序─II
鼻を掠める森の匂いと共に、両足が大地の上に立つ感覚を捉える。
先程の黒色統一の衣服の上から何やら鉄製の物を全身に装備したかのような感覚と共に、森の木々のざわめく音が一斉に耳へと届く。
それによって"転移の儀"が終了した事を悟ったガイアは、閉じていた目蓋を、ゆっくりと見開いた。
(ここが、異世界……)
ガイアのその頬を、秋の涼しい風が撫でて通り抜ける。
森の木々のざわめきは、元の世界と何ら変わりは無い。
しかし、ガイアは元の世界と明らかに異なる点があることに、既に気付いていた。
(何だか、エネルギーを感じる……。
これが……、"魔力"なのか……?)
ガイアはこの時、自身の身体や周囲の空気、そして足元の地面から、自分が居た世界とは違う、今まで感じたことのないエネルギーのようなものを感じ取っていたのだ。
そして、それを感じ取ってしまったからか、ガイアの心にどこからともなく寂しさが込み上げる。
(義母さん……、義父さん……)
それは、養子縁組を結んで自分を引き取り、育ててくれた両親の姿。
魔力を感じ取ったという事実が、ガイアにもう二度と会えないという現実を突き付けるには、さほど時間は掛からなかった。
(……せっかく助かった命なんだ。生きないと……)
心を決めたガイアは、ふと目の前にある森の木々の間を通る細い道を視界に捉える。
しかし、日が殆ど暮れかかっている黄昏時という事もあり、森の中へと続くその道の先を捉えることは不可能であった。
まだどうにか周囲の状況を捉えることは出来ていたが、もう間もなく真っ暗になってしまうだろうということは、想像に難くない。
そう判断したガイアが真っ先に行ったのは、焚き火の材料の確保であった。
その後、秋の冷たい風が吹き付ける中、ガイアは日の入りの刻限ギリギリまで、枯れ枝や枯れ葉を集め続けた。
そうして集めたそれらを、六人の球状の存在から授けられた加護の内の一つを頼りに、焚き火の"薪"となる部分を組み立てて行く。
そうして準備を整えたガイアは、自分の前に人差し指を立てると、先程とはまた別の加護によって得られた魔法の知識を頼りに、頭にその魔法のイメージを浮かべる。
すると、身体の周囲に謎の文字列が現れ、それは一気に指先へと集約されて行く。
そして、「ボッ!」という発火の音と共に、ガイアの指先に野球ボールサイズの火球──炎属性魔法「火球」が生成された。
ガイアは自らの魔力で生み出したそれから意識を逸らさないよう細心の注意を払いつつ、その指先の炎の"攻撃対象"を、先程組んだ薪の下敷きである枯れ葉に指定する。
そして、それに追加で"指先からゆっくり移動して枯れ葉に着火する"と言う風にイメージすると、それに合わせて生成した火球もその通りに動き出した。
だが、身体が冷やされてしまったからだろう。
ガイアはムズムズする鼻の感覚に耐えきれず、大きなくしゃみをやらかしてしまう。
すると、くしゃみによって集中が途切れたからだろうか。魔法で生成した火球は淡い光の塊へと変化し、霧散して空中に融けていってしまった。
その点を反省しながらもう一度火球を生成したガイアは、今度は着実に着火を成功させるべく、手に取った枯れ葉をゆっくりと近付ける。
自らの魔力で生み出したからか、ガイアは不思議と熱く感じないそれが本当に着火するか不安であった。
しかし、その炎が無事に枯れ葉に着火した事を確認したガイアはホッと胸を撫で下ろし、その火種を素早く焚き火に引火させる。
敷かれた枯れ葉から小枝へ、そして枝へと引火し、暗い空間に炎の明かりが灯った。
しかし、既にとっぷりと日が暮れて風が冷たくなり、ガイアは風邪を引かないかという不安に駆られる。
だが、ふと目に付いたとある植物によって、その不安は和らぐこととなった。
先程は暗くて分からなかったが、枯れ葉とは明らかに違う瑞々しい赤茶色の葉を持つそれは、加護によって得られた知識の中に該当するものがあった。
◎マキナ草
効能:耐寒強化
瑞々しい赤茶色の葉が特徴の薬草。
根っこを摂取すると、3時間の間、寒さを感じなくなる。
生のままでもそれだけの効果があるが、煎じて飲むと、効力が5時間に延びる。
これまた先程の二つとは別の加護を利用し、それに間違いが無かったことを確認したガイアは、即座にそれを引っこ抜く。
そして、水魔法で根っこに付着した土を洗い流し、生の根っこをそのまま口に入れ、咀嚼する。
だが──
「……っ!? くはっ、かっ……、からっ……!!」
生のマキナ草の、わさびやからしとはまた違った辛さに暫しの間悶絶することとなったのは、ここだけの話である。
辛さは兎も角、暖を取れる手段を確保したガイアは、改めて自分の事を確認する。
背中に背負った剣と、左腕の籠手と一体になる形で装着された小盾。
身体の要所を守る腕当て、肩当て、胸当て、膝当て、脛当て。
それらの装備と地肌の間に着込んだインナーに加え、頭部には前頭葉の部分を覆う鉢金。
腰のベルトに付けられている丈夫な道具袋と、解体用のナイフ。
それらが、今のガイアが身に付けている物の全てであった。
そうして自分の装備を確認したガイアは、続いて自分の能力を確認するべく、マキナ草の情報の表示に使用した加護──「ステータス確認」を、自分に対して発動する。
すると、ガイアの視界に、このような情報が映し出された。
◎ガイア
年齢:17
種族:ホムス(男)
職業:魔法剣士
装備:片手半剣/小盾/各種装甲
特記事項:六霊神の加護
本当に自分の名前が変わっていた事に若干驚きつつ、ガイアは"特記事項"と記された項目に意識を向ける。
そして、「開け」と念じると、今度はこのような情報が表示された。
▼「六霊神の加護」詳細
○炎の加護
●闘志
┗戦闘時、恐怖心を抑制する。
●戦闘技能
┗基本的な戦闘技術を得る。
○氷の加護
●翻訳
┗この世界の言語を読み書きする際、自動的に翻訳する。
●致死防壁
┗致命傷を受けそうになった時、それを防ぐ障壁を展開する(5回限り)。
○風の加護
●サバイバー
┗サバイバル術の技能と知識を得る。
●戦闘思考術
┗戦闘時、頭の回転が速くなる。
○雷の加護
●ステータス確認
┗目視した任意の対象、及び自分のステータス情報を表示する。
●魔法知識
┗加護を受けている属性の全魔法の名称と性能についての知識を得る。
○地の加護
●地理掌握
┗訪問した場所、並びに一度見た地図の情報を記憶する。何時でも思い出せる。
●想像詠唱
┗治癒系以外の魔法を、想像するだけで詠唱した扱いにする。
○水の加護
●治癒促進
┗怪我と魔力の自然回復速度が倍になる。
●異常耐性
┗状態異常の効果と、魔法によって状態異常にかかる確率を半減する。
まずそれを見てガイアが驚いたのは、やはりあの球状の存在は、神様であったということであった。
六人の身体の色は、それぞれの属性を表していたのだろう。
だが、ガイアはこれらの十二の加護を授けてくれた事に感謝しつつも、同時に一抹の不安を覚える。
かつて、彼ら六霊神が戦ったという"悪しき者"。
その強大な敵に、自分が本当に太刀打ちできるのだろうか……と。
しかし、既に自分は異世界に来てしまっている。
その悪しき者に立ち向かう為に強くなり、名声を得ること。
それが、今の自分に課せられた当面の目標なのだということを、ガイアは自分に言い聞かせる。
だが、そのためには拠点となる場所が必要となる。
来たるべき戦いに備えるべく、明日はこの森を出て人や街を探そうという決意を固めつつ、ガイアは次のステータスを表示した。
◎片手半剣
片手剣と両手剣、両方として扱えるよう調整された長剣。
「刀身防御」を除いた、片手剣と両手剣の全てのスキルを使用することが出来る。
その代わり、消耗が早い。
自らの得物についての情報を表示したガイアは、「へえ」と感心する。
片手剣と両手剣のどちらとしても扱えると言うことは、戦術の幅がそれだけ広がると言うことである。
──これも、使いこなせるようにならないとな。
そんな決意をしつつ、ガイアはまた別のステータスを表示する。
それは、自らの職業──"魔法剣士"についての情報であった。
▼「魔法剣士」詳細
必要条件:上級剣士×上級魔術士
職業専用スキル:属性付与
魔法属性で攻守を補佐する専用スキル「属性付与」を駆使し、敵に合わせて臨機応変に属性を切り替えて戦う。
○属性付与
熟練度:Lv1
●武器属性変化
炎、氷、雷、風の4属性を、60秒間武器に宿す。効果時間中は、相反関係にある属性に切り替えることは出来ない。
熟練度Lv2到達時:「属性防壁」使用可、地・水属性追加、剣スキル追加
その情報を知ったガイアは、「こっちを使えば良かった」と後悔せずには居られなかった。
と言うのも、先程枯れ葉に着火させる為に"想像詠唱"で魔法を使った際、「ゆっくり移動させて着火させる」という追加の想像を行わなければならなかったからだ。
そうしたのも、そのまま放っていれば勢いよく火球が飛び出し、結果的に組んだ薪が直撃の衝撃で飛散してしまうから、というのが理由であった。
だがフォースであれば、一度発動さえすればその時点で武器に属性効果が付与される──つまり、炎属性を宿らせた得物を薪に突っ込むだけで良かったのだ。
──落ち着いたら、色々試してみよう。
ガイアは使用可能なスキルの情報等を確認した後に、胸の内でそんな決意を固めつつ、次のマキナ草の出番が来るまでの短い仮眠を取り始めるのだった。
─魔法データ─
◎火球
炎属性の初級攻撃魔法。
野球ボールサイズの火球を生成し、対象に向けて発射する。