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第十五話 15歳 王太子殿下の成人式典

 社交界デビューして以来、未だ着慣れていない貴族の正装に俺は居心地の悪さを覚えつつ、腰に下げている剣の柄を握ったり、離したりを何度も繰り返していた。いつもの近衛騎士の制服なら、もう少し動きやすく作られているのだが、見栄え重視の正装は肩回りが窮屈に感じる。通常の公式行事なら、近衛騎士隊の制服で参加が許されているが、今日のような諸外国からも要人を招くような大規模な式典では、任務中であっても正装を求められているのだ。


 「……落ち着かないようだね、エリック」


 俺のソワソワした様子に、本日の主役であられるユリウス殿下が苦笑したように声を掛けて来た。


 そう、今日はユリウス殿下の成人の式典が執り行われている。一般的には貴族は15歳で社交界デビューをし、大人と同列に扱われることも多い貴族社会だが公式での成人年齢はこの国では18歳となっており、婚姻が認められたり、相続が認められるのもこの年齢からだ。……つまり俺がどんなに早くルーシアと結婚したくても、最低でもあと3年は辛抱しなければならない。


 ユリウス殿下は一生に一度の成人式典とは言え、さすがそこは生まれながらの王族、大規模な公式行事にも慣れておられるようで、先程から疲れた様子も見せず国内外からの来賓の祝辞を受けておられる。その横にはマクシミリアンを始め、王太子付き近衛騎士隊の面々が控えている。あれから数人はインフルエンザから回復し復帰しているが、まだ全員揃っていないので相変わらず俺も応援に駆り出されたままなのだ。


 「今なら少しは会場を歩いて来てもいいぞ?俺達も控えているし、王太子殿下ご自身しばらくはここを動けないからな、滅多なことが起るはずもない」


 気を利かせてくれたらしいマクシミリアンが、俺に問いかける。少し外の空気を吸って気分転換して来い、と言いたいようだ。


 「……では、まだ本日は王女殿下にご挨拶をしておりませんので、一度外させて頂きます」


 俺は本来の自分の主君であるユリウス殿下の妹君、エメセシル様に一度ご挨拶をしなければとユリウス殿下に断りを入れると、その場を辞した。


 若年のエメセシル様も、兄君の成人式典には参加されているはずだ、そこには当然ルーシアも近衛騎士の一人として控えているだろう。


 人込みを掻き分けながら進んでいると、何人もの令嬢から声を掛けられる。くそ、今日は婚約者のルーシアが近くにいないと思って、気安く話しかけて来る女性が多いな。貴族社会に生きる悲しさだが、完全に無碍にも出来ず、都度足止めを食らいながら俺は会場を移動する。その途中、様々な貴族同士の会話が耳に飛び込んで来る。


 「本日のエメセシル様のお美しさは格別だな。神話のニンフと見紛う愛らしさだった」

 「側に控えられている、近衛騎士ルーシア殿の美しさもなかなかのものだったぞ。まるで月の女神のように冷たい微笑を浮かべられていた」

 「まだ15歳なんだろう?なのにあの毅然とした立ち姿、憧れるな」

 「……もう既に婚約者がいるなんて、残酷な話だ」

 「お前そんなこと言って、あのテオドール閣下にルーシア嬢との結婚を申し込む度胸が、お前にあるのか?」

 「……」


 ―――ふざけるなよ、ルーシアは俺の婚約者だぞ!!


 貴族共の勝手なルーシアに関する評判に、内心歯ぎしりしつつ、しかし常に冷静な男でいることを心掛けている俺は、前みたいにいちいち相手にはしない。……気にならないのかって?気になりますとも!!


 「あら、珍しい。……バレン公爵だわ」

 「ほんと……、もう35歳になられるというのに、若々しくていらっしゃるのね。翳のある表情が堪らないわ」


 今度は、貴族の令嬢方がこそこそ囁く声が聞こえてくる。


 彼女らの視線を追ってみると、大柄な男性の姿が見えた。身長は、俺の頭一つ分以上は優に越える高さだ。銀色にも見える灰色の髪はオールバックにされ、まるで整えられた獅子のたてがみのようだ。また耳元から形の良い顎辺りまで髭を生やされており、なんとも野生的で危険な色気を放つ美丈夫だった。その大きな体にも関わらず、濃い灰色の正装をセンス良く着こなしておられる。


 ……あの方が、テオドール閣下と並ぶ英雄、ゲオルグ・バレン公爵か。


 俺はしばし立ち止まって、その人物を眺めた。


 既に10年以上、軍務から遠のいていらっしゃるというのに、未だに良く鍛えていらっしゃることが、礼装の上からでも分かる。テオドール閣下とはまた違った意味で、近寄りがたい威厳のようなものを感じさせる方だ。……正直、男の俺が見ても惚れ惚れするほど良い男だ。


 「……どなたを熱心に見つめていらっしゃるの?」


 ふいに背後から不機嫌な声が聞こえ、俺の心臓は飛び出すかと思うほど跳ね上がった。


 「ルーシア……、エメセシル様!」


 振り返ると、やや仏頂面のルーシアと、その横で好奇心旺盛な目で俺達の様子を眺める王女殿下の姿があった。


 「お久しぶりです、王女殿下。本日もご機嫌麗しゅう」


 俺はまずは主君である王女殿下に畏まり、その片手の甲に口づける。


 「お久しぶり、エリック。まぁ、ありがとう。お兄様のご機嫌はいかが?」

 「健勝であらせられます」

 「それは良かったわ」


 ルーシアの厳しい目線を気にしている俺を面白そうに眺めつつ、エメセシル様はにこりと扇で口元を覆う。


 「ねぇ、エリック。今日のルーシアのお衣装、素敵だと思わない?今日のために新調したんですって。ボルドー色がよく映えているわよね」


 俺はエメセシル様に指摘されて、改めてルーシアの姿を見る。……言われるまでもなく、ドレス姿のルーシアは魅力的だ。それに、俺が前に贈ったネックレスもちゃんと着けてくれているようだ。


 「……ええ、そうですね」


 素直に誉めたのに、エメセシル様に言わされているように取ったのか、疑うような目を向けられた。……俺ってもしかして、信用ない?


 「どうかしら、せっかく二人とも正装をしているのだし、踊って来たら?」

 「いいえ、それには及びません。エリックは任務中ですので」


 せっかくエメセシル様が気を利かせてくれていたのに、姫の言葉に被せるようにルーシアがすげなく断ってしまった。俺は踊りたかったけどね!ご機嫌ナナメらしいルーシアに逆らうのは利口な判断とは言えない。


 「……つまらないわ。じゃあ、私は少し飲み物を頂きたいから、失礼するわ」


 残念そうに呟くと、エメセシル様は同僚の別の近衛騎士を促した。


 「姫様、私も参ります」

 「ルーシア、今日はあなたの担当じゃないでしょう、私のことは気にしなくて良いわ」


 そう言うと、エメセシル様は俺にパチッとウインクをして、別の騎士を連れて離れて行った。


 「……なんか、悪いな」

 「……いいわよ、今日は姫様の仰る通り、非番だから」


 少し気まずい空気のまま残された俺は、特に理由もなく謝る。その様子にルーシアは呆れた顔をした。


 「それで、王太子殿下を警護しているはずのあなたが、どうしてここにいるわけ?しかも、バレン公爵に熱視線を送っちゃって。私、あなたが中年男性に興味があるなんて知らなかったわ」

 「な……!そんなわけないだろ!」


 ひどい誤解だ。断じて俺にはそっちの趣味はない。


 「……殿下が、少し気分転換をして来ていいってお許し下さったんだよ。それで、エメセシル様にご挨拶をしようとお側を辞して来たんだ」

 「……ふーん……」


 まだ半分俺を疑っている様子のルーシアに、俺は変な冷や汗をかく。今更とても、今日の君は綺麗だね、とか嘘くさすぎて修正出来るような空気じゃない。そんな風に考えていた時―――。


 「きゃー!」


 という女性の悲鳴が会場から続く中庭の方から聞こえて来た。な、何事だ?!


 「曲者だ!」

 「刃物を持っている奴がいるぞ!!」


 人々のざわめく声に俺達は色めきたつ。


 「エリック、見に行くわよ!」


 早くも気持ちを切り替えたらしいルーシアが、俺に呼びかける。見ると、彼女はドレスのスカートを大きく片側に開き、そこから剣を取り出した。どうやら戦闘にも向くように着脱式の巻きスカートになっていたらしい。……念のため言っとくが、彼女は下にタイツを履いていたらしく、生足ではない。残念なような、良かったような……。


 「……お前、今日は非番だって言わなかったか?」


 俺も上着を脱ぎ、剣の柄に手を掛けつつ既に現場へと駆け出している彼女を追いかけ、問いかけた。そんな俺に、彼女は不敵な笑みを浮かべた。


 「……騎士の心得ってやつよ」


 ―――ああ。彼女に危険な場所に飛び込んで欲しくないのに、その笑顔は反則だ。そんな蠱惑的な目で見つめられたら、君を止めることが出来ない。


 ……ちなみに、衛兵に早々に捕らえられたその曲者は、ただの妻の浮気相手に決闘を申し込んだ貴族の男だった。とんだ痴情のもつれだ。


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