第一話 8歳 君との出会い
別視点のストーリーを考えるにあたり、色々人物設定や国の名前などを練り直しました。前作をお読み頂けた方にも、そうでない方にも楽しんで頂けたら幸いです。
正直言って、一目惚れだった。艶のある栗色の真っ直ぐな髪、意志の強そうなやや釣り気味の琥珀の瞳、美しい弧を描く眉。おすまし顔で水色のドレスの裾をつまみ、行儀よくお辞儀をした君。
はきはきと名乗るよく通る声。そのとびっきりの笑顔に、はらりと一房だけ前髪が形の良い額にかかる。
―――なんて可愛い女の子なんだと思った。
それが、僕とルーシアの初めての出会いだった。
僕の名は、エリック・カーシウス。アルカディア王国、カーシウス伯爵の三男だ。
その日は王国軍に所属する軍人である父が上官のルーシアのお父上、テオドール・ヴィクセン伯爵のお屋敷に招かれて、同い年のご令嬢がいるから遊び相手にと僕を同行させてくれたのだった。
父に、テオドール閣下ってどんな人?と尋ねると「魔王と破壊神を足して2で掛けたような方だ」と返された。2で掛ける?!割るじゃなくて?!
果たしてテオドール閣下は、父の称したように見た目から非常に怖い方だった。オールバックの栗色の髪に、鋭い琥珀の瞳、整えられた口ひげ、厳格という言葉をそのまま絵に描いたような容姿は、ルーシアと同じ色味を持つのに全然印象が違う。子供心にも震え上がった。おまけに口数が少なくて、表情も乏しい方だから全く取り付く島もない。父曰く、この方は約10年前に東の大帝国トルキアと我が国が戦争状態になった時の英雄の一人らしく、名将軍、剣聖とも言われているそうだ。でもあまりに気難しくて副官の父以外、部下は皆畏怖してしまっておいそれと近づけないらしい。軍人の間でも恐れられているってどれだけだよ・・・。
テオドール閣下との挨拶もそこそこに、僕は早速ルーシア嬢の私室に招かれた。同い年の女の子の部屋に入るなんて初めてで、それだけでドキドキした。
「エリック様、どんな遊びをしましょうか?おままごと、ビー玉遊び、あやとり・・・あ、そうか、男の子だから、カード遊びの方がいいわよね?」
「なんでも構いません、ルーシア嬢」
身を乗り出して道具箱をゴソゴソしながら問いかけるルーシア嬢を、慣れない女の子との会話に相変わらずどぎまぎしながら僕は答えた。
「ルーシア、でいいわ。ルーシア嬢なんて言われたら、なんか堅苦しくって嫌よ」
顔だけ振り返り、口を尖らせたルーシア。そわそわしていることを気付かれたくなくて、僕はピン、と背中を伸ばした。
「そう……?じゃあ、ルーシア、僕のこともエリックって呼んでよ」
「本当?!……ねぇエリック、本当に何でもいい?」
満足そうに微笑んだルーシアは、箱の中からお目当ての物を探り当てたようで期待に満ち満ちた瞳を僕に投げかけた。
僕は、顔が赤くなっていないか心配しながら、「う、うん」と返した。その答えにさらに満足したらしい彼女は、じゃじゃーん、と言わんばかりに一組のテディベアを出した。
「良かった!じゃあお人形遊びをしましょう!この前の誕生日にお父様にテディベアを二体頂いたのだけれど、一人で遊んでも物足りなくて」
「……いつも一人で遊んでいるの?」
あのいかついテオドール閣下が、どんな風に彼女に可愛らしいテディベアをプレゼントしたんだろうと、内心笑いそうになるのをこらえながら僕は尋ねた。
「そうなの、なんでか私のお家には同年代の子が遊びに来てくれなくて、お茶会に招かれて行っても皆魔王の子供とか言うのよ!だから私のお家に遊びに来てくれた子供はあなたが初めてよ。お友達になれて嬉しいわ」
「魔王の子……」
駄目だ、笑いそうになる。
「エリック、あなたが男の子のテディベアで私のボーイフレンド役よ。いいかしら?」
ニコニコ嬉しそうに笑いかける彼女に僕は元気よく、「もちろん!」と答えた。
その後、ルーシアと仲良くなった僕を、父はでかしたと滅茶苦茶に誉めてくれた。久しぶりに高い高いまでされて、うざったらしいほどだった。もう僕は幼児じゃないぞ。
テオドール閣下にも気に入られたらしい?僕は、週1のペースでルーシアと遊ぶことを許された。僕達は、部屋の中でも屋外でもいろんな遊びをした。ほとんどは彼女のリクエストで、おままごとをしたり、ビー玉遊びをしたり、花冠作りをしたりと女の子の遊びばっかりだったけど、彼女といられれば僕は何だって良かったんだ。
―――だってもうこの時、僕は恋に落ちていたんだから。