1─VIII
─受注クエスト情報─
◎「"蒼天石"採集依頼」
依頼主:アストリッド
ランク:F
優先度:最優先
場所:アインハルト王国領/ホルト鉱山
達成条件:アズライト鉱石500gの納品
特記事項:ガイアとアスナの二名でのみ受注可
○依頼文
私の研究の手伝いとして、アンタ達二人に至急の依頼を頼ませて貰うよ。
場所は、アインハルト王国から北東に半日程歩いたところにある廃坑だ。
その場所で、青空のような水色に輝く「アズライト」という鉱石を採集してきておくれ。
廃坑には魔物も居るだろうけど、アンタ達なら問題なく対処できるはずだ。
頼んだよ。
▼メンバー(名前順)
アスナ(F)
ガイア(F/★)
※★=パーティリーダー
「では、これにて受注完了です! お二人とも、お気を付けて!」
依頼内容を確認した翌日、装備品等の準備を整えたガイアとアスナは「受注手続」の受付での手続を済ませ、受付嬢に見送られながらギルドを出立した。
ガイアは支給品のキャンピングセットやピッケル等が入ったバックパックを背負い、アスナは二人分の回復アイテムや装備を持っていた。
検閲で出発の手続きを終えた二人は、目的地であるホルト鉱山に向けて歩き始める。
そして、二回ほど商人や同業者とすれ違った辺りで、ふとアスナがガイアに話し掛けた。
「……あのさ、ありがと」
「ん? 何が?」
「その……、私の事、気遣ってくれて」
「それを言うなら、アストリッドさんにだよ。
気分転換も必要だろうって、今回この依頼を出してくれたんだ」
「そう……。でも、誘ってくれて、ありがと」
「……どう致しまして」
その言葉を最後に、数秒の間。
そして、「そう言えば」とガイアが付け加える。
「アストリッドさん、この依頼が終わったら、見せたい物があるんだってさ」
「見せたい物?」
「ああ。だから、依頼が終わったら直接お城まで来いって」
「分かったわ、伝えてくれてありがと」
「どう致しまして。
……あ、この前聞こうと思ってた奴なんだけど、いい?」
ガイアが振り掛けてきた次の話題に、アスナは「何?」と答える姿勢を示す。
そして──
「ドワーフって、何で絶滅したんだ?」
そう言われ、アスナは「ああ」と思い出す。
最初に検閲を通る前に、「おいおい」と言って話を切り上げたことを。
「ドワーフの体質については、覚えてるわよね?」
「ああ、自然環境に兎に角弱いんだっけ?」
「うん、そうね。それのせいで、ドワーフは人類始まりの大陸……モーリス大陸の北部にあるクロノス王国の領地にしか住んでいなかったの。
クロノスの王国領は一年を通してあまり気温も湿度も変わらないのが特徴だったから、正にドワーフの国だったの」
「……"だった"?」
引っ掛かった点をガイアが問い、アスナは頷く。
そして、アスナはドワーフが絶滅に至った経緯と原因を説明し始める。
「559年……今から大体150年前まではそうだったの。
でもその年に、突然クロノス王国領を寒波が襲ったの」
「その寒波のせいで、ドワーフが?」
「いいえ、そうじゃないの。事件はその後よ。
寒波が来るって事をクーリアの人が察知したらしくって、それでドワーフの大半の人は王国に集まって冬籠もりを試みたの。
そして実際に寒波が来て、予報を信じなかったドワーフの人は、皆凍死しちゃったのよ……。
でも、王国で冬籠もりを試みた人達も、結局は……」
「……その人達は、どうなったんだ?」
「……籠もった人達は、城下町を丸ごと呑み込む規模の地盤沈下に巻き込まれて、皆……、死んじゃったの」
「地盤沈下……?」
「そう。それも、底が全く見えない程の……ね」
「……城下町が、丸ごと?」
その思わぬ規模に、ガイアは思わず身震いする。
そして、アスナは首を横には振らず、言葉を続ける。
「文字通り、"消えた"の。信じられないでしょうけど、事実よ。
それに、その一件以来、旧クロノス王国領の魔力比率が急変して、難度AやS相当の変異種の魔物が徘徊するようになったの。
今じゃもう、旧クロノス王国領は"魔境"って呼ばれてるわ」
「そうだったのか……。あ、質問良いか?」
「ええ、何?」
「その……"魔力比率"って、何だ?」
ガイアに説明していなかった事を思い出したアスナは、暫し考えた後、説明を開始する。
「そうね……。まず、私達人間の魔力の色って、なんて言うか……オレンジ色と茶色を混ぜたような、透き通った色をしてるんだけど……」
そう言われ、ガイアは「ああ」と思い出す。
組み立てた焚き火の薪に着火させようとしてくしゃみで火球がかき消えたあの時、火球は明るい琥珀色の魔力の塊となり、すぐに空中に霧散していった。
その事をアスナに伝えると、彼女は「そう、それよ」と言い、説明を開始した。
そこからのアスナの説明を纏めると、以下のようになる。
◎一般的に人間とは、体内に琥珀色の魔力──通称"白の魔力"を有している生命体のことを言う。
反対に、体内に"黒の魔力"を宿す存在は"魔物"と呼ばれ、白の魔力を宿す生物を好んで襲う傾向がある。
そして三つ目は、そのどちらも有さない"無有生物"。これは、犬猫や馬、鳥、虫等の、いわば"ガイアとして転生する前の世界にも居た生物"に見られる特徴である。
◎白と黒の魔力は大気や土壌にも含まれている。
ただし、白と黒の魔力が混ざり合った状態である為、それぞれの魔力がどれだけあるかという事を示したのが「魔力比率」である。
◎魔力比率の内分けで黒の魔力の比率が高いほど、魔物が変異を起こす確率が上がる。
変異を起こした魔物は危険度が上がり、より凶暴な"変異種"になる。
尚、魔力の自然回復速度もそれぞれの魔力の比率に比例して変動する為、その場所の魔力比率に応じて自身の魔力残量を把握しておくことも重要な要素となる。
◎魔物は白の魔力の比率が高い場所を避ける傾向がある為、人類はそう言った場所に町を作って暮らしている。
ただし、大気と土壌の白黒比率に大きな差がある場合、その場所には「迷宮」が発生することがある。
迷宮が発生すると地形が大きく変動するため、そう言った場所に町を作ることは禁止されている。
また、迷宮は長期間放置すると周囲の黒の比率を増加させてしまう為、発生から三年以内に踏破しなければならない。
アスナのそれらの説明を聞き終えたガイアは、恐る恐る質問する。
「……今更なんだけど、魔物の肉って食って良かったのか?
腹とか壊したりしないのか?」
本当に今更である。
だが、ガイアはそんな説明を受けて不安にならずにいられるほど無神経ではなかった。
しかし──
「それについては全く大丈夫よ。それに、もしそうだったら魔物も私達を襲わないわ」
アスナのその言葉によって、ガイアの不安は杞憂に終わることとなった。
「ねぇ、今度はガイアの居た世界について、教えてくれない?」
「ああ……、いいよ。どこから話そうか……」
「もう大概の事じゃ驚かないわよ」
ガイアの加護を目の当たりにしたからか、アスナはそんな言葉を漏らす。
それを聞いて、ガイアはこの世界と自分の居た世界の根本的な部分について告げずにはいられず──
「……"魔力"って概念そのものが存在しない世界だとしても?」
刹那、それを聞いたアスナの顔が驚愕の色に染まったことは、最早言うまでも無いだろう。
あまりに驚きすぎて思考停止してしまったのか、「冗談よね?」という言葉を出すまでに数秒かかる始末である。
だが、ガイアは当然頷くわけもなく、首を横に振るのみである。
「え? じゃあ……、じゃあ何で、冷蔵庫とかコンロとか分かった訳?」
「俺の居た世界は、"科学"ってもののお陰で発展してるんだ。
それで……、動力や構造は全然違うんだけど、その科学が発展してきたお陰で出来上がった発明品が普及してて、それとこの世界の魔法具がとてもよく似てたんだ」
「そう……。だからあの時、コンロについて尋ねたのね?」
アスナは、ガイアと初めて出会った日の事を思い出しながらそう言った。
もし、仮に自分が逆の立場だったらどうするか。
そして、その見知らぬ異世界に自分の知っている物と似通った物があれば、確かに用途を確認せずにはいられないだろう。
アスナのその言葉にそういった納得の意が込められている事を感じたガイアは頷き、自身の元居た世界について説明を始めるのだった。