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3LDK

作者: あおいろ発泡飲料

手と頭が出る程度には姉弟っぽい二人。

後輩君のパンイチ姿を見ても「何着替えさせてんだゴルァ。勝手に下着姿見てんじゃねえよ」ってなる先輩ちゃん。

先輩ちゃんは筋肉フェチだが、後輩君は手フェチ。

どっちも見た目はそこそこ。先輩ちゃんはスレンダーな綺麗系(身長163cm)、後輩君は脚の筋肉が特にすごいガチムチ系(身長181cm)。

私の後輩である、立花(たちばな)友樹(ゆうき)の結婚相手の条件は変わっている。


「3LDKの家、寝室は一緒でも別でもOK、俺自身にそこまで興味関心を持たない人」

「家は誰持ち?」

「そこはもちろん俺。相手の方が収入が上ってんなら買ってもらおうかなーとは思うけど」

「意地でも、俺が買う!とは言わないんだね…」

「家ってなんだかんだで一番金かかるし、そこは収入がある方が買えばよくない?まあどうせ、俺のが上になるんだろうけど」

「だね。…って、今住んでる3LDKのマンションに奥さん連れてこないの?」

「それも考えたけど、俺の城を改悪されるかもしれないと思うと、ちょっと…」

「いっそ別居婚しちまえ」

「あー、それも手か」


そんな後輩とこんな話を居酒屋でしている私は及川(おいかわ)(さえ)。立花友樹の三つ上の先輩であり、幼馴染みであり、同じ婚活仲間である。

友樹とは小学校、中学校、高校、大学まで一緒だ。さすがに中学、高校は私が卒業した後に入ってるけど。なんでも家から近かったから、私と同じ中学、高校、大学に行ったらしい。私も同じ理由で選んでいるだけに、もうちょいまともなとこに行けよ、とは言えなかった。でも、何も就職先まで一緒になることはないと思う。理由を聞いたら大学のOB、OGが多いから受かりやすいと思った、とのこと。…私も同じ理由で受けて入社してるだけに、何も言えなかった。

血はつながってないはずなのに、考えることは大体一緒な私たちは、親から結婚をせっつかれている。曰く、付き合い長いんだし、いっそ二人で結婚しちまえYO!

だが断る!と口を揃えて拒否した私たちは、これまた揃って同じ婚活サイトに会員登録し、婚活に励んでいる。確かに付き合い長いけど、こいつと結婚するってなると絶対私苦労する。主に家事で。全然掃除も洗濯もしないから、友樹の両親に泣きつかれて、仕方なく、今年入社して独り暮らしを始めた友樹の面倒を見ている。本当はある程度ほっといてもいいんだろうけど、一週間私がイタリアに出張に行っていた際、その間に部屋がゴミだらけになっていたので、二日から三日に一度は掃除、洗濯をし、食事を作って食べさせている。ちなみに普段のこいつの食事はコンビニやチェーン店の物だ。こんなに生活能力が低くて結婚できるのか不安になるが、多分できるんだろう。大学在学中に株で一発ドカンと稼いで以来、ちょくちょく当ててかなりの金を持っているから。


「その条件に家事ができる人を付け加えなよ。金目当ての人が掃除も洗濯もしてくれるとは思えないし」

「そこは冴がやってくれんだろ?」

「するかバカ。私が結婚したら浮気を疑われるっての」

「冴の結婚相手の条件は?」

「養ってくれる人。以上」

「それって金持ちってこと?」

「いや、金があってなおかつ私の面倒見てくれる人」

「ヒモになりたいだけじゃねえか」

「ヒモになりたいんだよ!あ、でも束縛されんのは嫌」

「お前、それじゃ結婚できねえぞ?」

「あんたにだけは言われたくない」

「俺、金はあるから」

「でもヒモはいらないんでしょ」

「………そうでもない」

「は?3LDKはともかく、寝室どっちでもよくってあんたに興味関心ない人でしょ?それに当てはまるのって遊ぶ金が欲しい人くらいなもんじゃん」

「あー………そっか、そうなるのか。じゃあさっきの条件に俺を世話してくれる人っての追加しよ」

「そうしな」


と言いながら、友樹はスマホを出さない。ここで希望条件追加すればいいのに。

ビールを呷ってジョッキを空にし、冷酒を二合注文する。ついでに梅水晶と漬物盛り合わせも頼もう。


「でも親に言われて結婚するのって嫌だな」

「同感。結婚したくなったら相手探してするっての」

「その相手が見つかるのが大変だってお袋言ってた」

「見つかんなかったら諦めるよ」

「そんときゃ俺がもらってやるよ。家事はしてもらうけど」

「は?」


唐突な言葉に、思わず固まった。友樹は私から目を逸らしつつ、から揚げを頬張った。

友樹が食べ終わるのを待っていると注文した物が来たので、とりあえず一緒にやって来たお猪口二つに冷酒を注いだ。ちびりとなめると、私の好みな感じだったので、一気にお猪口を空にした。喉元のカッとした熱さが、友樹の爆弾発言を一時的に忘れさせてくれる。


「俺はさ、別に冴と結婚するってなってもいいんだ。冴のこと、幼稚園の頃からずっとそういう意味で好きだし。でも、冴の眼中にねえからさ。好みのタイプともちげえし」

「へ?」


いや、忘れさせてくれなかった。私と同様にお猪口の中身を呷った友樹は、依然私と目を合わさない。心なしか目元が赤いように見える。こいつは酒を飲んでも顔に出ないタイプだから、酒のせいじゃないのがわかる。蟒蛇だから酔ってるわけでもないだろう。


「だから、諦めてた。親父たちから「二人が結婚すればいい」って言われても、冴は俺と結婚なんて嫌だろうから、嫌って言ったんだ。俺、冴から見たら弟みてえなもんだろ?それがわかってたから、ホントは冴と結婚したいって思ってても、そう言えなかった」


不意に、友樹が私と視線を合わせた。言われた言葉が処理できずに、私もそのまま視線を合わせる。心なしか動悸がする。冷酒をお猪口とは言え一気するのはまずかったか。いや、そんな理由じゃないことなんてとっくにわかってる。誰にともなく言い訳を考えてる暇があるなら、この状況の理解に努めないと。そうは思っても、「幼稚園の頃から私と結婚したいとか片思い歴何年よ!?どんだけマセてたんだよ!」というツッコミが頭の中を支配する。私、今年二十六。友樹、今年二十三。実に二十年近い片思いになる。…あんた、そんなに一途で純粋な奴だったのか……


「冴がヒモになりたいなら、俺頑張って家事できるようになる。だからさ、どうしても好きな男と結婚したいってわけじゃないなら、俺を候補に入れてくれ」


真正面からぶつけられた言葉に、私の頭はキャパオーバーした。






気付くと、友樹の家の、あいつのベッドに一人寝かされていた。あの後二合徳利の中身を全部私一人が消費して、漬物を貪り食ったところまでの記憶しかない。私はそこまで酒に強いわけじゃないから、多分寝落ちしたんだろう。私は酔うと眠くなるタイプだから。

枕元に置かれていたスマホを見ると、日付が変わってすぐだった。そこまで寝ていないようだ。ベッドから出ると、足に違和感を感じる。

自分の恰好を見ると、その違和感に納得した。友樹のネタプリントTシャツを着せられていた。幸い下着は身に付けたままだけど、そういう問題ではない。

多分リビングにいるだろう友樹に殴り込みに行こうと部屋を出ると、脱衣所から出てきた友樹と遭遇した。シャワーを浴びた後らしく、ボクサーパンツを履いただけの状態で髪をタオルで拭いていた。中学、高校の時にキックボクシングを習っていた名残だろう鍛えられた肉体を見て、半ば無意識に視線を逸らす。


「…言っとくけど、何もしてねえからな。着替えさせただけで」

「それはわかってる。でも下着見られたのは腹立つから一発殴らせろ」

「いいよ」

「よっしゃキタァ!」

「うぐっ」


許可をもらったので遠慮なくぶん殴った。鳩尾を。

さすがの友樹もこれには堪えたらしく、鳩尾を押さえてふらついた。ざまあ!


「お前マジで遠慮ねえな…」

「もう一発いい?」

「断る!」


逆襲と言わんばかりに濡れたタオルで叩かれた。顔がべっちょりした。通り魔的に友樹の脇腹に手刀を入れ、私は脱衣所に逃げ込んだ。ついでに私もシャワーを浴びよう。

と、シャツを脱いだら。

いきなり友樹が入ってきて、頭にチョップされた。お返しに腹パンした。そしたら頭突きされた。これはさすがに堪えて、私は反撃できなかった。


「昔、よくこうやってどつきあったよな」

「そだねー。今恰好がアレだけど」

「仕方ねえだろ。いろいろタイミングが悪かったし」

「私を連れ込んだならここ出る前に服着ろっての」

「嫌だ。暑いし」

「わかるけど」

「目に毒ってんならそうする」

「毒ではない。むしろ眼福」

「この筋肉フェチが」


そうですが何か?

もしかして、私の気を引くためにキックボクシングやってたんだろうか。中学校の頃、格闘家の肉体美にハマってありとあらゆる格闘技のビデオ見てたから。でもなぜキックボクシングをチョイス?


「ところでさ」

「何?」

「いい加減シャワー浴びさせて」

「わかった」


そう言って、濡れたタオルを洗濯機に投げ込んだ友樹は、大人しく脱衣所から出て行った。なるほど、タオルを洗濯機に入れたかっただけか。それはすまんかった。……私と遭遇する前に拭いて出てこいよ!






結局、あの後何もなく、二人でしばらくダベった後就寝した。土曜日で仕事休みだったからよかった。ちなみに私は友樹のベッドで、友樹はリビングのソファーで寝た。友樹曰く、「いくら好きでも、恋人でもない女を抱く趣味はない」とのこと。そういうとこは真面目なんだよな。いや、生活能力が低いだけで基本スペックは真面目だったわ。

そんなことがあっても、私たちは変わらずつるんだ。友樹の傍にいると、なんだかんだで楽だし、結婚なんてどうでもよくなる。…いや、どうでもよくないな。

友樹は友樹で、たまに実家に帰っておばさんから家事を習っているらしい。料理はともかく、掃除と洗濯は積極的にするようになったので、私はたまに料理を作りに友樹の家に行くだけになった。

正直、友樹が好きかどうかはわからない。でも、その気持ちに応えたいと思っている自分がいる。それなら、結婚するのはアリかな、と思う。それに、ヒモになりたいのは楽をしたいからであって、別に家事をするのは苦ではないのだ。


「というわけで押しかけてみた」

「いや、これ押しかけたっつーより押し倒してるよな!?」

「違う、乗っかってるだけ」

「ああ、そう…」


料理を作りに来たついでに、食べ終わってすぐにソファーに横になった友樹の上に乗っかって、結婚云々について話した。乗っかってる場所が腹の上だからか、友樹が苦しそうなので、仕方なくどいた。


「マジで俺でいいの?後悔しない?」

「後悔は別にしてもいいかなって」

「そういうとこ大雑把だよな、冴って」

「もっと言うと婚活めんどい」

「わかる」


何が面倒って、条件に一致した会員の紹介メールの処理が。毎日送られてくるもんだから面倒になって退会した。同じ理由で友樹も先日退会した。ろくに紹介された人に会わないまま終わったから、会費が無駄になっただけだった。まあいいか。ああいうの向いてなかったんだよ私。


「妥協でも俺と結婚してくれるのは嬉しいけどさ」

「けど?」

「親に言うの面倒」

「わかる」


一度二人揃って断ってる分、余計にめんどい。


「事後報告でいいかな」

「いいんじゃね?今言っても後で言ってもうるさいのには変わんねえだろうし」

「そだね」


明日フレックス使って婚姻届けもらってこようか、なんて思っていると、ふと友樹の結婚相手の条件を思い出した。


「ところでさ」

「何?」

「友樹の結婚相手の条件、3LDK、寝室は一緒でも別でもどっちでも、んでもって友樹にあんま興味ない人ってあったけどさ」

「うん」

「私、3LDKの部屋に住みたかったし、寝室はどっちでもいいし、友樹のこと無関心とは言わないまでもそこまで興味あるわけじゃないから、条件一致してんだよね」

「そりゃそうじゃん。あれ、冴のことだし」

「おい」

「そもそも3LDKの部屋に住みたいって昔冴が言ってたから、条件に入れたんだよ。ま、冴じゃなくてもあの条件、主に後ろ二つので結婚してくれる人なら、俺が冴を好きなままでいても許してくれるかなって」

「どんだけ一途なのあんた」

「しょうがねえじゃん。冴以外の女なんてそこら辺の石ころにしか見えなかったんだから」


それはそれでどうかと思う。せめてかぼちゃとかさ、にんじんとかさ、あるじゃんよ。石ころはさすがにあんまりだ。


「友樹。なんで私が3LDKの部屋に住みたいって思ったかわかる?」

「広いから?」

「それもあるんだけどさ。ゴロ合わせっての?お母さんが言ってたんだ。三つの、ラブのために大事な結婚条件」

「…あー、言われてみれば、3LDKだ」

「で、3LDKの部屋に住めば、誰と結婚しても円満な関係になれるんじゃないかな、って幼心に思ったんだよ」

「なるほど」

「てなわけで、結婚しても部屋はこのままでいいと思うんだ」

「冴がそう言うならいいけど。俺、この部屋に冴以外の女入れる気ないし」

「おばさんは入れたげて」

「……お袋を女とカウントしてないんだけど」

「あー、母でカウントしてんのか」

「うん」


私も父は父、母は母でカウントしてるな…姉は姉、友達は男友達か女友達か、その他はその他。あ、友樹は友樹でカウントしてるや。…男女でカウントしてないな私。


「ところで友樹君や」

「何?」

「さっきから私の手擦ってるけど、何してんの?」

「冴の手の感触を楽しんでる」

「変態か」

「手フェチを変態扱いすんな」

「だって触り方が変態ちっく」

「何、感じてんの?」

「んなわけあるかバカ」

「顔真っ赤」


いや、だってさ。触り方がいやらしくて、なんかくすぐったいんだよ。指一本一本撫でられたり、爪を優しく擦られたり。時折指の腹をぷにぷに押されて、遊んでるんだなってのはわかるんだけど、なんかそうじゃない感覚もしてるわけでして。ほら、この指の間を舐めるように触る感じとかさぁ!


「今度の日曜、指輪買いに行くか」

「シンプルなの希望」

「ダイヤは?」

「あってもなくても」

「あるとしたら一粒のやつとか?」

「うん。あんまりキラキラだと目に眩しいから」

「なるほど。結婚したって実感が湧いてそわそわしてつい見ると」

「うっさい」


そこまで言ってないのに理解されるのはちょっとむかつくけど、私の左手の薬指に口付けた友樹の顔が「俺、今人生で最高に幸せかもしんない」って語ってて。お互い様か、と思って私もやり返した。






(本当は、男の顔をするのに気が付いていた。でも私は、曖昧な距離が心地よかったから目を逸らし続けたんだ)

キックボクシング始めたきっかけは「あんた脚長すぎんだよ!私に五センチくれよ!」って言われたから。「羨ましいだろ(ドヤァ)」をしたかった。結果、「縮めぇぇぇえええ!」と言われながら頭突きされた。解せぬ。そんな社会人一年目。

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