序─IV
「……ご馳走様でした」
森で調達した熊肉や木の実等を堪能したガイアは、その言葉と共に合掌を行い、食事を終える。
ベズアーの肉の獣臭に思わず抵抗を感じたりもしたガイアだったが、森に自生していた「魔除けの香草」を使って工夫を凝らし、ようやく食事にありつくことが出来たのだ。
だが、体長三メートルもあるベズアーの肉をガイア一人で食べきれる訳は無く、到底持ちきれない余りの大部分については、地属性魔法で土に埋める事となった。
戦利品のベズアーの毛皮の脱臭と乾燥の処理を行い、予備の食料を香草と共に包み込む。
そして、ガイアはその簡易の大袋を背負うと、一夜を過ごした森の広場から続いている道へと歩みを進める。
朝日が山間から顔を覗かせ、木々の間から差し込む光が、ガイアの行く道を照らし出す。
ガイアはこの世界の人間を探すため、森の外へと向けてその道を歩き続ける。
そして、かれこれ一時間半程経過し、太陽が山間から完全に顔を出した頃。
森の木々が途絶え、その向こうに広がる平野の景色をその目に捉えると、自然と大荷物を背負う手に力が入る。
足取りも幾分か軽くなり、次第に外の景色が鮮明になる。
だが、ガイアはその残りの道のりが半ば辺りに差し掛かった所で、ある光景を目撃する。
それは、二足歩行の魔物の群れと、それを相手に戦う一人の老人。
そして、その老人の周囲には魔物と人間の死体が散乱していた。
ガイアは背負っていた食料を手放すと、疾走を上乗せした全速力で駆ける。
──助けなければ。
相手が多勢故に少しの恐れはあったが、ガイアは「武器を取って戦おう」と、そう判断していた。
だが、目標との距離は未だ遠い。
老人はその手に槍を持ち、三体の魔物の攻撃を上手く躱して戦っていた。
しかし、そこまでだった。
突如、老人の顔が苦痛に歪んで動きが鈍ったその一瞬を狙い、魔物の凶刃が老人の身体を引き裂いた。
老人は仰け反りつつもどうにか堪えるが、その身体を引き裂いた個体はそこへ更なる追撃を加えようと、その鋭い爪を振りかぶる。
だが、老人もただでは終わらせないと決めたのだろう。
槍の穂先に魔力を集め、魔物の爪がその身体に深々と食い込むのと同時に、その槍は魔物の心臓部を貫いていた。
そして、その一撃を最後に、老人と魔物は地面に倒れ込んだ。
ガイアはその光景に歯痒い想いを抱きつつ、敵側のステータスを確認する。
そこから得られたのは、以下のような情報であった。
◎コボルド
討伐難度:D
特記事項:魔蝕
("魔蝕"……? いや、それよりも、討伐難度"D"……。やれるか……?)
そのステータスを見たガイアは、ほんの一瞬「特記事項」という項目に視線が泳ぐ。
しかしそんなことよりも、ガイアはそこに表示されたベズアーよりも高い討伐難度に、一瞬の迷いが生じる。
だが──
(……いや、やれるかどうかじゃない。やらないと……!)
そんな一瞬の迷いを振り切り、ガイアは地を蹴る足に力を込める。
そして既にこの時、魔物はガイアの目前にまで迫っていた。
筋肉を増強するイメージで「炎の鼓動」を発動し、その両手で剣の柄を握る。
そうして鞘から得物を抜き放ったガイアは、その魔物の首元目掛けて両手で持ったその剣を振りかぶる。
両手剣スキル「渾身斬」を発動するため剣に魔力を流しつつ、一閃。
真横から奇襲される形になったコボルドの首に歪みが生じ、重力の働くままに落下する。
返り血を浴びてしまうガイアだが、それに怯まず、もう一体へと素早く視線を移す。
突然の奇襲に怯んだのだろう。コボルドが隙を晒していたその一瞬を逃すまいと、ガイアはそこから素早く駆け出しつつ、次の攻撃を繰り出した。
しかし、その攻撃は直前で避けられてしまい、ガイアの剣閃はコボルドの上腕の肉を抉るだけに終わってしまう。
そして、すぐさま次の攻撃を仕掛けようと振り向いたその時、ガイアは思わず目を疑う光景を目撃する事となった。
コボルドにたった今負わせた傷が、そこから黒い瘴気をコポコポと噴き出させつつ、みるみる内に再生されていたのだ。
それを見たガイアは、そのコボルドから目を離さないようにしつつ、視界に映った他のコボルドを捉える。
だが、首を両断されたり脳や心臓を貫かれていたそれらの死体は、ピクリとも動いていなかった。
それらの情報から"一撃で死に至る攻撃"のみが有効打であることを素早い思考で導き出したガイアは、すぐにコボルド目掛けて一気に駆け出す。
それを見たコボルドも、負けじとその鋭い爪を振りかざす。
そして、ガイアとコボルドの身体が交錯し、すれ違う。
「ぐっ……!」
ガイアの左腕が、コボルドの爪によって付けられた裂傷によって出血する。
だが──その直後に真後ろで何かが落ちる音が聞こえ、首から上が無くなったコボルドの身体は、大地にうつ伏せに倒れ込んだ。
得物を鞘に納刀したガイアは、すぐに水魔法で傷口を洗い流すと、先程まで戦っていた老人の元へと駆け寄り、声を掛ける。
「君、は……?」
直視するには痛々しすぎる傷口から血を流しながら、老人は口を開いた。
「コボルド達は俺が倒しました。すぐに手当てを──」
ガイアはそう言って、採取した薬草が入っている道具袋に手を掛けようとする。
しかし、老人はその腕をがっしと掴み──
「俺は……、いい……。それより、も……、あの……子……、を……」
そこまで言ったところで腕から力が抜け、重力の働くままに落下する。
瞳孔が開いた瞳で青い空を見上げながら、老人は息を引き取っていた。
ガイアはそっとその目を手のひらで覆い、老人の目蓋を閉ざす。
そして、彼の遺言の「あの子」を探そうと周囲を見渡し──その言葉の意味を理解する。
かなり離れたところを走り、段々と遠ざかって行く、一つの人影。
そしてその後方には、それを追う追跡者の姿が映っていた。