学校5
試合当日、美琴は控室で精神統一をしていた。
生徒の大半は最下層の美琴がぼろ雑巾のようになるまで戦って負けることを望んでいる。
それを承知で美琴は試合に臨む。
試合の行われる闘技場に出ると、授業の時とは違い、リングは無く闘技場全体が戦う場所となっていた。
中央には美琴に決闘を申し込んだ泉浩司が神器であるガントレットを装着して立っていた。
「逃げずに来たようだな、皐月様を泣かせた愚か者」
「はぁ、お前何言ってんだ?」
浩司は美琴を睨み、それに対して美琴は呆れかえっていた。
そして、それを見ている生徒達は美琴に対してブーイングを行っていた。
「まぐれで中層の奴に勝ったからって調子に乗るな!!」
「さっさと負けちまえ!!」
「浩司さん、最下層なんかに負けないで!!」
聞こえてくる生徒達の声はほとんど浩司への声援と美琴への罵倒だった。
ナルビィはそれを聞いて怒りを感じていた。
そして、試合が始まり、浩司はガントレットを点に翳した。
「来い、天の兵士達よ!!」
浩司の掛け声と共に空から騎士の姿をしたロボットが十四体くらい降ってきた。
それを見た美琴は顔を引き攣らせ、浩司は高笑いしていた。
「クハハハハ!! 見よ、我が神器は天の兵士達を召喚し、使役することができるのだ!!」
「何が天の兵士だ、ロボット兵器じゃねえか!!」
美琴は鋭いツッコミと共に浩司に接近し、顎を目がけてアッパーを決めようとしたが、蟻のようなデザインのロボット兵士に受け止められ、そのまま投げ飛ばされた。
投げ飛ばされた美琴は壁に激突し、頭から血を流した。
追撃と言わんばかりに飛蝗のようなデザインのロボットが飛び膝蹴りを繰り出し、美琴の腹にめり込んだ。
美琴は口から血を吐き、崩れ落ちた。
それを見ていた生徒達は歓声を上げていたが、そんな中に少し複雑な感情を感じていた人物がいた。
皐月は神器を使う人が神器を使えない人を痛めつけている光景に迷いが生じていた。
皐月がそう思っているのとは関係なく、美琴はよろけながら立ち上がり、浩司を睨んだ。
「さあ、皐月様に許しを請い、我等がカミサマに祈るのだ!!」
「悪いな、俺は……カミサマには死んでも祈らない!!」
美琴の目には何か、強い意志があり、そして、憎悪に満ちていた。
理由は美琴以外の人間には分からないが、浩司はそれを聞いた途端、憤怒の表情を浮かべた。
「そうか、貴様がそこまでカミサマを侮辱するとあらば貴様にカミサマの偉大さを知らしめてやる!!」
「美琴、しゃがんで!!」
カブトムシのようなデザインの大柄なロボットが殴り掛かってきた時、ナルビィの声が美琴に聞こえ、しゃがんで躱した。
そのまま、相手の攻撃をナルビィの補助を受けギリギリで回避し始めた。
だが、防戦一方で、美琴には有効な手はなかったが、ナルビィがいきなり目の前に現れた。
「美琴、君に新しい力を与えるよ」
「新しい力?」
「うん、ボクの神器、それを使えば戦況をひっくり返すことができる、でもその神器を手に取ったら最後、もう後戻りはできなくなるけど、大丈夫?」
「問題ない、後戻りするつもりなど微塵もないからな!!」
ナルビィの問いかけに対して、美琴は何の迷いも躊躇もなく答えた。
それを聞いたナルビィは嬉しそうに微笑み、何かを起動させた。
「よし、それじゃあ、受け取って、かつて世界を滅ぼしかけた魔獣を!!」
美琴の右手に光が集約していき、それはやがて一丁の白い拳銃へと姿を変えていった。
その光景を見ていた生徒達は驚愕していた。
美琴の手に握られている拳銃は間違いなく神器であるが、彼等が知っている量産型の神器には無く、上層に位置している生徒達ですら知らない神器がそこにある。
何よりも美琴はカミサマを信仰しておらず、どのカミサマも美琴に神器を授けた形跡もない。
故に、美琴が神器を持っているというのは異常な事態なのである。
美琴は周りの騒めき声を無視し、拳銃を眺めていた。
「これは、神器か?」
「な、ななな、何で貴様のような人間が、貴様のような人間がカミサマから授けられし崇高な神器を持つなど、何たる冒涜なのだぞ!!」
「そんなこと知るか!!」
浩司はあり得ないと言わんばかりに、美琴を罵倒したが、美琴は意に返さず、拳銃を浩司に向けた。
そのまま引き金を引いてエネルギーでできた弾を発砲したが、蟻のようなデザインのロボットが盾となり、銃弾を防いだ。
だが、そのロボットに異変が起こった。
美琴が発砲した弾が当たったロボットがギギギッと音を立てて動かなくなった。
「何が起こった?」
状況が理解できず、声をあげたのは美琴だった。
美琴が持っている神器と思わしき白い拳銃は美琴が初めて手にしたもので、どんな神器なのかを把握していない。
故に美琴自身でも何が起こるのかは分かっていない。
美琴は取り合えず動きが止まったロボットを蹴った。
蹴った途端、崩れ落ちるかのように倒れた。
「この神器、機械を強制的に停止することができるみたいだな」
「まあ、そうなんだけど、少し違うんだよねぇ」
美琴は今使っている拳銃の能力を冷静に推理して、ナルビィは苦笑しながら肯定してはいるが、本来の能力ではないと言うことを仄めかしていた。
美琴は気にすることなく浩司の操っているロボットに向けて発砲していき、ロボットはそれを回避しているが、二体のロボットに被弾し、被弾したロボットは先ほどのロボットと同様に動かなくなった。
そうしているうちに美琴はある仮説を思いつき、浩司の方向に銃口を向け、引き金を引いた。
放たれた弾はまっすぐに飛んでいき、浩司のガントレットを掠めた。
掠めた瞬間、全てのロボットの動きが止まった。
「成程、機械なら、神器であろうと何であろうと強制的に機能停止にできるみたいだな」
「ば、馬鹿な!? カミサマから授かった我が神器が!?」
「そんなものは神器なんかじゃない、神器と呼ばれている別物さ」
ナルビィは冷たく言い捨て、美琴は指を鳴らしながら浩司のもとへと歩み始めた。
浩司は後ずさりをしながら怯えた目で美琴の方を見た。
「ぼ、僕は上層なんだぞ!? こんな事すれば君は」
「俺は最下層だ、今更落ちるところなんてない」
美琴は頭から血を流しているが、野獣のように鋭く、氷のように冷たい眼差しで浩司を見据えていた。
浩司は青い顔をしながら後ずさりをして、壁に背中が当たり、逃げ道がないことに気が付いた。
もう、勝負はついているのだが、降参することすらできない。
それほどの殺気が美琴から向けられていて、浩司は涙を流しながら許しを美琴に乞うていた。
「お、お願いです、痛いのだけはやめてください」
「祈るのなら、お前が信じるカミサマに祈るんだな」
美琴は冷たく切り捨て、そのまま拳銃を右手で構えて銃口を浩司の頭に向けた。
浩司はこれから引き金が引かれる恐怖で目を瞑った。
その瞬間、美琴は銃口を離した後、右腕で浩司の脳天目がけて拳骨をくらわせ、拳骨をくらった浩司は気絶した。
「勝者、神無月美琴」
機械の無機質な試合終了の音声が鳴り、観客席にいた生徒達や教師達は静まり返り、どういうことなのかと困惑していた。
美琴は気にすることなく、その場からふらついた足取りで離れていった。