1─IX
暗闇の静寂がどこまでも続く、廃坑の坑道。
そしてそこには、手に持った照明の明かりを頼りにピッケルを振るう一組の男女。
それが誰かと問われれば、他でもない。依頼を受けてここに来た、ガイアとアスナである。
二人は今、目的の鉱石を求めてピッケルを振るい続けている。
坑道の壁が崩れ、金の欠片がポロポロと地面に落ちる。
それを後方のボタ山へと放り投げ、目当ての鉱石を求めて再びピッケルを振るう。それの繰り返しである。
「……なあ、一つ聞いてもいいか?」
ふと、ガイアが手を休めて隣のアスナにそう言った。
アスナはそれを許諾すると、ついでに作業の手を止めて小休止に入る。
ガイアは鉢金の代わりにその頭に付けた小型照明で、先程から積み上げ続けたボタ山を照らし出す。
そして、光を受けたボタ山は、眩い黄金色の輝きを放つ。
「金、多すぎじゃね?」
そこには、目を見張るばかりの金、金、金。
採掘した鉱石の、実に七割以上が金だったのである。
だが──
「そう? 金なんてどこの鉱山もこんなもんよ?」
「……へ?」
そんなことをしれっと言われ、ガイアの頭は混乱し始める。
「そう言えば……、さっき金を眺めてなかった?」
「え? あ……ああ、本物の金を見たことが無くて……」
と言うより、そもそも本物の金を生で見る機会など、金閣寺の観光以外の方法でそうそうあるのだろうか。
そんな疑問を抱いた、その時である。
「そんなに金が珍しいの? 財布の中に入ってるじゃない」
「え、財布……?」
アスナのその言葉に、ガイアはハッと思い出す。
この世界で衣服やら何やらを買い揃えた際、受け取った小銭の色は何だったか。
そして、不思議とその小銭が重く感じたのは何故なのか。
「……もしかして、この世界の小銭って、全部純金?」
ガイアが恐る恐る尋ねると、アスナはしれっと「ええ、そうよ?」と答えた。
そして──
「……て言うか、金にそれ以外の存在意義ってあるの?
武具や日用品にするには軟らかい上に重すぎるし、その癖無尽蔵に沸いてくるだけのゴミでしょ?」
その後に続けられたアスナの言葉に、ガイアは一つの答えを導き出す。
即ち、「価値(観)の相違」である。
それを悟ったガイアは、次の質問をアスナに尋ねる。
「……アスナ、加工前の金の価値って、どれくらい?」
「加工前……? どれだけ積まれても1Gすら付かないわよ?」
アスナのその言葉に、ガイアは雷にでも打たれたかのような衝撃に襲われた。
そして、暫し沈黙の後、一言。
「これ持って、元の世界に帰れないかな……?」
その発言に思わず「何真剣な顔で馬鹿な事言ってんのよ」と呆れ顔で返すアスナ。
だが、その反応も当然だろう。この異世界において、金はその程度の価値しかないのだ。
「俺の世界の金相場を知ったら、きっとそんなこと言えなくなるよ……」
「そんなに貴重なの?」
「うん。えーと……」
アスナにそう問われ、ガイアは思考を巡らせる。
以前、ふと興味が沸いて金の価格を調べた時の価格は幾らだっただろうかと、記憶の引き出しを必死に捜索した。
そして──、ガイアはその記憶を引き出すことに成功する。
「時価で価格が変動するから平均値は分からないけど、確か……、俺が見たときだと、1g辺り3000以上してたよ」
刹那、二人の間に静寂が訪れる。
「……へ?」
アスナの脳が、その耳から伝わった言葉を理解するまで、数秒。
驚愕に満たされたその顔から漏れたその声は、アスナの動揺を察するには十分すぎるものであった。
すると、アスナは金が積まれたボタ山に歩み寄り、その震えた手で金の欠片を一つだけ手に取る。
しかし、あまりに震えすぎていたせいでそれを一、二度地面に落としてしまう。
深呼吸で無理矢理自らを落ち着かせたアスナは、改めてそれを手に取り、まじまじと眺める。
そうして暫く長考した後の言葉が──
「これ持って、ガイアの世界に行けないかしら……?」
これである。
更に、その両目は「Gに変化している」と言っても過言では無いほどに、きらきらと輝いていた。
そしてこの時、ガイアはもう一つ納得した事があった。
それは、その純金100%製の硬貨がひしめく財布の中に、500G、1000G、5000G、10000Gの紙幣も入っているという事である。
硬貨が金で造られている以上、それらがかさばった時の重さは凄まじい物となる事は、想像に難くない。
故に、この世界にも紙幣が普及しているのだ。
それはさておき、ガイアはアスナに「な? 考えたくなるだろ?」と言い、その言葉に黙ったまま頷くアスナである。
すると、アスナは「ちょっと私の槍で四、五回突こうか?」等と提案し、ガイアは即座に「やめてください致死防壁無くなって死んでしまいます」と返す。
「……なんてね」
「結構マジで恐いからヤメテ。槍が迫ってきたあの光景、地味に俺のトラウマだから……」
ガイアは疼いた右頬の傷痕をそっと摩りつつ、そう言った。
アスナの槍によって作られたその傷は、頬の肉が抉られた状態で治癒した為、くっきりと痕になって残っていた。
だが、冒険者という仕事柄、あの程度の命のやり取りに慣れているのだろう。
それを聞いたアスナが「そんな程度で恐がっててどうすんのよ……」と呆れ気味に言った事は、最早言うまでも無い。
「俺の住んでた世界じゃ、包丁持った相手に立ち向かえるだけで大した物なんだよ」
そうやって、異世界との意識の違いをまた一つ痛感するガイアであった。
あの亜熊やコボルド達と対峙した際は、空腹の本能や助けなければならないという思いや、加護による恐怖心の抑制があったからこそ勝てたようなものであった。
しかし、今になって思い返すと、平穏な日常を送っていただけの自分がよくあれだけのことをやってのけたなぁ、と思わず感心せざるを得ないのである。
「まぁ、どんな相手にも物怖じしない胆力を身につける努力はするよ」
「それが良いわね。
……けど、それにしても、ビックリするほど見つからないわね……」
アスナは、項垂れながらそんな愚痴をこぼす。
それについては、ガイアも全くの同意見であった。
何故なら、今回の採集対象である「アズライト鉱石」の事前情報は、アストリッドから教えて貰った物以外、本当に何もないのだ。
鉱石の図鑑を調べても情報が全く出ず、アストリッドからも「終わったら教えてやろう」で躱されてしまっていたのだ。
「それでも、やるしかないよな……」
「……そうね」
二人はそれだけ交わすと、すぐにピッケルを持って立ち上がる。
しかし、いくら採掘を続けても目的の鉱石は一行に姿を現さない。
きんきらきんの中にさり気なく混じっている鉱石は灰色や緑色、紅色ばかりであり、水色の物は未だに一個も見当たらないのだ。
(これ、どれだけ掘ればいいんだよ……)
そんなことを考えずにいられなかったガイアは、無尽蔵に沸いてくる大量の金に若干の目眩を覚えつつも、どうにかそれを堪えながらピッケルを振るい続けるのだった。
ボタ山:採掘に伴って発生する捨石の集積場。
G:この世界におけるお金の単位。