六話 変わりゆくからだ
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駅の構内は悲惨な有り様だった
電気の消えたそこは薄暗く、どこからか漏れた水で床は水没している
せいぜいくるぶし辺りまでしか水位はないが、ショートブーツでは冷たさを防ぎきれない
できるかぎり長居はしたくない
「ここはまだ機関も探索していないんだ 逃げ場がないから危険度は街中よりずっと高い」
近晴の声は固く、視線には一欠片の油断もない
それは決して普通の高校生の纏う空気ではなかった
少し震える指先に気付かないふりをして、私も周囲を警戒する
視界の中には数匹の魚介類のような魔物
普段なら土産物がならぶ店舗も、宙をたゆたう魔物に占拠されている
まだ私たちの侵入に気づいていないようだ
外にいた人型もどきの猛禽類は見当たらない
一番手前には毒々しい赤紫色の魚が空を泳いでいる
間もなくそのマグロほどある巨体はこちらに気付くだろう
ならば先手必勝
私は軽い水しぶきを上げながらマグロもどきに近づき、剥き出しの眼球に包丁を突き立てた
感触は柔らかい
しかし攻撃は通った
片目から黒い砂を撒き散らし、マグロもどきはのたうつ
勢いよくこちらへ飛んできた液体の滴る尾を避け、一歩引く
また近付こうと込めた力は突然顔に感じた熱で後ろへ下がってしまった
更に数回、首や手の甲など剥き出しの皮膚に熱が、痛みが走る
それは尾の液体だった
暴れる度に撒き散らされ、当たった肌が焼ける
『本当に毒を持ってたの』
誰に言うでもなく呟き、暴れる尾に近づき根元を切りつけた
傷が浅い
もう一度、はたかれる尾を避けながら同じところを深く、力を込めて切りつける
限界まで反り返った胴体と音もなく絶叫をもらす大きな口が、尾の筋を断裂したことを示した
今度は内蔵のある下っ腹を滅多刺しにする
次の瞬間、マグロもどきの体は爆ぜるように霧散した
軽い水音をたて、何かが下へ落ちる
そこにあったのは淡い緑の石でできた指環だった
拾い上げて首をかしげる
「それはさっきの魔物が食べて、消化できずに胃のなかにあったものじゃないかな」
離れた場所から戦闘を見ていた近晴は近付きながらそう言った
「修復できない損傷を負ったモノは力に戻るけど、鎧や剣と同じで大きなダメージを食らわなかった物は残るんだ」
石は白味の多いグレーと新緑を思わせる淡い緑が斑に交じりあい、不思議な色味をしている
私はなんとなくそれを気に入り、右手の中指に嵌めた
それはあつらえたようにしっくりと納まる
「それより、傷は」
油断なく辺りを警戒しながら彼は気遣わしげに問うてくる
それに大したことないと首を振り、私達は歩みを進めた