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1-01:屋上の風

 屋上は風が吹き荒れている。


 もう一月なのに、雪はまったく無し。この街にしては珍しい事だ。その代わり、風がとても強く、そして冷たい。身を切るような冷たさ、と表現される事が納得いくほど。嵐のような風と、冬の冷たさは相性抜群だった。


 屋上には誰も居ない。


 つい先ほどまで、一人の男子生徒が居たが、もう居ない。といっても、校舎へと続く道は、鍵が掛かっていて生徒は入ることは出来ない。

 屋上を隅々まで探してみても、その男子生徒は居ない。鍵を使って、校舎に入っているわけでもない。


 屋上には誰も居ない。


 それなのに、鍵の開く音がして、屋上に誰かが入ってきた。

 しかし、あの男子生徒は居ない。(かえで) (らい)という名前だった。


 屋上は一人しか居ない。


 それなのに、話し声がする。


 * * *


「ちょっと、何やってんの!?」


 そう言って、いきなり屋上に現れたそいつは、オレの方に走ってきて、いきなりオレの腕と首を掴んで締め上げてきた。


「バカ、やめ」

「うっさい! 教室に戻るって言うまでこうしてるからね!」


 何だか分からないが、向こうは必死だ。屋上を囲む鉄の柵から手を出してオレの手首と首を締め上げている。


「痛いんだけど」

「教室に戻ります、は!?」

「いや、だから」

「教室に戻ります、って言え!!」

「……教室に戻ります」

「ホントだな!?」


 しつこいな。それに、オレが何か答えるたびに、向こうは絞める力を上げてくるので、だんだん手首に感覚が無くなってきた。


「分かったって。戻るから」

「よかった。それなら、私右手掴んでるから、まずこっちに来てよ」


 掴まれている右手から温度が消えてきたオレは、左手だけで柵を越えた。だが、右手を掴まれているから、柵の上のほうでオレの右手は変な形になってしまった。


「イテェ!」

「あ、ごめんごめん」


 やっと離された、温度も感覚も消えた上に捻られた右手。オレは右手をポケットに突っ込んで、何度か手を動かした。

 そして戻ろうと歩き出してすぐ、そいつにまた捕まった。今度は左手首を。


「何だよ」


 そいつはオレよりも20cm程背の低い、黒いロングヘアの女子生徒だった。確かクラスメイトだったが、喋った事は無い。今まで何の接点も無く、オレはそいつの名前すら忘れた。

 そいつはオレのことをじっと睨んで、こう言った。


「アンタ、自殺するつもりだったでしょ?」


 低く、脅すような声でそいつは言った。オレは少し呆れて、返事をした。


「違う」

「嘘つくなよ!」


 相変わらず声を張り上げて、そいつはオレを睨んでいる。屋上には相も変わらず、冷たい風が吹き荒れている。


「じゃあ何で柵の外に居たの? 大体何で屋上に一人で居るの!? 絶対自殺じゃん!!」

「違うって」

「じゃあ何!? 言ってみてよ絶対なるほどって言えることなんでしょ!? ほら!!」

「……」


 言葉は出なかった。

 自殺しようとしたワケじゃない。オレはまだ死にたくは無い。しかし、あくまでそれは『今のオレ』の気持ち。『数分前のオレ』が同じ質問をされたら何て答えていたか、オレはあまり考えたくは無い。

 オレは沈黙を通す事にしたが、それを勘違いして、そいつはまた騒ぎ出した。


「答えられないじゃん! やっぱ自殺しようとしたんだ!」

「うるせェ」


 オレはそいつから離れようと歩き始めたが、そいつの右手がオレの左手をしっかり掴んで離してくれない。


「ねぇ、楓くん?」


 そいつはオレの名前を呼んで(クラスが同じだから知っていても不思議ではない)、オレを引っ張り戻した。


「何で自殺なんかしようとしたの?」


 オレはそいつの言ってる事がよく分からなかった。普通、自殺しようとした奴にこんなことを聞くだろうか。それ以前に、自殺しようとしてた奴と普通に会話が出来るのもおかしい。デリカシーが無さ過ぎる。これがKYなのだろうか。


「ねぇ、何で?」

「別にオレの勝手だろ」


 この答えがお気に召さなかったのか、そいつはまたオレを睨み始めた。同時に、左手首から感覚が少し消えた。


「勝手じゃ無いし! ってか自分の知ってる奴が自殺しそうになったんだから、心配するの当たり前じゃん」

「放っとけばいいだろ」

「何それ! ねぇ楓くん、楓くんってそんなに死にたいの!?」


 オレは無視することにした。それでも声はうるさく聞こえてくるし、風も冷たさも増してきたので、オレは校舎に続く階段に向かって歩き出した。左手首を掴んで引っ張ってくるそいつに対して、オレは強く引っ張って逆に引きずった。

 階段の真ん中、踊り場で、オレはそいつの手をムリヤリ振り解いた。

 そいつはぎゃんぎゃん喚くのを止めて、オレの方を見た。


「え、楓くん?」

「うっせェ」


 正直、オレは頭にきていた。


「お節介なんだよ、お前」


 そう言って、オレは仕方なく、教室に戻っていった。


 後ろの方から物音はまったくしなかったが、オレは罪悪感を感じる事も無く、ただ歩いていった。


 最悪な出会い方だった。


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