1-13:キミの過去
沙夜の過去のお話です。
今から何年か前。
私はその時、一人だった。
ただ一人ってワケじゃなくて、もちろん他の人と話そうとした。
でも、その度に「避けられてる」って感じるんだ。自分が、他の人に、ね。
だから、私は逃げ出した。
学校から、家から、皆から。
* * *
学校の反対側のカラオケボックスで、一時間ほど時間を使う。
歌ったのは一曲だけ。それを歌ったら、もう涙ばっかりになって、歌えなくなってしまったから。
恋の歌だったけど、でも失恋ソング。
今の私には、流行りのラブソングなんて傷に滲みるだけだったから。
* * *
結局見つかって、親に叱られた。何で学校に行かないんだ。そればっかり。
私は何も言わなかった。そしたら叩かれた。頬っぺたに、ぱちんって。
痛かったけど、泣かなかった。てゆーか、泣く気も起きなかった。
――何にも知らないクセに。
そう思って、その日は眠った。
* * *
ムリヤリ車で送られた。
私はイヤだって言ったけど、信じてくれなかった。
信じてくれない。親なのに。
――また、学校か……
考えると、無気力になって、そして、とても怖くなった。逃げ出したくなった。
でも、校門で先生が待ち構えてたから、逃げられなかった。
* * *
教室に入りたくなかった。
靴は濡れていて、私はスリッパを使っていた。先生に言って、ちゃんと借りた。
私は皆とは違う。そんなことを考えてた。
教室に行くまでの、一歩一歩が凄く辛い。
周りの人の半分ぐらいのスピードで、ゆっくり、でも確実に近づいていった。
――行きたくないのに。
吸い寄せられるみたいに、私は教室の中に、入ってしまった。
まず目に入ったのは、私のことを見る、皆。
でも、全然心配とかじゃない。
なんで来るんだよ。お前なんか来なくていーよ。汚い顔してるクセに。キモいんだよ。
皆は言葉を使わないけど、目は、本当にそう言ってて、泣きそうになった。
――私は、誰からも嫌われてる。
そう思って、私は目を伏せた。誰とも合せないように。
誰にも、何にも言われないように。
* * *
授業中、消しゴムとか、紙とか、そうゆうのが飛んでくるのは、もう馴れた。
時々手紙に『死ぬのなら手伝ってあげる』とかも書かれていた。
――死ぬ、かぁ……
窓の外を見る。不快なほどにきれいに、青空は広がっていた。
とりわけ大きなあの雲が、どれだけ遠くにあるかは分からない。
――あの雲からなら、死ぬのかな?
雲には乗れない。分かってるけど、もし乗れたらいいのに。
誰も知らないどこかに行きたい。そこで生きたい。
私はそう思って、手紙を破った。
* * *
お弁当は、皆に踏まれてぐちゃぐちゃになった。
手紙を破いたのがバレて、こうなった。
でも、先生も見てたんでしょ?
なんで、注意してくれないの?
学級崩壊が怖いの?
じゃあ、私だけが犠牲?
遊んでるように見えた?
お弁当踏まれて、喜ぶ人なんて居ないのに。
私が嫌いなの?
先生も?
――きっと、そうなんだ。
だって、私は、誰にも要らない人だから。
* * *
私が決めたその日、風はとても強かった。
屋上には、風がびゅんびゅん吹いていて、スカートとかを抑えるのが大変だった。
別にもう、どーでもいーのかもしれないけどね。
鉄のフェンスの向こうには、小さな足場があるだけ。
小さな足場の向こうには、灰色の空と空気がある。
じゃあ、その向こうには?
――死んだら、どうなるのかな?
もし天国があるのなら、そこで虐められないかな?
もし地獄があるのなら、そこで虐められないかな?
もし生まれ変わる時は、
――次は、もっと楽しいところに、行きたいよ。
私は笑いながら、涙を流した。
今から私は死ぬのに、そのことを誰も知らない。
今から私は死ぬのに、悲しんでる顔が思い浮かばない。
今から私が死ぬのに、誰の笑い声がした。
――結局、こうなんだ……。
最後の最後まで、私は独りぼっち。
虚脱感が体を襲う。
* * *
死ねなかった。
家に帰って、帰りが遅いって怒られて、また死にたくなった。
* * *
私は路地裏を歩いていた。
誰かに襲われたかった。
体だけを売りたくなかったから、包丁も持ってきた。
これを見せて抵抗したら、相手が奪って刺してくれるかもしれない。
相手が初めから持ってるならそれでいいけど。
自分で死ねないから、殺して欲しかった。
* * *
朝まで歩き回ってたり、コンビニに居たりしたけど、誰も居なかった。
親に見つかる前に帰って、寝てた振りした。
その日の学校は、ほとんどの授業を眠っていた。
6時間目が終わって目覚めると、机に『死ね』がびっしり書き込まれていた。
私は笑った。
これを見せれば、先生も動いてくれる。
でも私はそうしなかった。
こんな学校なんて潰れればいいんだ。
* * *
何にも出来ない私は、屋上に居た。
いろんな気持ちがごちゃまぜになってて、もうワケわかんない。
――私は、死にたいけど、生きたい。
でも私の「生きる」は、私が「死ぬ」こと前提だった。
私はフェンスから身を乗り出して、座り込んだ。
右足を外に出して、重力に負けて折れるのを感じた。
全部を出したら、きっと私は重力に負けてしまう。
私はもう、ずっと自分に負けていたから、どーでもよかった。
なのに。
――誰?
私の右腕が誰かに捕まっていた。
* * *
同じクラスで、名前も知らない誰かは、私がフェンスを乗り越えるまで腕を離さなかった。
男子だった。
いっつも男子と女子から虐められてる私は、怖くなって、逃げ出そうとした。
でも、左腕を掴まれて、悲鳴を上げそうになった。
・・・
その時、ね。
何かを言われたんだけど。
今の私は、覚えてないんだ。
ただ、すっごく温かくて。
ただ、すっごく優しかった。
私は、すぐに泣いちゃった。
それを見て、その人、びっくりしてたなぁ。
・・・
「自殺しようとしただろ? 死ぬなよ」
* * *
名前はなんだっけ。
とにかく、その人には優しくしてもらった。
イジメられてるのも、その人と仲良くしていると、自然に消えてしまった。
今まで遠巻きに見ていた人たちが、私に謝ってきた。
信じてあげない。とか、意地悪なこと思ったけど、だめだった。
――やっぱり私は、生きていたのかな?
その人はにっこり笑っていた。
* * *
やがて進級して、クラスは別々になった。その時に、ちょっとだけ心配になった。
だけど、前まで遠巻きに見ていた人たちは、今度は私を助けてくれた。
私はだんだんと、学校が楽しくなっていた。
ある日、メールが来た。
友達からだった。
『×××君、知ってる? 屋上から飛び降りて即死だって』
返信を急いで送った。
ウソじゃなかった。
――?
また、あの時の、不思議な感情が戻ってきた。
まるで、空っぽの箱になったみたいな気分だった。
* * *
その人のお葬式に、私は行った。
あんなにいつも楽しそうで、友達もたくさん居たのに、私以外には数人しか生徒は居ない。
その中で、私のすぐ隣に座っている、男子生徒がいた。
――泣いて、ない。
他の2人は泣いてるのに、彼は泣いていなかった。
ただ、何にも無い表情だった。
――私と同じだ。
悲しいはずなのに。
悔しいはずなのに。
泣きたいはずなのに。
お礼だってしてないのに。
涙すら出ない。白状者だって、私はそう思っていた。
――この人も、私と同じ。
そう思っただけで、この人のことが強く印象に残った。
* * *
私は、泣けなかった。
隣に座っていた男子生徒は、お香をあげた時に、外に飛び出した。
私が外に出ると、彼は泣いていた。
さっきまでの無表情からは考えられないぐらい、悲しい、悔しい顔だった。
まるで、自分のせいだって言うみたいに。
――違うよ。
本当に悪いのは、私だ。だって、気付けなかったどころか、忘れてたから。
私の恩人だったのに。
その人の僅かな違いを見つけられなかった。
今でも。
――ばいばい、ありがとう。
お葬式から帰るとき、彼に向かって言った。
きっと聞こえていないだろうけど。
――ばいばい、ばいばい。ありがとう。……アリガト。
* * * * * *
ジリリリッ!
「うぅん? ……うん……」
ガチャッ!
「ふぁあ〜……」
私は起きた。
寝ぼけ眼を擦って、前の壁を見る。
さっきまでの景色が焼きついてるように見えた。
「……」
名前も覚えていない誰か。顔も覚えていない誰か。
掴まれた右腕の感覚さえ、消えそうになっている。
「……うぅん……」
目を擦る。
昨日帰ってきてから、私はすぐに眠ってしまったみたいで、服は昨日のままだった。
「…うぅ…」
目を擦る。何度も、何度も。
だけど、止まらなくなってきた。
「……あれ……あれ……あれ……?」
うわ言のように呟いて、私は何度も目を拭った。
濡れている手の甲で擦り、濡れた面積が広がる。
「……なんで……あれ……?」
夢の内容のほとんどを忘れてしまった私は、泣いている理由をすぐには把握できずに、ただただ、泣いていた。
「……なん、で……泣、いて、るの……? 私……?」
着ていたシャツが濡れて、向こう側の肌まで濡れた。
泣き止むまで、私は泣き続けていた。
「うさぎや」さんが、この作品のアンサーストーリーを書いてくださいました。
そのアンサーストーリーで[Black and White]は完結いたします。
いますぐGO。