3─IV
湧水の森のエリアCに該当する区画の近くを通る街道で、ガイア達を乗せていた馬車が停止する。
手綱を握っていたダンは最後に降り、ここまで馬車を引いていた二頭の馬の労をねぎらう。
「ここまでご苦労さん。帰りも頼むぜ。
……けど、危なくなったら逃げろよ?」
ダンのその言葉を理解してか、二頭は「ぶひひん」と鼻息を荒くし、頷くような仕草をする。
そして、ダンは先に降りていた四人と合流しつつ、ビーストの鼻を使ってペイント塗料の匂いを探る。
しかし──
「……ダメだ、風向きが悪い。ロビン、空から探れるか?」
「良いわよ」
ロビンは一言そう言うと、背中の翼に魔力を宿し、それを羽ばたかせて空へと舞い上がる。
そして、器用に風をその身に受けながら、森を上空から偵察し始めた。
基本的に魔力を宿している生き物は、翼に魔力を宿して羽ばたくことで、地上三十メートルの高さまで飛ぶことが出来る。
だが、無有生物に分類されない有翼生命体には、それ以上の高さに飛ぶための術が無い。
何故なら、地上から三十メートル以上離れてしまうと、空気中に含まれる魔力量が薄れてしまうからである。
そして、それは白の魔力だけではなく、黒の魔力も同じである。そのため、クーリアの人間と同様の理由で、魔物に分類される生物は三十メートル以上の高度に上がる事は出来ないのだ。
故に、町を囲む壁は全て三十五メートルの高さで設けられており、それが空からの侵入者を防ぐ役割を果たしているのである。
やがて、偵察を終えたロビンが一行の元へと帰還し、見たままの事を報告する。
「ここから西南西、エリアCの端の方に、ゴブリン達の集落を発見したわ。
アスナちゃん、どうする?」
「真っ直ぐ最短距離で行きます。ガイアも、それでいいわよね?」
「勿論」
コンパスを取り出しながら行く先を示したロビンの確認の言葉に、二人は頷く。
すると、ダンがこう言った。
「よし。じゃあ、ガイ坊に渡しときたい物がある。ちょっと待ってろよ」
ダンはそれだけ言うと、馬車の荷台に行って、何かを漁り始めた。
そして、戻ってきたその時、ダンの右手には紐の付いた球体が三つ、抱えられていた。
「発煙玉だ。これをお前にやるよ」
そう言って、ダンは三色のそれらを、ガイアに各色一つずつ手渡した。
「使い方は簡単だ。片手で球を持って、もう片方の手で玉から伸びてる紐を引っ張れば、それと同時に発煙玉が必要分の魔力を手から吸い取って、それから五秒後に玉の色と同じ色の煙が炸裂する。
だから、紐を引っ張ったらタイミングを見計らって上空へ思いっ切り放り投げろ。それだけだ。
それぞれ、青が"討伐完了"、緑が"救援要請"、赤が"任務失敗"を意味している。
まぁ、俺からの選別だ。受け取ってくれ」
「……っ、はい! 使わせて頂きます!」
こうして森へと入った一行は、歩きながら何と無しに話を続けていた。
すると、その中で、ヒューズがふとこんな話を切り出す。
「そういや……、傷を抉るようで申し訳ないんだが、アスナちゃん、一つだけ聞いても良いか?」
当然ながら、アスナはその質問を聞いて、あまり良い予感は感じなかった。
そして、数秒の間を置いて「どうぞ」と静かな声で返す。
「……じゃあ、聞かせて欲しいんだけどよ。
お前達が遭遇した"黒い瘴気"ってやつ? あれってよ、そんなにヤバいもんなのか?」
──やっぱり。
アスナは、そう思わずには居られなかった。
今から三週間ほど前に、アインハルト王国城下町の各種ギルドには、国王であるグラウス・アインハルトから「黒い瘴気」についての情報と共に、その事象についての情報を収集するようにとの通達が出されていた。
そして、アスナはその現象を目の当たりにし、情報を持ち帰った当事者。アスナはその内聞かれるだろうと予想はしていたが、それが見事に的中することとなった。
「はい……。即死するような重症でなければ、その黒い瘴気のせいで、傷があっという間に再生してしまうんです。
……もし、急所を狙いにくい魔物や、急所が甲羅なんかで覆われている魔物がそれを纏ったとしたら、その脅威は計り知れません」
アスナの淡々としたその言葉に、傭兵の三人は沈黙する。
だんまりのまま歩く時間だけが暫し続き──そして、先頭のダンが口を開いた。
「成る程……、あまり考えたくねぇな……」
「でも、その現象がそういう魔物に起こらないとも言えないわ……」
「しかも厄介事ってのは、そういうのに限って起こるもんだったりするんだよな……。
まあ、今のところじゃ、もしそういう奴に出くわしたら逃げるしかねぇよな」
「ええ。それに、情報も足りなさすぎるわ。発生条件とか、発生しやすい場所とかの情報が揃えば話は違ってくるんでしょうけど……」
ロビンとヒューズも、その脅威について改めて認識を示す。
すると、先頭を歩いていたダンが、一同に聞こえるようにこう言った。
「ま、たらればの話なんかしたってどうしようもねえよ。
……そして、お前らそろそろ構えろ。どうやら、マナーを弁えない乱入者が出たみたいだぜ」
ダンのその言葉に、一行は即座に警戒を強める。
すると、一行が向かう先の右斜め前方から、太めの木の枝を次々とへし折るような音と共に、ドスドスという足音が一行の耳に届く。
「MOOOOOOOOOOO!!」
木々を薙ぎ倒し、雄叫びと共に姿を現したその魔物は、ガイアの元いた世界で言うなれば、"牛人間"──即ち、"ミノタウロス"に近しい外見を持ち、この世界で流通している"牛肉"の元でもある、"タウラス系"に属する魔物であった。
すると、戦槌を構えたダンは舌なめずりをしながら、こう言った。
「上ミノタウラスか……、良いねぇ! こりゃあ、いいご馳走になりそうだ!」
そう言いつつ、ダンは即座に上ミノタウラスに向かって先陣を切る。
しかし──
「止まって!」
「っ!?」
今まさに、上ミノタウラスに肉薄しようとしていたダンに対し、ロビンが指示を飛ばす。
急ブレーキを掛けたことで地面の土がめくれ、線路のような二本の跡を描きながら、ダンは踏みとどまる。
すると、その直後。
ダンの右側──その少し離れたところにある地面から、茶色の鮫がダンの進行方向目掛けて飛び出した。
しかし、ダンが踏みとどまったお陰でその軌道の予測は外れ、その身体はダンのすぐ目の前を通過する。
そして、ダンは目前に迫った上ミノタウラスが、その両の手のひらを握り合ってアームハンマーを作り、それを振り上げたのを見逃さなかった。
「おっと!」
ダンは素早くバックステップを行い、その一撃を躱す。
そして、ヒューズとロビンはすぐにダンの元へと駆けつけ、それぞれ得物を構える。
「全く、しっかりなさい!」
「悪い、風下に居たから匂いに気付けなかった!」
そう謝罪を述べつつ、三人は二体の魔物と対峙する。
「上ミノタウラスに、グランドシャークの幼体……。両方とも美味だが、そこの若い二人にはちょっと荷が重いな。どうする?」
「私達が引き受けるしか無いわよ。
それに、何のためにこの依頼で私達が護衛に付けられたのよ?」
「そうだな、ここはいっちょ踏ん張りますか」
ダン、ロビン、ヒューズ。
三人の傭兵チームの心は、既に決まっていた。
ロビンはすぐさまアスナにコンパスを投げ、指示を飛ばす。
「二人とも、ここは私達に任せて、ゴブリンの集落へ急ぎなさい!」
その言葉と同時に、ダンとヒューズも声を荒げる。
「途中で格上と遭遇したら、気にせず緑の玉を使えよ!」
「とっとと行って、とっととやってこいよ!」
空中を放物線を描いていたコンパスを、アスナは両手で受け止める。
そして、アスナはガイアとお互いの顔を見合わせ、同時に頷く。
二人は即座にその場から駆け出し、西南西の方角へと真っ直ぐ向かって行くのだった。




