弱気な回復職
アルジェントの出ていった扉を呆然と見つめるレンフレッド。
頭の中では色々なことが渦巻いている。
何故バレた?いやまだバレてないのか?鎌をかけられた?
止まらない疑問に、しかし応える者はいない。
鎌をかけられていたのだとしたらレンフレッドはもう取り返しがつけられない。
あの一瞬、完全に油断していたレンフレッドはその質問に反応してしまった。その動揺をアルジェントは確実に感じ取っただろう。未到達階層をたったの三人で攻略してきた人物だ。レンフレッドもそれくらいの力量差は分かっていたつもりだった。
「はぁ...」
「大丈夫ですか?」
レンフレッドが溜息をつく。
二人に出されたお茶を片付けている受付嬢がそれを見かねて声をかける。
「いや、大丈夫ではないな」
「さっきのアルジェントさんですよね?」
「ん、知っているのか?」
「最初あの人、一人でゴブリン退治に行こうとしてたんでパーティを斡旋したんです」
受付嬢は初めて会った頃の記憶を思い出しながら語る。
「他にも数日間休みもしないで依頼をこなしたり...」
「分かった分かった」
「あ、すいません」
レンフレッドが受付嬢の言葉を途中で止めると受付嬢は笑いながら部屋を退出して行った。
「しかしその話が本当ならあいつの化け物っぷりにも頷けるな」
レンフレッドはアルにつかせていた監視役に引くように指示を出した。
「はぁ...」
最後にもう一度だけ溜息をついて。
「やっと疑いが晴れたか」
ギルドに向かって歩く道の中でそう零す。
俺が魔族に疑われた原因はオリシスだ。
最初は小さかったオリシスも成長すれば立派な魔物だ。魔物を飼い慣らす冒険者もいるがオリシスには首輪を付けていなかった。
見た目凶悪な魔物を街で放し飼いにしていれば苦情のひとつやふたつはあるだろう。それがいけなかった。
魔物を使役している冒険者は基本的に魔物のことも登録しなければならない。それはその魔物が暴れた時の責任の問題でだ。
しかし俺はそれを知らなかった。知ったのはオリシスの拠点を森に移した後。それでは間に合わなかった。
「やめだやめだ、折角片付いたんだから」
俺は頭の隅に暗い考えを追いやる。
当面の問題は解決された。とりあえずはこの街でもう少しお金を貯めながら勇者の情報を集める。
俺が転生してまで戦いたい人物の捜索。最近はこの目的をすっかり忘れていたがそろそろ動き出してもいい頃だ。
「勇者の情報を集めるぞ」
「唐突にどうしたの?」
俺は宿に着くなりエリシアスにそう告げる。
「俺がこの人生で目的にしている人間だ」
「アルが人間を目的に!?そんな...」
エリシアスは俺の言葉を聞くと驚愕と共に項垂れた。
「アルが人間如きを目的にするなんて...」
エリシアスは俺が人間を目的にと言ったのが余程ショックだったようだ。あれ、勇者にエリシアスを会わせるのって凄い危険なんじゃない?
今更ながら重要なことに気が付いた。いやまだ決まったわけじゃないし今すぐにこの街を出るつもりもない。それまでに何とかエリシアスを矯正すればいいだけだ。骨が折れそうだな。
勇者は俺を倒した。俺はその勇者との再戦を望んでいる。しかし、エリシアスは俺を殺した勇者を絶対に許さない。
「はぁ」
「なんでこっちを見て溜息をつくの」
気付くと俺は溜息をついていた。
迷宮探索から二日。各自休養を取りながら過ごした。休養が必要なほど疲れていたわけではないが少しエリシアスに時間をあげたかった。
慣れない人の街での生活だ。ストレスも溜まるだろうしやりたいこともあるだろう。この二日エリシアスは街を歩いたり宿でゴロゴロしたりと自由に暮らしていた。
その間俺も何もしなかったわけではない。少し依頼をこなしつつ勇者の現在の情報などを聞き込みしていた。
「アルさん、お久しぶりです!」
「お久しぶりです」
「シュラたちか、久しぶり」
俺がギルド食堂で休憩しているとシュラたちが声をかけてきた。
「何してるんですか?」
「ちょっと調べ物」
「なるほど。そうだ、今から一緒に依頼行きませんか?」
今は勇者の情報を探しているがこれといって重要なことは分かっていない。このまま続けても収穫があるとは思わない。
「いいぞ」
俺はシュラ達の提案を飲み一緒に依頼を受けることにした。
「あの、マルクって言います。初めまして」
「初めまして」
今挨拶してきたのはシュラ達の新しいパーティメンバーのマルク。
シュラ達は俺の助言通り人数を増やしたようだ。
「役職は?」
「回復です」
回復か。回復魔法を使える人間は貴重だ。それをDランク冒険者のパーティがゲット出来るのは幸運だ。
「そうか、こいつらのことちゃんと守ってやってくれ」
「はい!」
まあ、俺がいる間はこいつらを死なせることはないと思うが。
マルクとの挨拶も程々に済ませ俺達は街を出る。
今回の依頼は街の近くに出現した魔物の討伐だ。近隣の村からの依頼で魔物の詳細は分かっていない。だが、この辺りに出る魔物はDランクの冒険者でも問題なく狩れる。油断しなければ大丈夫だろう。
「アルさんは普段前衛と後衛どちらですか?」
「普段はソロだからな、どっちもできるぞ」
「すごいですね」
「じゃあマルクと一緒に後衛をお願いします」
ギリウスから指示が出る。このパーティのバランスを考えれば妥当な判断だ。ギリウスは意外と頭が回るのかもしれない。良いリーダーになれる。
普段から連携の取っていない俺を前衛に置くよりも守りの薄い後衛、さらに回復職のマルクの護衛も兼ねている。
「マルクのことは俺が守ってやる」
「よろしくお願いします」
マルクは杖を抱えながら頭を下げた。というかマルクの防御力が低すぎる。
装備が少し弱いな。武器も杖だけのようだし。
「マルクは杖しか使わないのか?」
「はい、剣は重くて振れないんです」
これは思ったよりも大問題だな。マルク自身が自衛の手段を持たないということは有事の際に命を落とすことになる。
「マルク、明日は暇か?」
「えっと...」
「大丈夫ですよ、明日は依頼入れないんで!」
マルクが口ごもっている間にギリウスが応えた。マルクは途中から入ったから他のメンバーに気を遣っているのかもしれない。
「そうか、なら明日は俺と出かけるぞ」
「ぇ」
「何か不満か?」
「いやそういう訳じゃなくて、何するんですか?」
「それはお楽しみってことで」
俺が明日の予定を秘密にすると「教えてくださいよ〜」とマルクが迫ってくるが、俺はそんなマルクを軽くあしらう。
「ほら、明日の為に少しでも稼ぐぞ!」
「おー!」
俺のかけ声に元気な声が返ってくる。シュラだ。
「今回の依頼は調査の意味もあるから慎重に行こう」
「はい」
「マルク、あまり緊張するな」
「シゼさん」
パーティの中衛、シゼはマルクを気遣うように声をかける。それに対してマルクは一層身を小さくする。
もう少し気を楽にしていいと思うんだがマルクなりに考えているんだろう。
この依頼の間に何か変化があってくれてもいいがそう簡単にはいかないだろう。
その予想は見事に的中した。
魔物との戦いでマルクが活躍すればしっかりと自分の重要性を理解してくれると思ったんだがそうはならなかった。
「また僕は役に立てませんでした」
「マルクは回復職だから大丈夫だって」
戦闘後、一人で落ち込むマルクをギリウスが必死に励ます。もう何度目だろうかこの光景は。
俺が後衛にいればマルクの元に魔物が到達することは無い。もし通ってしまえばマルクの攻撃力では魔物を払えない。
ギリウス達前衛の頑張りで俺への魔物の数もかなり少ない。
今回討伐の依頼が出されたのはフロークローという兎型の魔物だ。
フロークローは数が多い。それ故に打ち漏らしが俺のところに飛んでくる。と言うよりも四方八方至る所から飛んでくる。
普通の兎と見た目が変わらないせいか村人などがうっかり縄張りに入ることがある。そうなると残りには骨すら残らない。
何もしなければ襲っては来ないが何もしないと勢力とともに縄張りが拡大する。全く迷惑な魔物だ。
まあ、その悉くを俺が捌いたわけで、それにマルクは負い目を感じている。
「マルクまだ依頼は終わってない、落ち込むのは帰ってからにしろ」
「すいません...」
少し強めに言い過ぎたか。マルクは少し俯いてしまった。
それから俺達は順調にフロークローの群れを討伐して行った。討伐した数は追加報酬となって返ってくる。絶滅させるくらいの勢いで狩ってしまおう。それに、フロークローの生息域はかなり広い。この森の群れを滅ぼしてもまた新たな群れがやってくる。
「それにしてもなんでフロークローの討伐依頼なのに魔物の正体が分からなかったんでしょうね?」
シュラのこの疑問が始まりだった。
俺は、俺達は大事な事を忘れていた。この依頼の目的は不明の魔物の調査、及び討伐だ。
シュラが言わなければ気が付かなかった。この森に入り慣れた村人であればフロークローの事を知らないはずが無い。その恐ろしさも臆病さも。
フロークローは臆病だ。本来は森の奥に巣を造る。だが、今回の依頼では森の浅いところからフロークローの襲撃があった。それを俺は数が増えたからだと思った。しかし実際は違ったんだ。あいつらは逃げてきた、この森でフロークローの縄張りを荒らせるほどの強者から。
「グゥァァァ!!!」
俺がその答えにたどり着いた時、森の奥から大きな咆哮が届いた。




