の声が響いた。まだ誰も居ない教室に響いた声は、私たちの耳に入って消えた。
まだ時間は早い。私たちはいつも一番に学校に来ている。別に早く着たい理由とかは、私は無いんだけど。私は、ね。
友達は怒った顔で自分の席に歩いていって、カバンを叩きつけて戻ってきた。
「沙夜、それは怒って正解だよ。つーか殴ってもいい!」
「でしょー!? アイツマジむっかついた!」
友達にグチってる内に、私は元のテンションを取り戻していた。
そして散々あいつ――楓 来の悪口を言いまくった後、友達がふと呟いた。
「……でも、何でアイツが自殺するんだろうなぁ〜?」
「えっ、何で?」
だってさ、と言って、友達は椅子から立って背伸びした。
「アイツ、別にイジメられても無いし、ハブられても無いしさ。そりゃ、ちょっと目つき悪くて近寄りがたいけど、顔も別にフツーだし」
「うーん……」
「それにアイツ、勉強でも学年トップ30以内に入ってたし、スポーツだって部活レギュラーだったじゃん? 変だよね、そういう完璧っぽい奴がそんなことするのって」
「思った。変」
言われれば確かに、アイツには死ぬ理由は無いと思う。
「でも現実の話、アイツ柵の外に居たし、やっぱ……?」
「さぁね。そんな完璧サンの考えることなんてわっかんないし。学生の身分で人生見切りつけて、最後に派手に死んでやるとか思ったんじゃない?」
「そんな変なこと考えるかなー? それだったら私なら――」
言おうとした私を友達が遮った。
「そんなこともういーじゃん。何だか話してる私らまで憂鬱になってくるよ」
「でもさ、やっぱ気になるし……」
「なァにそれ。惚れちゃったの? 自殺未遂で?」
「まっさか」
あんな失礼な奴、好きになるわけが無い。それどころか、今も顔を思い出すだけで苛立ってくるぐらいなんだから。
でも、やっぱり気になる。何で死のうとしたのか。何で、死のうと、しちゃうのって。
「でも気になんない? そんな完璧君が何で自殺するのか。私すっごい気になる」
「やめなよ。パパラッチとかじゃないんだしさ。自殺なんて、放っといた方がいいよ」
「……でもー、」
丁度ここで、別のクラスメイトが教室に入ってきたので、私たちは話を止めた。
* * *
そして、ホームルームが始まるギリギリに、楓 来は教室に入ってきた。そのまま他の男子数人に適当に挨拶して、自分の席に座った。
昨日のことなど無かったかのように、いつも通りだった。
(やっぱ、自殺じゃなかったのかな……?)
そう思ったけど、私はやっぱり納得いかなかった。
屋上で見た時、楓は凄く暗い表情をしていた。普段から暗い奴だって分かってたけど、それ以上に塞ぎこんでいたみたいな気がした。
私は、楓の後姿を見ながら、ただただボーッとしていた。
* * *
放課後になった。
私は教室を友達と一緒に出た。友達は一緒に、早く帰りたかったみたいだが、私はもう少し待っててとお願いした。
「もしかしてまだ楓のこと? 沙夜、ベタ惚れじゃん?」
「違うんだけど?」
「ご、ごめんごめん。ちょっと、怒らないでよ〜」
結局友達も一緒に着いてきた。そんなに私とあの礼儀知らずをカップリングしたいのだろうか?
教室を覗くと、まだ楓は席に座っている。カバンを机の上に置いて、机の中から何かを探している。
教室に入って、私は声をかけた。
「ねぇ、ちょっと」
昨日のことを思い出して、私はちょっと怒ったような声で楓を呼んだ。楓は机から顔を上げると、私の顔を見て溜め息をついた。
「……またお前かよ」
「また私で悪い? そっちがちゃんと話すまでしつこく聞くからね」
「うわ〜、沙夜って一途〜」
「……」
「ごめんなさい、もう茶化しません」
友達は私の顔を見て、後で話聞くよ、と言って教室を出て行った。その姿を見送って、私は楓の方に向き直る。
教室にはもう、私と楓しか居ない。
「ねぇ、早く答えてよ」
私が急かすと、またそいつは溜め息をついた。
「……だから、違う。自殺じゃない」
「じゃあ何?」
「偶然、オレがあそこに居ただけだ」
「……はぁ!?」
相変わらずホントのことを言わないこいつに、とうとう私もキレた。
「いい加減にしてよ!! 何、偶然って! 屋上の柵の外にいるのが偶然? そんなのあるわけ無いじゃん!!!」
「……」
楓は無表情のまま、私から目を逸らした。しかし、そのメンドくさそうな態度は、逆に私の怒りを煽った。
「ちゃんと聞けよ!! ねぇ、何であんなことしたのさ!? 話してよ! 話さないと何にもわかんないじゃん!!! ねぇ、聞いてるの!?」
一気にまくし立て、少し息の上がる私。それでも、楓はそっぽを向いて黙り込んでいた。
我慢の限界だ。
「――!!」
バチンッ!!!
「痛ッ!」
あまり乾いていない張り手の音がして、楓は頬を押さえた。私は振り下ろした右手を何度か振って(ちょっと痛かった)、
「……バカ」
一言だけ、聞こえるように言ってやった。足早に教室を横切って、右手でドアを開けて、後ろ手に思いッ切り、ドアを閉めた。
「……沙夜? どしたの?」
待っていた友達が、若干引き気味に私に話しかけてきた。
* * *
ガシャン!!
オレが顔を上げると、丁度ドアの閉まる音がした。多分、桜坂(名前は名簿で思い出した)はもうオレに関らないと思う。
「はぁっ……」
溜め息を吐く。あまり痛くなかったとはいえ、あいつがキレていることはしっかりと分かった。オレが怒らせたんだから、当然だが。
あいつがオレに何度も突っかかってくることが分かったので、わざと怒らせるような態度を取っていた。結果、左頬に痛みが残ったが、別に気にするほどでもなかった。
「ったく、しつこい奴だった……」
* * *
またあいつと会うとやっかいだと思ったオレは、帰る時間を10分ほどずらした。時間はケータイで適当に潰した。
校舎の外に出ると、雨が降っていた。
「メンドくせェ……」
そうぼやいて、傘を差した。紺色の傘を右手に持って、オレは家に帰った。
明日はあいつと関らない。そう思うと、やっとオレの『普通』が戻ってきた気分になった。