1-11:そして、沈黙が眠る頃
ピッ
「……っせェな……」
ガンガンする頭を抑えながら、ケータイの設定を変えた。
頭が痛いからって、別に二日酔いでも何でもない。ただ単に、ケータイから予想異常の爆音が流れてきただけだ。
音っつーより、シャウトだけどな。
「……あのバカ……」
オレは、昨日家に来たアイツに向けてぼやいた。
* * *
昨日。マジで――つまり、話したのと関係なしに――体調悪くなったオレを心配したのか、雪人が家に来た。
インターホンを無視してオレの家に勝手に上がってきたソイツは、ノックも無視してオレの部屋に勝手に入ってきて、驚くオレを無視していきなり怒鳴ってきた。
「このチキン野郎!!」
完全に勘違いしているソイツを抑えるために、オレは腹に一発入れておいた。
「ぐふッ……!」
床に崩れ落ちるリアルチキン。
「バカ。何勘違いしてんだよ。誰がチキンだボケ」
「な、なんだ……全然元気じゃんか……ま……紛らわしい……」
不意打ちになってしまったのか、意外と効いていた。かなり痛そうな顔で起き上がって。
「昨日オマエいきなり早退するから、マジでメンタルきたって思ったんだけど。全然大丈夫っぽいな」
「当たり前だろ」
「泣いてたくせに」
「……ッ!」
* * *
そんなこんなで、またオレに倒された後、床から起き上がったソイツはオレのケータイに何かをして帰っていった。
すぐにケータイを調べまくったが、別に変わったことも無いと思ってそのまま寝てしまった。
そして今日の朝。
「ッうわぁ!?」
耳元で大音量のシャウトを聞かされたオレは、ベッドから跳ね起き、そのままケータイから離れた。
混乱しているオレの目の前で、シャウトが終わると同時にアラームも終わった。
「……」
一度聞かされたことがあるから、すぐに分かった。
「雪人……! アイツ、昨日、これかよ……!!」
曲のリストを見ると、『朔』っていう曲が見つかり、アラームに設定されていた。
* * *
まだ頭がガンガンするが、今日も休んだら皆心配するなーと思い、こうして通学路を歩く。仕返しも考えてある。
とりあえず、同じような方法でやっておく。
「おっす、楓〜」
……メッチャ爽やか過ぎ。殴りてェ……!
「……おっす」
「なんて?」
「……おっす」
「ゴメンよく聞こえねー」
「……」
音漏れヘッドフォンをつけた親友は、爽やかでウザい満面の笑顔で言い放った。とりあえず、その右手に持っているウォークマンをぶんどって。
ボタン連打。音量UP,UP,UP!!
「……」
アレ? 聞いてない? 全然顔変わんねー?
「う゛あ゛あ゛ーーーッ!!」
「うわっ」
ちょっと間置いて、いきなり叫んだ。ヘッドフォンからも、曲が分かるほどに聞こえてきた。
「――つあぁッ!! っうえぇー……」
ヘッドフォンを思いっきり投げて、上半身垂れる雪人。ヘッドフォンは地面に激突した。
「あぁーー! か、楓ェ、」
「ドンマイドンマイ。お前が変なコトするからだろ」
「テメェー…・・・うえッ」
気持ち悪そうにうな垂れる。
さっき流れた、っつーか轟音響かした曲は多分エルレの『バタフライ』だろう。他のヤツより元の音が大きめで、しかも最初ッから大音量のヤツ。
かわいそーに。
* * *
「お前今何聞いてる?」
「凱歌、沈黙が眠る頃。ディル」
「タイトルかっけェな」
「ありがと」
何でお前が礼言うんだよ、と言いそうになったが、ギリギリで止めた。
せっかく雪人が機嫌直したんだから、ちょっとそうゆう軽いノリでのツッコミは止めた方がいい。
結構コイツは根に持つ方だから。しつこいし。
「? 何か言ったか?」
「いや、別に」
* * *
昇降口から入り、玄関で靴を履きかえる。すぐ傍の階段を登り、廊下を右に曲がる。
たったこれだけ。毎日の日常茶飯事なワケだが。
「いてッ――」
なぜか階段につまづいたり、手すりに体をぶつけたりする。まぁ、それぐらいなら分かる。
でもアイツは、階段で思いっきりコケた。ポケットに手ェ突っ込んでたせいで受身も取れず、顔面強打。
そのまま5、6段ほどずり落ちていった。
「……」
階段の一番上でその光景を見ていたオレは、あまりのヒドさに目を離せない。
「――いって〜な〜……」
だがコケた張本人は、意外にもかなり普通な顔で立ち上がった。頬に青アザが出来ているが、恥ずかしさは微塵も見当たらない。
そのまま階段を登ってきて。
「行くか」
オレはコイツのことが、また分からなくなってきた。
* * *
ガラッ
「お、噂をすれば楓くんだ」
「えっ? あっ……」
私たちが『謝るついで「私がついてるから……」的な匂わせるセリフ』を言うか否かでもめていると、楓くんと雪くんが教室に入ってきた。
……なーんか雪くん、頬っぺた青いなぁ……?
「沙夜ー。れっつごー」
「えっ……」
今、楓くんたちは別の男子と話している。そこに踏込んでいくのはダメだと思います。そんな勇気無い。
「今更なんだよKY娘。KYらしく突っ込みなよ」
「KYじゃないもん」
「昨日認めたクセに」
「……」
くそ、反論できない。
「ほーら、沙夜ぁ。しゃんとしなよ」
「分かってるよー……あ……」
楓くんたちの方を向くと、楓くんと目が合った。丁度こっち向いてた。
「ほーら沙夜。ふぁいと」
「うわっ」
琴美に後ろから、けっこう強く押された。立ち上がってしまったけど。
(……何コレ。どーしたらいーの?)
楓くんは、こっち向いたまま、何か動かない。私もあっち向いたまま、動かない。
(……何コレ)
私が動けずにいると、楓くんの方から動き始めた。
……こっち歩いてきた。
「うぅ……」
何も出来ずに座り込む私。しょーがないでしょ、気ぃ弱いんだから!
それでも楓くんはこっちに歩いてくる。
「……」
テンパって何も出来ない私に楓くんが一歩一歩近づいてそして目の前で――
「……あれ?」
――私から目を離して歩き続けて、後ろに居た別の友達と話し始めた。
「……」
何もやる事無くて、椅子に座り込む私。
「……」
隣を見ると、琴美が『やれやれ』みたいな顔をして。
「大丈夫。明日があるさ」
何かもう意味わかんないや。
* * *
「ふぅー……ん。なんか、何も変わんねーなぁー……」
昼飯食い終わって、やることも無くボーッとしていると、突然雪人が意味分からんことを言い出した。
「何が変わんねーんだ?」
「うーん……何つーか……」
はっきり言うと、と念を押してから、雪人はオレにはっきり言った。
「……今、かなぁ……?」
「……あぁ?」
「だから、今」
「……もっと分かりやすく言えよ」
「彼女欲しい」
「分かりやすッ」
オレがそう言うと、雪人は机に突っ伏して、その姿勢で溜め息を吐いた。
「分かり易いだろ? 最大にして、最難関だ」
「……お前にとってもそうなのか?」
学校に来る度にクラス中の女子と話すお前を見てると、お前ならナンパしても大成功しそうだ。
だが、そのナンパキングは頭を振った。
「……無論。最難関だ。ラスボスってとこだな」
「……じゃあ隠しボスは?」
「浮気」
「……」
何だコイツの思考。
「オレは100%クリアを目指す」
「それって浮気するって事か? 何又かけるんだ?」
「3か4」
「多ッ。今0のクセに」
「お互い様だろ」
「……」
「……」
不毛な争いは続く。
* * *
沈黙は、十数分後にやっと破られた。
意味深な一言によって。
「……なぁ」
「あん?」
「……木ノ瀬とか、桜坂とか、いいんじゃね?」
「……」
十数分振りに顔を机から上げて、真剣に語る雪人。
何だってコイツは、こんな身近(?)な人物を例に挙げるのか。
「ってゆうかお前は誰でもいいのかよ?」
「誰でもいいー。女ならもう誰でもいいー」
「アラフォー狙え」
「嫌」
「じゃあ小学生」
「そんなシュミねーよ」
「……」
「……木ノ瀬、桜ちゃん、あとは夏姫だな」
かなりマジメな顔で言う辺り、コイツは本当に飢えているみたいだ。オレはまだ自制心とかきくから大丈夫だが。
「そういや、雪人。お前と暦さん、仲いいじゃん。名前で呼んでるし。最初は彼女かと思ってたし」
「違げーよ。夏姫とは小学校からずっと一緒だから、それで」
「あっそ」
また机に突っ伏す雪人。
……なんか今日は、時間の経過が遅いなぁ……。
「なぁ、楓ー」
「ん?」
雪人は机に突っ伏していて表情は読めないが、なんか腹黒くなっている予感。
上辺だけで今も、オレを弄んでいるのだ。……何言ってんだオレ。
「……あのさぁ」
雪人はそこで言葉切った。そして、すぐに繋いだ。
「……桜ちゃん、どーよ?」
……どーよと言われましても。
* * *
担任の号令が終わって5分後ぐらい。
「沙夜ぁ。結局謝んなかったね?」
「……別いいじゃん」
結局楓くんが一人の時は無くて、絶対に雪くん辺りが一緒に居た。
別に居てもいいんだけど、こっちとしてはお礼言うのも気恥ずかしい。見られるなんて持っての外。つまり絶対嫌。
「別にいいけどー……。沙夜、そんなに恥ずかしいなら、私が行ってこようか?」
「絶対ダメ」
友達に任せるなんて余計に誤解されてしまう。それに、琴美に頼んだら、どんなことねつ造されるか分からないし。
「この際メールでもいいんじゃない?」
「うーん。そだね」
「『前略。楓 来くんへ。私と結婚前提でお付き合いしてクダサイ』」
「ヤダ」
なんだソレ。どんだけ前略しすぎですか。
「じゃあ何て書くの?」
「フツーに、『昨日はゴメンね』って……」
「……そーいえば、沙夜は楓のアド知ってんの?」
「うん。雪くんに聞いた」
「ほーぅ。積極的なことで」
「別にそーゆーの一切無いし」
突き刺さるような――実際何度か悪寒を感じたくらいに――琴美の視線を受けながら、私はメールを10秒以下で書き終えて送信した。
「送ッ信」
* * *
ピリリリッ
『♪〜 ♪〜』
「おっ、メールだ」
「誰から?」
急にオレのケータイが鳴り出し、それに雪人が興味を示した。
……いやな予感も、多少はする。
ちなみにメール着信は『エトセトラ』にしてあった。
「なんでな〜の〜♪ なんでな〜の♪っと、誰だコレ?」
「うん? ……ああ、コレ、アレだ。桜ちゃん」
……はぁ?
「何でアイツがオレの知ってんだ?」
「教えたから」
「……お前が?」
「イエス」
……。
「痛い痛い痛いッ! 痛いっつってんだろボケェ!!」
「何で勝手に教えるんだよ……。しかもアイツに……」
「え? ダメか?」
「……別に、もういいけど」
「……青春だねェ」
「違う。アホ」
なんだかんだでメールを開いた。
ピッ
『昨日はチョット私KYだったぁ。。。 もし怒ってたらゴメン・・・』
「……」
無言で、返信を打つ。
「送ッ信」
「おい。何書いたんだ?何て書いてたんだ?」
雪人なんてシカトだ。
* * *
「あっ、返ってきた」
「え、なんてなんてー??」
ピッ
「……」
「ん? どしたの、沙夜ー?」
「『気にするな』……だって」
「……」
「はぁっ……私、メールしてよかったのかな?」
「さぁ? 自分で決めたんじゃん、KYくん?」
「痛いトコ突くよね……」
「ちょっとヤバいかもねェ。『気にするな』ってことは、多分向こうは怒ってたってことだし。怒ってるけど気にするなってコトかな?」
「えぇー……。なんか返した方がいいかな?」
「やめときなよ。余計ダメかもよ」
「うー……、あっ」
「? どしたの」
「もう一件着てた。雪くんだっ」
「どれー?」
「……『楓は別に怒ってないから大丈夫』だって」
「はぁ……。何でソレ、千くんが?」
「知らない」
「変なのー……」
* * *
「おい。お前今誰に送ったんだ?」
「お前がメールの内容見せない限り教えねーよッ」
「……じゃあ、いい」
「おう。じゃあな」
「じゃあな」
「……」
「……」
「……さて、と」
ピッ
「おう、木ノ瀬ー? さっき、楓にメール来ただろ? 内容教えてくれ」
『おっけー』