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第二十話 17歳 隣国の王子

 

 その数週間後、王宮内は突然の訪問者に騒然となった。セイクリッド王国第二王子アレクス様が、ユリウス殿下の見舞いのため公式の事前申し入れもなく突然来訪されたのだ。当然アルカディアとしては、この非公式の訪問を受け入れるわけにはいかない。ユリウス殿下の体調は日を追うごとに悪化の一途を辿っており、ついにベッドから起き上がることも出来ない状況になっているという。今やユリウス殿下ご自身が他者への感染を危惧し、身の回りの世話をする最低限の者しか面会を許していない。妹君であるエメセシル様にさえも。


 しかし、大臣らがどれだけ説明をしてもアレクス殿下は強くユリウス殿下への面会を希望されているらしい。困り果てた大臣らは、よりによってエメセシル様へ救いを求めて来た。アレクス殿下自身が、ユリウス様に直接取り次げないのなら、妹であるエメセシル様に説明をさせるようにと希望されたのだ。


 「……そう、状況は分かりました。私から、アレクス殿下にご遠慮して頂くようお願いしましょう」


 エメセシル様はそう仰ると、警護のため俺とルーシアを連れアレクス殿下の待たされている来賓室のある中央宮へと向かわれた。


 中央宮の来賓室の前では、複数の役人が困ったように右往左往しており、エメセシル様の登場に顔を明るくさせた。


 「王女殿下!よくぞおいで下さいました!」

 「……アレクス殿下は中におられるのですか?」

 「ええ、大臣殿がご説明申し上げられているのですが、王太子殿下にどうしても会いたいと仰せられてまして……」


 エメセシル様の確認に、ほとほと弱り切った様子の大臣付きの書記官が肩を落とした。


 「……アレクス殿下は非常に大胆な方だとお兄様から聞いたことがあるわ。私の口から直接説明すれば分かって頂けるでしょう」


 そう言うとエメセシル様は中へ取り次ぐようにその書記官に指示をした。俺とルーシアも互いに目を見合わせ、入室する姫様の後に続いた。


 「……やぁ、エメセシル王女。初めまして」


 来賓室の応接ソファに悠々と腰を落ち着けていたのは、深い海のような青い瞳と青みがかった黒髪が印象的な若い男だった。アルカディアのものとは少しデザインの異なる礼装を身に着けている。彼がアレクス殿下で間違いないだろう。


 「……セイクリッド王国第二王子アレクス殿下とお見受け致します。私はエメセシル、このアルカディアの王女ですわ」

 「ご推察の通り、俺はセイクリッドのアレクスだ。君のことは、ユリウスからよく聞いているよ、彼は非常に君を大事に想っているようだ」

 

 失礼な、というほどではないがアレクス殿下の物の言い方はやや直接的で、どこか横柄で冷たい印象さえ受ける。表情も無表情に近く、少なくとも親しみやすい、という感じではない。この方が、あのいつも穏やかで丁寧な印象のユリウス殿下とご友人同士だと聞いても、全く逆のタイプに見え想像がつかないな……。


 「我が兄、ユリウスのお見舞いにわざわざお越し下さったと聞いております。せっかくのお気持ち非常にありがたく存じますが、あいにくと兄は医師から誰とも面会出来ないと言われておりますわ。遠方からお越し頂き恐縮ですけれども、兄が回復次第……」

 「……いつだ?」

 「……はい?」

 「最後にいつ、君はユリウスに会ったんだ?」


 アレクス殿下の歯に衣着せぬ物言いに、エメセシル様が戸惑ったように眉根を寄せた。


 「どうしてそんなことをお窺いになりますの?」

 「君はどれくらい奴の状況を分かっているんだ?最後に直接奴と言葉を交わしたのはいつだ?」

 「ど、どうしてそんなこと、あなたに言わなくてはなりませんの……?!」


 普段、不躾な態度をとられることに慣れていないエメセシル様は、動揺し少し口調が厳しいものに変わった。俺達も隣国の王子の主人をあなどるような態度に色めき立つ。


 「医師の言葉を鵜呑みにして、感染を恐れて奴を部屋に押し込んでいるのか。兄が想うほどは、妹は兄を心配していないらしい」

 「………な、なんてことを申されますの?!失礼だわ!!」

 「事実だろう、君は一度も直接自分の目で兄の容態を確かめもしていない」

 

 アレクス殿下の言葉に、たまりかねたエメセシル様はさっと顔を紅潮させ声を上げた。姫様に涙目で睨み付けられても、アレクス殿下は全く動じた様子もなく、平然とさらに言葉を重ねる。


 「あなたに……、あなたに、私の気持ちの何がわかりますの?!?!私は何度もお兄様に面会を申し込んでいるのです、でもお兄様自身がお許しにならないんですわ」

 「許す許さないの話じゃないだろう。なぜ実の兄妹なのに会うのに許可がいるんだ?直接会いに行けばいい」

 「………なっ………!」


 アレクス殿下のあまりの物言いに、エメセシル様は言葉を失ってしまう。くそ、臣下の身で他国の王族に直接進言なんて出来るわけないが、俺もあまりの心ないアレクス殿下の言いようにだんだん腹が立ってくる。ルーシアも唇をわなわなと噛みしめ、怒りの炎が目に浮かんでいた。


 「あなた、なんかに……っ、言われなくても、私がどれだけっ………どれだけ、お兄様にお会いしたいか!!」


 エメセシル様はそう叫ぶと、感極まり興奮したその大きな瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。その瞬間―――。


 「―――なら、今から会いに行こう、一緒に」


 俺達も一瞬のことで、反応が出来なかった。おもむろにソファから立ち上がったアレクス殿下が、直接、姫様の細腕を掴んだのだ。

 

 「なっ、ひ、姫様に何をなさいます!姫様をお放し下さい!!」


 突然のことに凍り付いた姫様、あっけにとられる臣下達の中で最初に反応したのはルーシアだった。顔を真っ赤にして、柳眉を逆立てた彼女は剣の柄に手をかけ、憤然と隣国の王子に抗議した。しかし、アレクス殿下はルーシアのことなんか眼中にないように、姫様の手を掴んだまま間近で姫様を見つめた。


 「……あ、兄に叱られてしまいます…………!」


 震える声で、エメセシル様は訴えられた。しかしそのエメラルドグリーンの瞳が、アレクス殿下の言葉に迷い、苦しんでいるのは誰の目にも明らかだった。


 「奴の最後の手紙で、奴はついに立つこともままならなくなったと書いていた。体中に麻痺が回って、もう次から文を寄越すことは出来ないだろうと。だから俺は来た。奴の命はもう風前の灯だ。奴は俺に託したいものがあるらしい。もう時間が無い」

 「そんな……!!」


 アレクス殿下の言葉に、エメセシル様の顔が蒼白になる。状況は悪いと聞いてはいたが、そこまで事態が深刻に迫っているとまでは思っていなかったのだ。硬直した姫様は抵抗も出来ず、腕を掴まれたままだ。アレクス殿下のことを諫めようとしたルーシアも、殿下の気迫に押されそのまま動けないでいる。


 「君も、このままためらっていたら、次に奴の顔を拝めるのは棺の中になるぞ」

 「!!」

 「さあ、どうする?君がなおも俺を止めても、構わないぞ。俺はそれが礼儀を欠いていたとしても、今から奴に会いに行く。わざわざここで待っていたのは、君の意思を確認したかったからだ」


 さあ、どうする―――?


 再度問われたエメセシル様は、びくりと肩を大きく震わせた。数秒の沈黙―――そして。


 「……行きます………たとえ、一目だけでも……、お兄様にお会いしたい……!」


 大粒の涙を頬に流しながらも、姫様はしっかりした口調でお返事をされた―――。


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