強面ギルドマスター
街を流れる人混み。
周囲の視線が一度こちらを向くが誰も声をかけようとはしない。
俺の目の前に置かれた鍋のようなものの中にはおよそ10ゴールドが入っている。
俺は今、壊れかけた鍋の前に足を抱えながら座っている。
これは俺が魔王だった時、スラム街で見かけた少年たちが行っていた金を稼ぐ方法だ。
孤児になった俺にはこれしか稼ぐ方法がない。だからこうして、心優しい人間達にお金を貰おうと考えている訳だが...
「はぁ〜」
俺は目の前に置かれた鍋を見て溜息をついた。
鍋の中には10ゴールド入っているが、これでは何も買えない。
さっき見かけた肉屋の串焼きは、1本買うのに120ゴールド。
これが人間の世界に置ける物価の中の最低値だとしたら俺の所持金は絶望的だ。
誰か雇ってくれはしないだろうか。
幸いにもここは人通りが多い。奴隷商人に拾われでもしたら詰んでいた。
まぁ、その時は自衛の手段があるから問題はないのだが。
しかしこのままでは本当にまずい。ここで野宿するのもまずいがそれよりも食料問題だ。
俺はこの世界に来てからまだ2時間と少し。正午は回ったが、まだ腹は減っていない。しかし、この状況が続くとなると非常にまずい。
人間に転生した俺は吸血行動をしなくてもいい代わりに、食事が必要な身体になっている。吸血と食事、どちらが困難かで言えば食事だろうか。何かを食べるには金がいる。
「最悪森の中で生活するか」
俺は10ゴールドをポケットにしまい立ち上がった。
当面は森で生活して魔物の素材を売って金を稼ぐとしよう。
魔物の素材を買い取ってくれるのは何もギルドだけではない。
俺は森に向かうべく来た道を戻る。だが、
「おい、そこのお前」
急に後ろから肩を掴まれた。
「なんだ?」
後ろを振り返るとそこには筋骨隆々の男が立っていた。
身長は190c程だろうか。今の俺の身長は詳しく分からないが、かなり見上げている。
男は少し強面で、顔に斜めに傷跡が残っていた。
「お前、親はどうした?」
突然の質問に、しかし俺の返答は決まっている。
「死んだ」
「お前は孤児か、どこかに向かうようだが行く所の当てはあるのか?」
「ない」
俺がそう返すと男は、「ついてこい」 とだけ言って歩いていく。
俺も行く当てがある訳でもないので素直について行く。
こいつが悪い人間であってもおそらく撃退できる。かなりの手練ではあるが、俺の敵ではない。
男は街の中央、冒険者ギルドの中に入っていった。
「冒険者にはなれないぞ?」
俺がそういうも、男は気にせずに歩いていく。
「おい、ギルマスじゃねぇか」
心なしか周りの視線が男に集まっている。その視線は憧れのような尊敬のような念が込められていた。
「お疲れ様です!」
極めつけはギルド職員の態度だ。
まるで上司の人間に対するような口ぶりだが...
「裏の訓練場を借りるぞ?」
「はい!」
男は受付嬢にそう言うとカウンター横の扉に入っていく。
「なんなんだ?」
訝しみながらも俺は男のあとを追いかける。
扉を抜けて先にある廊下を進むとギルドの裏側、訓練場と書かれた場所にたどりついた。
「お前、孤児だと言ったな」
「ああ」
「名前は?」
「アルジェント・ローデンスだ」
「俺の名前はギド・アーバンレイクだ」
ギドとの会話はそこで終わり。
「使え」
それだけ言うと、ギドは俺に訓練用と思われる木剣を渡してきた。
「何をするんだ?」
「お前の実力を見せてくれ」
そんな無茶なとは思わないが、こいつ大丈夫だろうかぐらいには思った。いきなり12歳の子供に勝負をふっかける大人がいるだろうか。
今の俺は、中身は元魔王の外見は十二歳前後のただのガキだ。
そんな人間にいきなり木剣を渡して使えとは、無茶振りすぎるだろう。
受け取った木剣をとりあえず構える。
魔力は使わずにこの体の能力だけで戦ってみる。
この体の魔力は先程の孤児状態の時に確認済みだ。
この体は思った以上に性能が高く、魔力量で言えば前回の俺を凌いでいる。
その魔力で身体能力を強化すればギドにも勝てるだろう。だが、今はギドの実力を見せてもらうとしよう。勇者以外の人間がどれほどのものなのかを。
「行くぞ」
俺は踏み込みの足に力を入れ、一気に加速する。
まずは刺突。自分の全体重を剣にのせて相手を串刺しにする。木剣ではそれは無理だが相手を飛ばすくらいはできるだろう。
俺はギド目掛けて一直線にかけていく。
ギドと俺の距離はすぐに埋まり俺の剣がギドに触れる。
「いい太刀筋だ」
「ちっ」
ギドの身体を打ち抜く直前に弾かれてしまった。
俺は一度距離をとりもう一度構え直す。
次の攻撃は袈裟斬り。そこから相手に隙が生まれるまで連続攻撃を仕掛けていく。
「行くぞ!」
先程と同様にギドとの距離を詰め、ギドの左肩から斜めに切りかかる。
ガンっ!
一撃目は防がれたがここで終わらない。
振り抜けない剣を戻すと同時に身体回転させ横薙をギドの腹目掛けて叩き込む。
「惜しい」
「まだまだぁ!」
そこから俺はありとあらゆる方向から剣を振るう。
「はぁ、はぁ、はぁ...」
ギドとの戦いは俺の惨敗であった。
攻撃は全て防がれ、俺の体には青あざが無数にできていた。
そしてこの戦いで分かったこともある。
この身体は鍛えられてないせいか、魔力を使わない戦闘だとギドの攻撃を避けるほどのスピードが出せない。それと、リーチが短いせいで相手の懐に入る必要がある。そのせいで俺はギドに何度も打たれていた。
「なかなかいい動きをしているな」
ギドはそう言い木剣を片付ける。
「嘘つけ、俺はお前に一撃も入れてないぞ」
「それは問題ではない。それにもしお前に一撃でも入れられたら俺のプライドは砕かれてしまう」
「そうか」
俺はギドにやられた傷を治癒魔法で治す。すると、ギドは驚いたように目を見開いた。
「お前、魔法が使えたのか?」
「ん?あぁ、少しだけな」
そう返すとギドはブツブツと何かを呟いていた。
俺の治療が終わる頃にはギドの独り言も止まり
「アルジェント、お前ここで暮らせ」
「は?」
急にどうしたと言いたくなるが、本当にいきなりどうしたんだ?
俺にとっては悪くない提案だが。
今の俺には金がない。当面の間は野宿以外の選択肢はなく、それはとても面倒くさい。
俺は逡巡したが、答えは決まっているようなものだ。
「いいのか?」
「ああ、だがお前には冒険者になってもらいたい」
条件付きとでも言うようだが、俺も冒険者になろうとしていた。これはお互いの利害が一致している。最高の条件と言えるだろう。
「いいだろう」
「よろしくな、アルジェント!」
ギドはその顔に似合わないような笑顔で手を差し出した。