旅立ち
このハルクーベンの冒険者ギルドには、とてもいい人間が揃っいた。これは、ベイジット卿が治めている土地だからだろう。
治安もよく、悪事を働くものが現れればすぐにギルド職員や冒険者が解決してくれる。
そんなギルドの三階の角部屋。そこが俺に与えられた。
間取りは狭くはなく、入口正面に窓があり、右側にベッドと机が備え付けられていた。部屋の窓からは街の道路からその奥の景色まで見渡せ、今も街の人達が活気づいた様子で働いていた。
「いい街だな」
俺はかつて自分の作り上げた魔物の国を思い出していた。
あの街もみんな仲良くしていたが、あれは俺の配下としてのものだったのかもな。
こうして全くの赤の他人同士が仲良くしているという光景というのは感慨を覚えるものがある。
「よし、行くか」
俺は街並みから目を外し窓を閉める。
今はギドの勧誘の翌日。
今日の予定は、まずギルドという組織を理解すること。
今日一日はギルド職員の仕事の手伝いをする。当然給金も発生する。まぁ、多くの人間と接することで学べることもあるということだな。
俺の目標は強くなってあの勇者と再戦すること。その為に冒険者にならなければいけないのだが、今は時間が経つのを待たねばならない。いい経験と時間稼ぎになるだろう。それを軍資金もだ。
俺は一階に続く階段を駆け降りる。
「おはよう、ギド」
ギルドの受付カウンター前で待っていたギドに挨拶をする。これは人間の世界にある習慣らしく朝、昼、夜で挨拶が異なるらしい。
「おはよう、アル」
アル。ギドには昨日そう呼んでもらうように話した。アルジェントって長いしな。
「今日は頑張って働いてくれよ!」
ギドは俺の肩を叩きながら言う。
「今日一緒に働くレイラです。よろしくね」
「よろしく」
レイラと名乗った受付嬢はそう言うと俺に職員用の制服を渡してきた。
「奥に更衣室があるからそこで着替えてね」
レイラはカウンター奥にある扉を指してそう言った。
俺はその扉を通り更衣室に向かう。
扉の奥は廊下があり、横には資料室や貴重品保管庫などもあった。その中から更衣室を見つけ中に入る。
魔王だった頃は更衣室という概念は無かったな。俺は魔王だからいつも特別扱いだったからな。
新品の制服に袖を通しボタンを閉める。新しい服独特の匂いをかぎながら鏡を見る。
「うん、いい感じだ」
服のサイズは俺の身体にぴったりで随分としっくりくる。縫い目も頑丈で簡単には解れたりしないだろう。
「よく似合ってるよ!」
更衣室を出て受付カウンターに入ると、レイラが俺を見るなりそう言った。
「すっごく可愛い!」
「それは困るな」
可愛いとは、魔王に相応しくないとも思わなくもないが、今の俺は人間の子供。人間の女というのは小さいものや子供を可愛がるものだ。仕方がないのだろう。まぁ、魔物にとってはサイズなど関係なく、小さくても強い者がいるから侮れない、というのがあるからな。
「で、俺は何をすればいい?」
俺は話題を変えるように話を振る。
「今日は一緒に受付で冒険者の相手をしてもらいます」
レイラは俺に椅子を用意してくれた。
「と言ってもこの時間はあまり人が来ないから暇だね」
たしかにレイラの言う通りギルドの中には人が少ない。
今は朝の9時を回った頃だろうか、ギルド内にある酒場は朝もやっており朝食を提供してくれる。
「じゃあ、今のうちに仕事の内容を説明するね」
レイラは何やら紙を取り出して説明に入った。
「これは新人のギルド職員に見せるための指南書みたいなものだね。それで受付カウンターでの仕事は、冒険者登録、素材の受け取り、クエストの受注受付、任務の発令ぐらいかな。あとは適当な事務仕事とかギルド内の書類整理。それで素材の受け取りなんだけど専属の鑑定士がいて、その人はその扉の向こう1番奥の部屋にいるから、素材を受けとったらその人の所に行って鑑定してもらって。鑑定が終わったら扉の上にあるベルが鳴らされるからそしたら鑑定済みの品に値札が貼られるから、それをを受け取ってね。以上が受付の仕事だよ!」
レイラが言い終わると早速一つ目の仕事にかかる。
「この依頼書をクエストボードに貼ってきてちょうだい」
俺はレイラから紙を受け取りクエストボードへと向かう。
クエストボードにはたくさんの依頼書が貼ってあり、空いたスペースに手元の紙を貼り付ける。
これは、薬草の採取か...。
手元の紙には依頼内容の薬草採取と報酬、あとはギルド側が設定した適正ランクが表記されていた。
なるほど、このクエストの場合は誰でも受けれる最初のランク用の依頼ということか。
クエストボードに貼ってある他の紙も見てみるが、モンスターの討伐や鉱石採取、護衛など様々なクエストが貼ってある。
しかし、Aランク以上のクエストが少ないな。まぁ、ここの街周辺にはそれほど脅威的なモンスターは現れないがな。
俺はクエストボードから目を離しカウンターへと戻る。
それから先は冒険者の対応をしたり素材の鑑定、カウンター付近の掃除や整理を行いあっという間に1日が過ぎていった。
次の日からは魔法と戦闘の訓練も加わり、俺はギドから一本取るための修行を開始した。
技術は確実に俺の方が上。しかしリーチの短さや決め手に欠ける威力の低さがギドとの差を埋められない。身体には慣れてきたがやはり基礎能力が弱い。
何度も何度もギドに立ち向かう日々が続き、俺はとうとう2年を乗り切り、冒険者になるための資格を得た。
次に目指すは最強の冒険者だ。
俺はこの2年で稼いだ金と実力を手にギルドから旅立った。
あの時の勇者との再開を求めて。