転生
「聖剣技:浄化の炎!」
目の前に広がる大炎が俺の身体を包み込む。
炎に触れた先から肉体が浄化され、焼けるというよりも蒸発に近い状態で身体は溶けていく。
白く眩い光を放つ炎は全身を包みとうとう俺の身体全てを浄化した。
「素晴らしい戦いであった!」
そして俺は、永遠に覚めることの無い眠りへと落ちていった...
はずだった。
「どうやら成功のようだな」
俺は自分の状況を確認し、そう呟く。
「あの浄化の炎には本当に殺られるかと思ったぞ」
自分の身体に異常がないことも把握して立ち上がる。
「ここは、ハルマ草原か」
周囲を見回し、そこが見た事のある景色だと気づく。
まぁ、この世界に俺の知らない所などないのだがな。
この事態に陥ったのはおよそ数分前。
勇者との激闘を繰り広げた王城へと舞台は移る。
「よく来たな、勇者よ」
「吸血鬼の王!今日をもってこの戦いに終止符を打つ!」
勇者一行と魔王である俺はそこで初めての邂逅を果たした。
【紅の死皇帝】アルジェ・ルド・ローランドとは俺のことである。
この星に生まれ吸血鬼として生きる俺は力で全てを支配し、眷属を造り、そして魔物の国を創った。そしていつの日からか、魔王の一角として名を上げてしまった。
はっきりいってこの世界に俺の敵はいない。数分前までは思っていた。
それもそのはず。今まで俺の討伐に出向いた冒険者や騎士団たちは、俺の元に来る前に眷属達の餌になってしまったからだ。
しかし、今日! とうとう俺の前に人間が現れた。
人間よりも遥かに勝る種族もいる中、そいつは異彩を放っていた。
「愚かなる人間達よ、俺を楽しませてくれ!」
この時の俺は興奮していた。久しく忘れていた戦いの高揚感に。
血湧き肉躍る死闘を演じることができる好敵手に!
直感で感じ取った勇者の強さは、俺の強敵と呼べるほどに洗練されていた。
「さぁ、どこからでもかかってこい!」
そして俺と勇者の一騎打ちが始まった。
勇者以外の人間では戦いに加わることすら叶わず、固唾を飲んで見守っている。
勇者が剣を振るえば床に深い剣撃の跡を刻み、お返しと俺は魔法を放つ。
ひとつ間違えれば即座に命が潰える勝負に、勇者は汗を流す。
俺も魔力がジリジリと減っていき、徐々に趨勢が明らかになってきた。
浅い傷跡がどんどんと増えていき、それを治す暇すら与えられない勇者の猛攻を俺は凌ぎきれなかった。
一瞬の隙をついた勇者が、懇親の一撃を放つ。
「聖剣技:浄化の炎!」
勇者の持つ精霊の加護による一撃は見事に俺を浄化してみせた。身体が溶けるように消える中、俺は死に際に悪足掻きを一つだけした。
もう一度この勇者との再戦を願って。
〈転生魔法:愚天の囁き〉
これは俺が編み出した最終奥義だ。
死に際、肉体を失った魂はこの世界をさすらい、己の生まれ変わりを探す、というものだ。つまりは転生。
こうしてかつて魔王の、俺の第二の人生が始まった。
わけなのだが、このみすぼらしい装備はなんだろう。
革の短パンに薄汚れたシャツ。とても元魔王の装備とは言えない。特にこの靴は酷い。ほぼ裸足のようなサンダルだ。これでは早く走れない上に足を痛めてしまう。
なんて不良物件だ。親の顔が見てみたいわ!
憤ってみるが現状が変わるわけでも無い。ここは諦めて街を目指そう。
そう思い俺は街を目指す。
今の自分の位置は把握している。街までもそう遠くないし迷わずに行けるだろう。みすぼらしい装備で俺は歩き出した。
今の身体は十二歳前後。つまりはこの身体がこの世に誕生してから十二年、俺の魂は彷徨っていたことになる。
死んだと同時に世界に新たな身体が構築され産まれるのだが、すぐに身体を見つけれなかったのはこの肉体の能力値が高くなるのに時間がかかったせいだろう。魂の容量が大きすぎるため、それを入れる器が強く大きくならなければ転生は完了しない。
だがそれは都合がいい。赤子の状態で産まれても何も出来ないからな。
「しかし、この身体は何故こんな所に...」
その答えは少し歩いた先にあった。
「これは...」
街道に向かう途中、平原の上に似つかわしくない残骸が転がっていた。
「この2人は両親か」
俺の視線の先には、二人の人間の死体が転がっていた。
恐らく3人でこの平原に来たところをゴブリンあたりに襲われたのだろう。二人の傷を見るに石槍や投石による流血が死因だ。
「孤児か」
今の俺の状況は、親を失った十二歳前後の少年といったところか。
となるとやることはひとつだな。