1─XIV
「あんた、よくそれで生きていられたわね……」
動くようになりはしたものの、未だに僅かな違和感が残る右足を庇うように歩いて帰還したガイアの話を聞いたアスナは、呆れ果てた様子でそう言った。
そして、一つ大きな溜め息を吐いて言葉を続ける。
「けど、本当にそれ以外、何もされなかったの?」
「うん……。むしろ、"これに懲りたら今後は気を付けろ"って……」
「野盗にしてはらしからぬ言動ね……。
でも、お詫びの言葉も、身分証明の提示もしなかったのよね?」
「うん……」
「珍しく紳士的な野盗も居たものね……。次からは絶対に気を付けなさいよ?」
アスナにそう言われ、右足の傷痕を摩りながら頷くガイアであった。
そうして食事を終えた二人は、有事を警戒して見張り役の後ろで休憩役が休むという形を取ることとなった。
しかし、幸いその夜は何事も起こらず、二人は無事にアインハルト王国へと帰還する運びとなったのだった。
◇ ◇ ◇
アインハルト王国領は、本日も爽やかな秋晴れであった。
心地良い風が吹き抜ける中、二人は真っ直ぐ来た道を戻る。
そうして適度な休憩を挟みながら六時間ほど移動し、時刻も真昼に差し掛かった頃。二人は無事、アインハルト王国城下町の検閲所へと辿り着いていた。
そして、検閲の窓口に並ぶ列で、その二人に声を掛ける白髪の美女が一人。
「おかえり、待ってたよ」
それは、他でもない今回の依頼人──アストリッドであった。
「はい、只今戻りました」
「…………」
報告を行うガイアとは対照的に、アスナは口を閉じたままである。
ジーノの死の件で、心のどこかに引っ掛かりがあったのだろう。
アストリッドはそんなアスナを一瞥して、こう言った。
「出発前にも伝えたけど、アンタ達には話しておかなきゃならないことがある。
許可は取ったから、検閲で手続きを済ませたら、真っ直ぐ私の研究室まで来ておくれ。
くれぐれも、道中その依頼品を人に見せびらかしたりしないようにね」
それだけ言うと、アストリッドは城下町の方へと踵を返して立ち去ってしまった。
そして、遂に二人が検閲を受ける番となる。
ギルドカードの提示と魔力認証で本人確認を行った二人は、依頼品が入った袋をカウンターに乗せる。
そして、受付の女性が紐を解いて袋の口を開けると、澄み渡った青空の如く輝く鉱石が姿を現す。
袋から取り出されたアズライト鉱石は、"蒼天石"の別名に恥じぬ優しい輝きを放ち続けていた。
その他の荷物検査や身体検査、資料の内容とアズライト鉱石の照会と言った事も終わり、検閲所から城下町へと足を踏み入れた二人は、真っ直ぐにアインハルトの王城を目指す。
本来であれば、依頼の報告や報酬の引き渡しは、冒険者ギルドの「依頼報告」の受付を介して行わなければならない。
だが、やむを得ない事情や理由がある場合はギルドに申請を行い、それが通れば依頼主が直接受理する事も可能となる。
故に、二人は中央広場に差し掛かっても進行方向を変えず、真っ直ぐの最短距離で城を目指す。
やがて、正門で三人の衛兵に呼び止められた二人は、依頼書を差し出して目的を告げ、名前と入城時刻を記入する。
そして、衛兵の先導に従って城へ入り、正門玄関からアストリッドの研究室へと案内された。
衛兵が扉をノックし、内側からアストリッドの声が聞こえる。
「アストリッド様、依頼報告の御用で、冒険者二名をお連れ致しました」
「良いよ、入りな」
「……ガイア様、アスナ様。お帰りの際は、必ず入場した門と同じ所からでお願いします。
では、お入り下さい」
アストリッドの許可を確認すると、衛兵はそう言って彫刻の入った扉を開ける。
そうして二人が応接間に入ると、アストリッドは既にソファーに座っており、二人は反対側の席に座るように促された。
「二人とも、ご苦労だったね」
「……いえ、それほどでも……」
用意された紅茶を一口啜り、ようやくアスナが重い口を開く。
だが、その表情は暗いままで、どうにも話しにくそうな様子であった。
すると、そんなアスナの心情を察してか、アストリッドは一言こう言った。
「……大丈夫。誰のせいでもないよ」
優しいその言葉に、俯き気味のアスナがピクリと反応する。
そして、ぽた、ぽた、と頬を伝った温い水滴が、アスナの膝の上に乗せられた手の甲に落ちる。
アストリッドは立ち上がり、アスナの肩に手を置いて、ぽんぽんと優しく叩く。
アスナは涕泣し、涙が伝う顔を両手で覆う。
アストリッドは、そんなアスナを優しく包み込むように抱き寄せる。
「……ほら、何時までも泣いてたら綺麗な顔が台無しだよ」
二十秒ほど受け止めた後、アストリッドはそう言ってアスナの姿勢を正す。
「……はい」
そう答えるアスナも憑き物が落ちたようで、先程までの暗い表情は、既に微塵も見受けられなくなっていた。
アストリッドは元の席に戻り、二人は今回の依頼について報告を行う。
そして──
「──切り出し作業の途中で多少魔物の妨害がありましたが、無事に退けることが出来ました」
「そうかい……。んで、その魔物ってのは、もしかしてこの内のどれかかい?」
そこまでアスナが報告したところで、アストリッドはおもむろに、四枚のスケッチ画を卓上に置く。
その四枚に描かれているのは、いずれも銀色のトカゲ型の魔物。
そして、その内の一枚に、アスナが出会ったソレと完全に一致する物があった。
「これです。間違いありません」
「フム……、成る程。アスナ、報告ありがとうね」
アスナのその報告に、アストリッドはどこか得心がいった様子でそう言った。
だがこの時、ガイアはその話の内容で、一つ心に引っ掛かる事があった。
「アストリッドさん、一つ質問しても良いですか?」
「ん? 何だい?」
アストリッドから許可を得て、ガイアは言葉を続ける。
「その……、もしかしてアストリッドさん、俺達に何か隠してる情報があるんじゃないですか?」
臆することなく、ガイアはド直球にその質問をぶつける。
その言葉に、アストリッドは暫し沈黙する。
そして──
「……まあ、それはこの後、今回のメインイベントに欠かせない物をお披露目したら教えるさ」
「え……?」
「分かりました、約束ですよ」
アストリッドのその言葉に驚くアスナと、その返事を受け入れるガイア。
この後のことなど何も知らぬアスナは、ただただ困惑する。
「アスナ、アンタに見せなきゃならない物がある」
アストリッドはそう言って立ち上がり、応接間の奥の左側にある「研究室」の扉を開ける。
その部屋には何やら魔方陣らしきものが描かれた大きな布が敷かれ、その中央には、布を被せられた「何か」が鎮座していた──。




