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九話 経けん

身体がやけに軽くなった気がする

その理由を私は知っている

何かに身体中の力を吸いとられたのだ

その何かはなんだっただろうか

思考は移ろう

母の顔が思い浮かんだ

それは笑った顔だった

母は優しかった

けれど、二度と会うことはない

ああどうして私は、あのときスーパーの魔物を皆殺しにしなかったのだろう

きっと仇もいたはずなのに

近晴の顔がふわりと浮かんだ

優しい顔だ

出会ったばかりだけどきっと彼は誰よりも優しい人

そういえば私はどうなったのだろう

近晴もきっと魔物の波に巻き込まれたはず

無事だといいな

思考は、嫌なリアリティーを持って記憶を再現する

床に這った私と、それを覆う魔物の群れ

それは海で溺れたときのような絶望感

波に揉まれ認識ができず、翻弄されながら


『私は死ぬの?』


勢いよく見開いた目には薄汚れた天井が映った

一瞬、記憶が混乱する

身体中を嫌な汗が伝う

「良かった、目が覚めたのか」

少し離れた壁に寄りかかって座る近晴が心底安堵したような声を出した

薄い鎧はいくらか傷ついていたが、無傷のようだ

恐らくもう黒い砂で完治したのだろう

私は細長い通路の真ん中に寝かされていた

ジャージとパーカーはぼろぼろだったが、怪我はない

右手に包丁を握りしめていた

「大変だったんだぞ 人間一人抱えながら歩くのに、包丁にまで気を使わなくちゃいけなかったんだから」

私の視線の先に気付いた近晴は苦い笑みを浮かべながら呆れる

『魔物は』

彼は随分無防備に休んでいる

通路の先にその影は見えないが一応尋ねる

「カエルの声で構内の魔物は全部集結していた それを飴雪が魔法で全滅させたんだ」

あのカエルも、魔物の群れも皆、殺せたのか

そのことに僅かに安堵した

魔法という聞きなれた、しかし実感の伴わないそれに私は疑問をもつ

当然ながらこの世界に魔法なんて存在しない

身体の変質と関係があるのだろうか

「その指輪、土属性のマジックアイテムだったみたいだな」

近晴は視線だけで私の右手を示す

そこにはしっくりと納まったまだら色の指輪

そういえば気を失う寸前、やけに指が熱く感じた

これのせいだったようだ

『これがあれば、さっきみたいな状況でも勝てるのね』

ぽつりと思ったことを口に出す

「違う、それはそんなに何度も使えない」

近晴は少し慌てたような、真剣な目で私を制する

どうやら何かしらのリスクがあるらしい


休憩がてら、彼は魔法について説明をしてくれた

現在、人間が魔法を使うには二つの方法が発見されている

一つはわたしのように異世界の道具、マジックアイテムを使用する方法

それぞれ固有の属性と固有の魔法が使えるらしい

しかし魔法には威力に比例し、体力が持っていかれる

先程私は偶発的に最大出力で魔法を発動した

そのせいで気を失ってしまったそうだ

そしてマジックアイテムは使う度に少しずつアイテム事態にダメージがいく

使いすぎれば砂となって消えるということだ

二つ目の方法は、近晴が実践してくれた

「水毬」

声と共に差し出された手の上に水の玉が浮かび上がる

透明なそれは少しの間滞空し、近晴が力を抜くと同時に溶けるように消えた

「一度でも食らったことのある魔法は適正があれば使える 威力を絞ったり、多少の工夫なら出来るかな」

デメリットは言わずもがな、攻撃による死だ

そして苦痛

『あなたはいくつ使えるの』

少し、声が固くなった

使える分だけ彼は苦痛を味わった

きっと今日だけの話ではない

言葉の端々に垣間見える以前から続くらしい実験の成果

「熱、火、光、風、木、水、闇」

近晴はそれぞれ手の上に出しながら七つの属性を口にした

周囲の空気が熱くなり冷たくなり、火が揺らめき、雷が閃き、つむじ風が起こり、植物が芽生え、水が流れ、闇が生まれる

ころころと変わるそれらは人智を超え、それ故の美しさがあった

最小限の出力だったそれはすぐに溶ける

近晴の焦げ茶色の瞳はちらちらと瞬きを映し、何かを堪えるような表情を見せる

彼は属性しか言わなかった

きっと他にも使える魔法はあるのだろう

彼は己の痛みを背負っている

私がそれに気付いたことも知っている

『それだけ それだけたくさん使えたらもう、新しい魔法なんていらないね』

私は今、どんな顔をしているだろう

口調はしっかり明るいはずで

口許には笑みが浮かんでいるはずで

きっと眼は、口ほどにものを言う

近晴は歳に似つかわしくない悟った切なさで笑った

「そうだね たくさん、あるから」

ゆっくりと紡がれた言葉は、彼自身に言い聞かせる為の言葉だと私は思った


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