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第四話 11歳 王子様のお茶会

 うららかな春の日の昼下がり、僕とルーシアは僕の家の馬車に揺られて、お城に向かっていた。王太子様主催の春のお茶会が開かれて、僕達二人も招待されたからだ。

 

 本当は、まだ社交界デビューしていない子供の僕が、婚約者のルーシアをエスコートする必要はまだないのだけど、大きなお茶会に呼ばれ慣れていないルーシアが一緒に行きたいと言い出したのだ。それに、ヴィクセン家の馬車で行って、あのテオドール閣下の娘と知られてまた「魔王の子供」呼ばわりされることも気にしているようだった。……もちろん、テオドール閣下を前にして本当に魔王呼ばわり出来る人はいるわけないし、魔王どころか前の戦争の救国の英雄なんだけど、物を知らない子供が大人の会話の興味ある部分だけ真似してしまうのはよくあることだ。…どんな理由でも、ルーシアが僕を頼ってくれたのが嬉しくて誇らしかった。


 僕の隣で緊張した面持ちのルーシアが、さっきからドレスのスカート部分をぎゅっと握り締めている。今日のルーシアは目一杯おめかししてて、本当に可愛い。栗色の髪を頭の後ろできっちり編み込んで、ドレスと同じ色のリボンで纏めている。襟に大きめのフリルのついた鮮やかなミントグリーンのドレスも、作ってもらったばかりだと言ってた。よく見ると、口元に薄い桜色のリップクリームを塗っていて、いつもより大人っぽい。最近剣のけいこのために動きやすい練習着を着ているルーシアばかり見ていたから、僕もちょっとドキドキする。「可愛いね」と誉めたら顔を真っ赤にしてた。もう、本当に可愛い。


 ―――会場について、僕達は王宮付きの執事に連れられて、お茶会会場の中庭に着いた。


 「……わあ!いっぱいのお花!」

 

 目を丸くしたルーシアが感激して小さく叫んだ。


 中庭は、色とりどりの花が植えられ、その上綺麗なレースやコサージュで植え込みがデコレーションされていた。植え込みに囲まれた広いスペースに、いくつも大きな丸テーブルが置かれ、きちんとテーブルセットされたその上に、美味しそうなありとあらゆるお菓子が広げられている。マカロン、スコーン、タルト、木苺のジャムに洋ナシのペースト。お茶も王国各地の産地から取り寄せられた高級品ばかりだ。


 ルーシアは鮮やかな花々に目を輝かせていたみたいだけど、僕はどのお菓子から食べようかなあ、なんて思っていた。

 

 「……エリック様、ルーシア様、先に王太子殿下にご挨拶を」


 ……おっといけない、すっかり誰に招かれたのか忘れてた。


 僕の家の執事クラウスに促されて、僕はこれが王太子殿下ユリウス様主催のお茶会だと思い出した。


 今日のお茶会は、王国内の有力貴族達の子女が親睦を深めるためという名目だけど、本当のところは王太子殿下の将来の側近候補と、まだ決まっていないお妃様候補の選別が目的だ。今14歳のユリウス様にはまだ婚約者はいない。この国では、平均的に社交界デビューする15歳前後で婚約を決めることが多い。僕らにみたいに、10歳にもならないうちに婚約するのは本当に稀なケースで、そのほとんどがお家同士の事情によるものだ。僕という婚約者がいるルーシアがお妃候補になることはないと思うけど、油断は禁物だ。


 そんなことを考えていると、急にルーシアが僕の手を握って来た。その顔がさっきより緊張している。意外にルーシアは人見知りなのだ。こういった公式の大きなイベントが苦手だと言っていた。僕はルーシアを勇気づけるように、ギュッと強く手を握り返した。


 「ルーシア、行こう。王太子殿下にご挨拶だ」


 僕が声をかけると、真面目な顔でルーシアはコクリと頷いた。……実を言うと、僕もユリウス殿下にお会いするのは初めてだ。すごく頭が良くて、気さくな方だと聞いているけど。


 会場奥の人だかりの輪の中心に、立派な紅い礼服を着た僕達より少し年上に見える少年がいた。たぶんあの子がユリウス殿下だ。その証拠に、そのすぐ傍に近衛騎士の正装を着ている、殿下よりさらに少し年上の騎士がいる。……わぁ、近衛騎士の制服、カッコイイ!


 近衛騎士は国王やその家族を四六時中警護する騎士達で、各王族がそれぞれ自分の近衛騎士隊を持っている。近衛騎士は王国軍の中でも特に優秀な人物しか選ばれないから、花形の職業だ。僕も例にもれず、あの制服に憧れている。


 僕らが近付くと、ほかの貴族子息、令嬢たちに取り囲まれているユリウス殿下が僕達に気付いた。


 眩しいくらいに鮮やかな金髪、エメラルドグリーンの瞳、ユリウス殿下は物語の王子様そのものの、僕が見ても滅茶苦茶整った顔をしていた。思わず、ルーシアの視界を遮るように彼女を背中に隠した。

 

 「……やぁ、初めまして。妹と一緒に来たのかな?君達はとっても仲が良いんだね」


 ユリウス殿下に呼びかけられて、僕らはきょとん、とした。?僕の妹フィアンナはまだお茶会に呼ばれるほど大きくないのに。


 「私も5歳下のエメが可愛くて仕方ないんだ。そうそう、マクシムも妹がいたよね。けっこう年が離れてたっけ?」


 にこにこ笑顔のユリウス殿下は、横に立っている近衛騎士に話しかけた。近衛騎士は黒髪黒目の、背が高い少年だった。彼もハンサムはハンサムだけど、それより人の好さそうな頼りがいのあるお兄さん、という印象だった。


 「そうなんですよ、妹のニーナは俺の8歳下で滅茶苦茶可愛いんです。…まぁ体が弱くて、1年のほとんどを領地で過ごしてるから、年に数回しか会えないんですけどね……」


 彼らの会話を聞きながら、僕はやっとユリウス殿下の最初の言葉の意味が分かった。ルーシアが、僕の妹だと思われてる!!


 「初めまして、ユリウス様!僕はカーシウス伯爵アイザックが三男エリックと言います!彼女は、僕の婚約者のルーシア・ヴィクセン嬢です!」


 僕は慌てて、ユリウス殿下にマナー通りのお辞儀をして、名乗った。ルーシアを紹介する時、僕の婚約者、というところをあえて強調しておいた。


 「……初めまして、ヴィクセン伯爵テオドールの娘、ルーシアと申します」


 ルーシアも僕の背中から出てきて、きちんとお行儀よく礼をした。マクシム、と呼ばれた少年騎士が「おー、美少女!」と感嘆の声を上げた。


 「ごめん、婚約者だったのか。随分早く婚約したんだね。そうか……君があのヴィクセン伯爵の令嬢なんだ」


 急にユリウス殿下の興味がルーシアの方に向かって、僕は内心慌てる。ルーシアもユリウス殿下に近くで見つめられて、困惑したように眉を下げた。


 「あ、あの……?」

 「ごめんごめん、噂で剣を振り回す勇ましいお嬢様がいると聞いていたのだけど、こんなに可愛らしい女の子だったなんてとびっくりしたんだ」


 ルーシアを覗き込むことを止めた殿下が、ニコニコと笑った。


 「噂?!誰がそんな噂したんですか?!」


 ルーシアが剣術訓練をしていることは、僕とルーシアの関係者くらいしか知らないはずなのに。僕は声をひっくり返してユリウス殿下に尋ねた。


 「アイザックだけど?」


 ち、ちちうえぇーーーーー!!!


 僕は、屋敷に帰ったら父に断固抗議しようと心に決めた。僕のルーシアの噂を勝手に広めないで欲しい。特に、文字通り見た目も本当の立場も王子様のユリウス殿下にルーシアが気に入られちゃったりしたら、僕らの婚約だってどうなるか分からない。由緒正しい伯爵家の令嬢であるルーシアは、お妃候補の条件に十分当てはまるからだ。


 「ルーシア嬢、今日は熱を出して妹のエメセシルは欠席しているんだけど、君とは年も近いから仲良くしてあげて欲しい」

 「は……はい、喜んで」


 ルーシアはハンサムなユリウス殿下に正面から見つめられて、ドキドキした様子で答えた。うわぁ、ちょっと頬も染めてる気がする!!!


 「殿下、スミス伯爵のご子息も殿下にご挨拶をされたいようです」


 王宮付きの執事の一人がユリウス殿下に耳打ちをして殿下の気がそれた隙に、僕は慌ててお暇の挨拶をしてルーシアの手を引っ張ってその場から離れた。


 その後僕らは色んなお菓子を楽しみながら、他の貴族子女とも交流を深めた。最初こそ緊張していたルーシアも、ちゃんと他の令嬢達ともお喋りしていたと思う。もちろん、他の貴族子息達の前ではルーシアが婚約者だと紹介するのも僕は忘れなかった。


 ―――そのお茶会のすぐ後に、僕は衝撃の事実を父から聞かされた。


 ルーシアと僕が王女様付きの近衛騎士隊の見習いとして王宮に上がることが決まったとのことだった。


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