1─VI
「うう……」
そう漏らしながら紙雪崩の起きた書斎から姿を現したのは、ガイアのシェアハウスの同居人──フェズであった。
巻き込まれた際にたんこぶでも出来たのか、頭部をさすっているその姿を見たガイアは、ならばせめてと労りの言葉を掛ける。
「フェズさん、お疲れ様です……」
「ありがとうございます……。
……って、ガイアさん? どうしてここに?」
自然な流れでつい返事をしたものの、書斎から出てきたフェズは、ガイアの姿を見るなり意外と言った様子で驚き、そう言った。
だが、ガイアの目的は協力者のアストリッドと話す事であった為、その辺りは適当にはぐらかして説明する。
そして、それから程なくして、髪の毛が少しばかり乱れたアストリッドが、書斎から姿を現した。
その手には、あの紙雪崩の中から見つけ出したのであろうと思われる書類が握られていた。
「フェズ、お前が探してたって言うのはこれかい?」
アストリッドはそう言って、その書類をフェズに差し出す。
すると、どうやら目的のそれであったらしく、「お師匠様、また今度お茶でもしましょう」と言って退出して行った。
「……"お師匠様"?」
「まあ、弟子だったのは昔の話だけどね。フェズは魔法の才があったから、私はその背中を少し押してやっただけさ。
……さて、そろそろ本題に入ろうか?」
アストリッドはその言葉と同時に床に手を当て、そこに魔力を流し始める。
すると、部屋の床に突如として魔法陣が出現し、それが輝きを放ち始めた。
「……さ、これで部屋の外に音が漏れる心配は無くなったよ。存分に話そうじゃないか」
魔力を流し終えたアストリッドはそう言って、ガイアの向かいのソファーに腰を下ろす。
ガイアはその光景に、改めてここが異世界であるということを改めて感じ取っていた。
向かい合うように着席して姿勢を正したガイアは、アストリッドに自己紹介を開始する。
アドルから、ある程度の情報を教えられていたのだろう。アストリッドはその内容に時折驚いてこそいたものの、それを疑ったりするようなことはしなかった。
そして、アストリッドが自己紹介を行う番となった。
「改めて、私はアストリッド。普段はここの部屋で研究をしてるよ。
……まぁ、私は大昔にあることをやらかしちまったせいで、所謂"不老不死"ってやつになっちまったのさ」
「"やらかした"……。つまり、望んでそうなった訳ではないと言うことですか?」
「ああ、そうだよ。でも、そのお陰でジーノと出会えたんだけどね」
やや寂しげな笑顔でそう言ったアストリッドは、「ま、気が向いたら教えてやるさ」と続け、それ以上その話題に触れることは無かった。
そして、アストリッドは──
「ジーノは……、どんな最期だった?」
その声から、涙が溢れている。
その顔を下に俯かせているのは、涙を見せまいと必死に堪えているからだということが、ひしひしと伝わってくる。
そんな彼女に対し、ガイアはただ一言「ご立派な最期でした」と伝える。
その言葉を受けたアストリッドは、静かに、ただ静かに、悲しみをぐっと堪えていた。
やがて、彼女はガイアに向き直ると、静かな声で言った。
「……アスナは、何か言ってたかい?」
アストリッドのその一言に、ガイアの脳裏にアスナの言葉が蘇る。
──もう一度だけでいいから、師匠に会いたいよ……。
その涙声で紡がれたアスナの本音を、ガイアはアストリッドに伝える。
そして、それを聞いたアストリッドは──。




