the birthday
僕は、彼を眠らせなければならない。
薄汚れた擦りガラスの向こうではブルーのLEDが不規則に瞬き、通りの向こう側から陽気なクリスマス・キャロルが聞こえてくる。
古いエアコンの室外機のファンが、不意にグーンと音を立て、微かにその振動が薄い壁を伝った。
僕は、彼を眠らせなければならない。
安い蛍光灯が室内を煌々と照らし、ベッドで眠る彼の白い頬を、より一層白く浮き上がらせる。
キッチンで、ケトルが甲高い音を立てて蒸気を吹き出した。
僕は彼の傍らから立ち上がり、コンロの火を消した。
あらかじめテーブルに準備していたブルーのカップ―もとはピンクのそれとペアだった片割れに、泡立つ熱湯を注ぐ。カップの底の白い粉は、しゅるしゅると渦を巻いて消えた。
二十三時五十七分。
ベッドの上の彼は、倒れこんだ姿のまま両手を奔放に投げ出し、無邪気な顔で眠っている。
「―大人になるって、こういうことでしょ?」
エアコンの吐き出す温い風が、彼の少し傷んだ黒い髪をほわほわと揺らした。眼球が微かに動いて、瞼と長い睫毛が小さく揺れた。眠りはまだ浅いらしい。
さよなら。
彼の僅かに開いた唇の間から、寝息の隙間を縫ってそれを流し込む。
彼の瞼は開かない。まるで寝息と同じくらい自然に、彼はその液体を喉に導き、飲み干した。
二十三時五十九分。
無邪気であることが、夢中であることが、罪だと気づいてしまった瞬間から、この決別は約束されていた、多分。
「―大人になるって、こういうことでしょ?」
答えのない問い。
また一年後、クリスマス・キャロルをレクイエムに葬られるのは、きっと僕だろう。
明日、新聞紙で乱暴に包んだピンク色の陶器の破片を、ゴミステーションに棄てようと思う。―夜が明けたら、一番に。




