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第八話 13歳 馬術訓練

 ―――ウェスティン離宮の事件から、俺達の間にはわずかだけど遠慮のようなものが生まれるようになっていた。とは言っても、勤務中は今まで通り話すし、訓練だって一緒にする。だけど、なんか見えない薄い壁のようなものがあって、今までとは違って一歩踏み込めない、そんな感覚が拭えなくなったんだ。


 それと、変化は他にもあった。どうやら成長期に差し掛かったらしいルーシアの背が伸び始めて、顔立ちも随分大人っぽくなって来た。今までは、ちょっと気の強そうな可愛い女の子という印象だったのに、どこか凛として、時にはゾクッとするくらい物憂げな色っぽい表情をするようになった。急激に綺麗に成長して行く彼女に、まだ背丈も肩幅も足りないままの俺は焦りを隠せない。


 ―――その日は見習い騎士を集めての馬術訓練が、王宮の屋外練兵場で行われた。騎士たるもの、馬を自在に乗りこなせなくちゃいけない。それは基本的に王宮内で王族の警護を司る近衛騎士であっても必須科目だ。この訓練は、実際に馬に乗って、様々な地形や状況を想定して走らせるものから、馬の生態、世話の仕方、馬具の装備の仕方、手入れの仕方とあらゆる内容を含む。9歳から父に騎士に必要なありとあらゆる技術の手ほどきを受けている俺には、今更なよく見知った内容だが訓練は訓練だ、きちんと受けなければならない。


 俺は宛がわれた王国軍所属の馬の背に慣れた手つきで鞍を乗せ、腹帯を体に這わせ、頭絡を頭部分に回し、手綱を通し、鐙を下げた。その一連の流れを俺の横で、最近見習いとして王宮に上がったばかりのハインツがぽかん、とした顔で見ている。彼にとっては初めての馬術訓練らしい、腹帯を握り締めて、俺の馬と自分の手元を見比べている。


 「エリック、器用だなぁ」

 「これくらい普通だろ。ハインツも騎士の家系だろ、父上に教わらなかったのか?」


 俺が尋ねると、そばかすの薄っすら浮かぶ鼻頭をぽりぽり掻いて、ハインツは恥ずかしそうに肩を落とした。


 「僕の父上は不器用で、今も部下に準備させてるって言ってたよ」

 「なっさけないなぁ……馬具くらいは自分で装備出来なきゃ。ほら、教えてやるから…まず鞍を馬の背に固定するだろ…」


 俺がハインツの腕を掴んで、鞍の向きからそこに繋げる腹帯の結び方、馬の頭への頭絡の持って行き方など懇切丁寧に説明している最中に、ドゴッと何か重いものが後ろの方で落ちる音が聞こえた。


 「ルーシア、大丈夫か?足を怪我していないか?!」


 担当教官の呆れまじりの心配する声が聞こえる。見ると、ルーシアが難しい顔をしてこんがらかった手綱と鐙の釣り革と睨めっこをしている。……その足元、馬の腹下には先程大きな音を立てて落ちたらしい鞍が転がっている。


 ……ルーシア、君は初めての馬術訓練じゃないよね?


 小さい頃は器用に花冠を編んでいた彼女も、重さのある馬具の装備は苦手で今までも俺が助けてあげていた。何回も説明したんだけどなぁ……なんであんなに手綱が絡まっているのかな。


 はぁ、とため息を吐きつつ俺は、実際は少しの優越感を抑えながら近付いて行く。最近彼女はめっきり俺を頼りにしてくれることが減ってたから、正直つまらなかったんだ。

 そんな狭量なことを考えながら、他の見習い達と馬の間を抜けて行くと、彼女の傍に背の高い男が立っていた。げっ……クルーガー侯爵の二男レイドリックだ。


 レイドリックは俺達の1つ年上の、気障なことで知られる優男だ。まだ見習いのくせに、王宮内の侍女達と噂が絶えない。年齢の割に長身で、すらりとした線の細い美形のやつは、年上のお姉さま方にモテモテなのだ。でも、最近年下の騎士仲間のルーシアにもやたら構うようになって来て俺は気が気じゃない。何と言っても、身分は奴の方が上だし。


 「ルーシア、大丈夫かい?この鞍は君が持つには重すぎるだろう、僕が手伝うよ」

 「ありがとう、レイドリック。何度もやってるのだけど、まだコツがつかめなくて恥ずかしいわ、お願いできる?」


 疑うことを知らないルーシアは、やつの上っ面の親切を見た目通りに受け取って、笑顔でお礼を言っている。ああ、もう笑顔の無駄使いだ。


 「もちろんだよ。君のためなら、お安い御用さ」


 歯の浮くような甘い口調で、ルーシアに白い歯を見せるレイドリック。ごらん?、とか言いながらわざとらしくルーシアに顔を近づけて、何やらやり方を説明している。ああこら、ルーシアから離れろ!!


 「ルーシア、俺が前に何度も教えてやっただろ、覚えていないのか?!」

 「きゃっ!」


 俺はつかつかと大股で二人に近づくと、ルーシアの手から強引に手綱をひったくった。手綱ごと急に俺に引っ張られたルーシアが、勢い余って俺の方に体を傾けてくる。俺は彼女の肩をがっしり掴んで、自分の方に引き寄せると、レイドリックをぎろっと睨む。


 「すまないな、ルーシアはもの覚えがちょっと悪くて、手間をかけるな」

 「エリック!し、失礼ね、ちょっとコツがまだ掴めてないだけよ!」

 

 俺に掴まれて、ルーシアは顔を赤くして抵抗する。俺は構わずに、レイドリックを睨み付ける。あっちいけ、ルーシアに話しかけるな。


 「……ちっ、番犬つきかよ」


 レイドリックは俺の出現に面白くなさそうに舌打ちし、ルーシアの馬の鞍を設置し終えるとルーシアに「じゃあまたね」と言って自分の馬の方に戻って行った。

 ルーシアは俺に向き直り、俺の手を乱暴に払うとふくれっ面で俺を睨み付けた。


 「何よ、せっかくレイドリックが教えてくれてたのに、エリックが失礼な態度とるから怒らせちゃったじゃない!」

 「お前、気をつけろよ」

 「何を?」


 俺が不機嫌に言うと、ルーシアも同じくらいご機嫌ナナメなようだった。


 「テオドール閣下に気に入られたいやつもいっぱいいるんだからな、娘のお前と仲良くなろうって輩まで相手にするなよ」

 「な……な、何よそれ!!」

 「しかもレイドリックみたいな女の扱いに慣れてるやつには特に注意しろよ。お前みたいに単純な奴はすぐ騙され……っいって!」

 「エリックさいってー!!人をそんな風に悪く言うなんて!!」


 ルーシアは俺に革ベルトを俺の顔面に叩きつけて「もう自分のとこに戻ってよ!」とそっぽを向く。そんなルーシアに俺は呆れつつ、無理やり彼女に馬具の装備の仕方を説明する。ルーシアからは、口うるさいと煙たがられてしまったけれど。

 

 ―――俺は心配なんだよ、たくさんの男が奇麗になって行く君に気付き始めたんだ。やつらは君の気を引こうとあの手この手で君に近づいて行くだろう。君は知らないけど、俺達の婚約は絶対のものじゃない。君のお父上が、俺より君にふさわしい男を見つけたら簡単に解消されてしまうくらい。何より、君の心が誰かに攫われてしまったら、俺にはどうしようもない。だから、俺以外の男に無防備な姿を見せないで欲しい。


 俺は、世間知らずで箱入り娘のルーシアの様子と、急激に増えていくライバル達にこっそり心の中でため息を吐いた。


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