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第十六話 16歳 義父の取り計らい

この話からしばらくは、物語の進行の都合上ヒロインが不在になる状況が続くかと思います。ヒーロー・ヒロインの恋愛の進展を期待されている方には申し訳ありません。

 ―――去年、念願のトーナメントに初出場を果たした俺は、あえなく1回戦敗退となった。……ちなみに、ルーシアは出場2回目にして優勝を果たした。彼女との歴然の力の差を見せつけられて辛い。


 もちろん、真の実力とは剣技に限ったことじゃないと分かってはいるけれど、こうまで差を埋められないとさすがに焦って来る。俺の同僚を含め近衛騎士隊の中、引いては王国軍の中には剣技だけなら俺よりも優秀な奴なんて掃いて捨てるほどいるからだ。ようやく体格だけは人並みに育って来た俺だけれど、彼女に相応しい男になるのにはまだまだ十分とは言えない。そんな訳で、この状況を打開する方法を俺は模索しており、せめて剣技だけでももう少しどうにかならないかと、指導者を探すことにした。……もしかしたらお気づきの方もいるかもしれない、そう、この王国で剣技にかけて右に出る人はいないと称されている方―――テオドール閣下だ。


 「……切り返しが甘い。それに、相手の動きを読み切れていないではないか」


 相変わらず不愛想なのか、機嫌が悪いのか判断のつかない感情の籠らない声で、テオドール閣下は告げた。


 彼がそう呟くや否や、俺の体は正面から吹っ飛ばされる。―――何だろう、テオドール閣下は、けして特別な動きをしていないのに動きが速すぎて全く受け止めることが出来ない。


 「……っく、そー……」


 背中から練兵場の地面に叩きつけられた俺は、痛みを抑えながら起き上がる。脳震盪でも起こしたように、頭がくらくらしている。既にトーナメントにも出場されなくなって、書類仕事ばかりしているはずのテオドール閣下なのに、その剣の重さ、動きの速さは全く衰えていなかった。しかも、もう40歳になられるというのに俺とどれだけ手合わせをしても息一つ切らせない。……どんな怪物だよ。


 「……分からぬ。どうして、敵の動きを読み、先回って剣を繰り出す、という単純なことが出来んのだ」


 ―――俺がテオドール閣下に師事を仰いでから既に3ヶ月近く経っていた。自分としては多少技術の向上が見えたけれど、テオドール閣下の期待を大きく下回っていたようだ。彼と手合わせをすると、いつも10分と続かない内に俺は地面に叩きのめされている。……おかげで多少打たれ強さは身に着いたと思うんだけど。


 俺はテオドール閣下に頭を下げた3ヶ月前以上の焦りを感じていた。閣下の前で、ちっとも成長できず失望させている。そのことが、ルーシアとの婚約に響きはしないかと。もしや俺は、彼女に相応しくなるつもりで、逆に墓穴を掘っているんじゃ……!


 

 「……これでは埒もあかんな。時間の無駄だ」


 テオドール閣下は、起き上がった俺に目もくれず背を背けた後、脇の休憩場のテーブル席まで歩き始めた。その様子を見て、今度こそ見限られたかと俺は血の気が引く。


 「か、閣下!ま、まだ俺やれます!!もう少し稽古をつけて下さい!!!」


 慌ててテオドール閣下を追い、俺は懇願した。しかし、そんな俺には一瞥もくれず、テオドール閣下はさっさと席についてしまうと茶をすすりながらいつもよりさらに難しい顔をして、黙り込んだ。


 ど、どうしたらいいんだ?!


 考え込むテオドール閣下を邪魔だても出来ず、俺は情けなくもテーブル席から少し離れた場所で、おろおろと右往左往している。


 すると、閣下が何やら合図をしてご自分の小姓を呼ぶ、閣下に何かを指示されたらしいその小姓は素早い動きで一度奥に引っ込むと、またすぐに戻って来た。その手には、ペンとインク、羊皮紙を携えている。


 「か、閣下……?」


 成す術もなく途方に暮れる俺を無視したまま、テオドール閣下は筆記具を受け取ると何やらサラサラと認め始めた。そして、それを丸め、封蝋にヴィクセン家の印章を押すと俺に投げてよこした。


 「???」


 文字どおり狐につままれたような顔をしている俺に、テオドール閣下はギロリ、と一睨みして言った。


 「……貴様に私から教えてやれるものは何もない」

 「……そんな!!」


 今度こそ、悲痛な叫びをあげた俺にテオドール閣下は苦虫を噛み潰したような顔で、むっつりと続けた。


 「……誤解をするな。お前にもっと相応しい師を紹介してやろうと言うのだ」

 「……別の、講師ですか?」


 俺は訳も分からず、テオドール閣下の言葉に戸惑う。この国に、剣聖と呼ばれるテオドール閣下以上の使い手はいない。


 「……我が娘もそうだが、我がヴィクセン家は剣術に関しては天分の才能を持っている。だが、本能で理解していることを説明することは難しい。つまり逆を言うと、我が一族は剣の師としての才能は最低だと言うことだ」

 「……な、なるほど」

 「そこでだ、本人の能力も高く、指導力においても実績のある人間にお前を推薦してやろうと言うのだ」


 俺はテオドール閣下の言葉に驚く。じゃあこの書状は、推薦状?!


 「テオドール閣下……!お、俺のためにそこまで考えて下さったんですか!」

 

 感動してテオドール閣下に抱きつこうとして……いや、抱きつけるわけないだろ!怖いわ!


 俺の一人つっこみを知ってか知らずか、テオドール閣下は俺をまた一睨みする。


 「そ、それで……その人物とは……」

 「―――バレン公爵だ」

 「バ、バレン公爵?!」


 意外な人物の名前が出て来て、俺は驚愕の表情でテオドール閣下を凝視する。バレン公爵って、10年以上前に軍を退役して隠遁生活を送っておられる、あのバレン公爵か?!


 「過去に、トーナメントの10連勝を阻まれた経験がある、実績は確かだ。その上、あの方は努力でその実力をつけられた。部下を育てる指揮官としての才能だけで言えば、この国であの方以上の人物はおるまい」

 「で、ですが……バレン公爵は、表舞台からは退かれて、人付き合いも最低限しかされないと聞きます。身分も下で、一介の近衛騎士である俺に手ほどきなどして下さるでしょうか……?」


 俺が恐る恐る問いかけると、テオドール閣下の眉がきつくしかめられた。思わず、たじ、と及び腰になる。


 「貴様……なんのために推薦状を書いてやったと思うのだ」

 「す、すみません!!!」


 飛び上がった俺に、テオドール閣下は一つため息を吐き、重々しい口調で言葉を繋いだ。


 「念のため、あらかじめ私からも使者を出しておこう。……やれやれ、こんな頼りない婿では先が思いやられるな。婚姻の時期はよく考えねばなるまい」

 「……!!!!」


 俺は今度こそ声にならない悲鳴を上げた。


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