プロローグ
秋の太陽が傾き、町に黄昏時が訪れる。
盛況だったスーパーのタイムセールも終了し、次々と帰路に就く買い物客達によって、自動ドアは一向に閉まる気配を見せない。
そこを行き交う人々の姿は、大きく分けて二種類に分かれる。
女──又の名を、多々買いの現場において獲物を狩る、狩人。
男──又の名を、生き残りを賭けて狩人が狩り取った獲物を奪い合う、付き人。
だが、そのどちらにも当てはまらない人間が姿を現すこともある。
使い慣れているのだろう。少しくたびれた買い物用のエコバッグを片手に持ち、反対の手に持った携帯電話を耳に当てているその少年は、駐輪場の自動精算機へと歩みを進めて行く。
『節約して貯金するのも確かに大事だけど、大地君もそろそろオシャレしてみたら?
……あっ、そうだ。どこかにシルバーのアクセサリーがあるはずだから、ちょっと試してみない?』
耳に当てている為に画面が暗転しているその携帯から、少年のオシャレ事情を心配する女性の声が響く。
だが、その2、30年前のファッションセンスに基づく、言うなれば"腕とかに巻いてみないか"と言う提案に、彼は暫し硬直。そして、ほんの一瞬「うへぇ」と顔をしかめ、「アクセサリーまでは流石に……」と言って丁寧に断りを入れる。
しかし、そんな彼の返事も予想通りだったのだろう。女性はいつもの笑い声の後、『結構似合うと思ったのに』と残念そうに言った。
やがて、少年が彼女に駐輪場に着いた旨を伝えると、二人は阿吽の呼吸で会話の切り上げに入り──少年はダイヤルオフのアイコンをタッチする。
表示された通話時間を一瞬だけ確認すると、彼はスリープ状態に移行させたそれをズボンの左ポケットへと仕舞い、反対のポケットから小銭の入った財布を取り出す。
──随分、慣れたもんだ。
もう十年目になる新しい家族との生活を思い出しつつ、少年は精算機のボタンを操作する。
「300、円です」
無機質な機械音声に告げられた利用料金を、いつものように投入する。
そして、自分の自転車を停めた方角からロックが外れる音を聞いた少年は、いつものように財布を仕舞いつつ、自分の愛車が置いてある方向へと歩みを進めた。
自転車を駐輪台から下ろし、邪魔にならないところまで移動したところで、前篭に入れておいたヘルメットを慣れた手つきで装着する。
そして、彼はそれと入れ替える形で、買い物バッグを慎重に籠の中へと"設置"する。
くしゃ、と卵のパックが若干変形する音が耳に届くが、バッグが無事に前篭の中にすっぽりと収まった事に安堵しつつ、彼は自転車をスーパーの敷地の外へと押し進めて行った。
そうして車道に出た彼は自転車にまたがり、先程の通話相手の女性──義理の母親が待つ自宅へと向けて、若干重くなったペダルを漕ぐ。
その帰り道の途中、彼は建物の陰にある見通しの悪い十字路へと差し掛かる。
日は殆ど沈み、周囲の状況はかなり把握しづらくなっていた。
──寒くなってきてるし、急がないと。
彼はそう判断すると、右手のギアを「5」の値まで引き上げ、ペダルを漕ぐ足により一層の力を加えて十字路へと愛車を漕ぎ進めて行く。
しかし、彼が十字路の左側から近付いてきていたトラックの音に気付いたときには、ブレーキも加速もとうに間に合わず──。
その日、一人の少年が運悪くトラックに撥ねられ、十七年の生涯に幕を下ろした。
かつて父親の暴力に曝されていたところを近隣住民の通報によって保護された少年は、特別養子縁組によって関係が成立した新しい両親と共に、移住したその町で順風満帆の日々を過ごしていた。
そして、そのあまりにも突然の訃報に、彼と親しい関係にあった多くの人々はその死を悼み、涙を流した。
だが、その一方で──
『見つけた……』
彼が死んだというその事実を──否。彼の魂が世界の理から外れた事で、その居場所を特定できたという事実に歓喜する者もまた、そこに存在していたのだった。
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