迷宮探索と地上の影
「ラージスライム...」
エリシアスは目の前の魔物の名を呟いた。
ラージスライム。スライムの上位種でその姿を滅多に出さないため生態は未だ多くの謎に包まれている。仮説では、分裂を繰り返したスライムが融合しラージスライムとなったというものと、存在の進化を果たしたスライムの次形態というものがある。
自然の世界でスライムという弱い魔物が生き残るのは極僅かだ。よってその次形態であるラージスライムはもっと希少となる。
どちらにせよ今はその生態を研究している場合ではない。謎に包まれているのは生態だけではない。その強さもまた謎のままだ。
この階層に出る魔物には遅れをとることはないが警戒は怠らない方がいい。
「エリシアス、下がってろ」
エリシアスにそう告げると先程と同じように入口に結界魔法を張り火球を顕現させる。
メルトフレイム、それがこの魔法の名前だ。
火球は真っ直ぐにラージスライムへと向かい、その力を放出...
「ァ...」
大きな口のように体を開けラージスライムは火球を飲み込んだ。
「嘘でしょ...」
エリシアスとオリシスが驚愕する中、俺は冷静にスライムを観察していた。
スライムの飲み込んだ火球は終わりの音をまだ鳴らしていない。スライムの体の中で徐々に力が解放されようとしている。
「まだだ!」
ボフンッ!
俺の放った火球は先程のような音は出さず、スライムの粘液と相殺しあったような音になった。
大量の煙で中が見えなくなり俺達は結界の外で煙が消えるのを待った。
「ァァァ...!?」
「嘘だろ...」
煙が晴れる直前、中からラージスライムの声が聞こえた時は流石に驚いた。
火球を飲み込み体内から爆発させられたラージスライムは身体を十分の一程度にされながらも生き残っていた。
これだけの耐久力がスライムにあったのら少し驚きだ。
「普通の冒険者がこれと戦ったら確実に三十人は死ぬな」
俺はラージスライムの大凡の強さにあたりをつけた。
しかしラージスライムもあんな姿になってしまってはもはやラージでもなく普通のスライムだ。
俺は結界を解き中に入る。
「うわ、酷い臭い」
広間に入って一番最初に感じたのは臭いだ。
エリシアスが綺麗な顔を歪めて鼻を摘むほどに臭かった。
(お父様、浄化の魔法をかけましょう。いえ、かけてください!)
これにはオリシスもお手上げのようだ。三人の中で一番嗅覚の鋭いオリシスにこの臭いはきついだろう。
俺は直ぐに浄化魔法で広間の空気を綺麗にした。体に悪い臭いかもしれないからな。あまり吸いすぎても良くないかもしれない。
「壁も酷いな」
広間の中央で周りを確認すると、弾けんとんだスライムの粘液が壁を溶かしているのが見える。
あの臭いはスライムの身体が蒸発した臭いだったようだ。
結界を張っておいて良かった。接近戦であの酸を喰らえば無事では済まないだろう。臭いも直で受けることになるだろうし。
「ァー...」
「ん?」
「消えろ」
「おわっ!?」
足元で何か音がしたと思うとそれは死にかけのスライムだった。
声を聞いた途端にエリシアスが消滅の魔法で跡形もなく消し飛ばした。明らかにオーバーキルだ。余程恨みがあったんだろう。
「これで仇はとったわ」
エリシアスは満足そうに呟いた。これからはあまりエリシアスを無碍にしない方がいいかもしれない。
俺が少しだけエリシアスに優しくしようと決意した瞬間だった。
「とりあえずこの広間も調べるか」
(私が調べてきます!)
オリシスは張り切ってそう言うと壁を細かく調べだした。恐らく感知系の魔法も使っているだろう。
俺はオリシスが調べているうちに地図へと情報を書き込む。この地図の機能は他にもまだまだあるがそのうちの一つを使う。
地図に記録された場所に入れたい情報を書き込むとそれも同時に記録されるというものだ。
今書いているのは魔物の目撃情報だ。今のラージスライムの出現はとても貴重だ。参考にすれば多少は警戒が出来るだろう。
それに記入漏れでもあれば文句を言われかねない。そのせいで人が死んだりすれば責任を取らされる可能性もある。
今回の依頼は手の抜けない仕事だ。
(お父様、隠し通路などは無かったです)
「ありがとう」
一通り調べ終えたオリシスの報告を聞きこの広間の探索は終わりにする。
「リン達は休ませないといけないだろうから次からはオリシスが討伐を担当してくれ」
(分かりました!)
オリシスは先程まで戦闘において全く出番が無かったため、やっと戦えると意気込んでいる。
「じゃあ私が殿ね」
エリシアスも納得してくれたみたいで良かった。ここで意地を張るような奴ではないが、何かオリシスに対抗しているような節がある。
「よし、この階層の攻略ももうすぐだろうから今日中に終わらせてしまおう」
「おー!」
(おー!)
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アルたちがラージスライムと戦っている時、地上でも動きがあった。
「この付近でアルジェという名前の奴を見なかったか?」
「アルジェ、ですか?...いや見てないですね」
「そうか、失礼した」
細身の男は受付嬢から離れると今度掲示板へと目を向ける。
男の傍らには仲間と思しき人物がいる。身長は男の半分ほどしかなく外套で全身を覆っているため姿は分からない
だがその足取りからは微塵の隙も感じさせず明らかに男よりも強い人物だと窺える。
「やはりガセだったか?」
小さな人物が口を開いた。その声は中性的で声では性別を判断できない。
受付嬢は見かけない顔の二人組を注視しながらそう考える。
二人の言っていたアルジェという人物がどんな人なのかも気になるが、あまり怪しまれないうちに目線を二人組から外す。
二人は満足のいく情報を得られなかったのか再び受付嬢の元へやってくる。
「アルジェという名の人物がここに来たら俺に教えて欲しい。近くの麦藁亭に泊まっている。報酬はこれくらい出す」
男は袋を一つ取り出しカウンターに置いた。依頼の報酬金のようだが
「十万シル!?」
中身を確認すると、桁外れな数字の額が出てきた。
普通人探しであれば三桁程度が相場だ。余程の重要人物ということだろう。
「分かりました。この内容でよろしいでしょうか?」
依頼の内容、金額を書いた紙を男に見せる。他にも備考などを書くことができるため毎回確認を行うのだ。
「うむ、これでいい」
男がそういい頷くと小さい方から声がかかる。
「備考の欄にアルジェの特徴を書きたいから貸してくれ」
「はい」
丁寧な文字でアルジェとあう人物の特徴が書かれていく。
「これで良さそうだな」
書き終えるとペンと紙が帰ってきたのでそれに判子を押す。あとはこれを掲示板に張り出すだけだ。
出された依頼は毎日二回、定時になると張り出される。この紙が貼られるのは次の月の五の刻だ。
「では、頼む」
「はい」
二人組が去っていくのを眺めながらアルジェという人物について考える。
余程のことがなければあの金額を一人の人物につぎ込むわけがない。
アルジェ......
いくら考えても思い当たる人物はおらず考えるのを諦めた。
この受付嬢がアルジェの正体に気付くのはそう遠くない未来だとは知らずに。




