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四話 選んだのは

公園から離れ、とりあえず母のいそうな場所を考える

スーパーにも街の方にもいなかった

あとは近所の友達のところか駅の辺りの商店街だろうか

近所なら異変が起きたときに家へ帰ってきていただろう

私は駅の方へ歩き始めた


近晴は追いかけてこなかった

用もないし特に気にしない

しかし私は駅へ近づくほど違和感を感じた

なんとなく、魔物の数が少ないのだ

そしてたまに遭う魔物も猛禽類のような形態のモノが多くなってきた

ゴブリンや獣ではない、身に付ける鎧や武器が文明を感じさせる

これには少し困ってしまった

頭部や翼まで薄い金属に覆われているせいで攻撃しても死なないのだ

金属の隙間を狙った攻撃もあまり当たりはよくない

油断はしていなかったが今までのようにただ頭や喉に突き刺せばいいのとは勝手が違う

何匹かに囲まれたところで私は足をもつれさせた


尻餅をついて見上げた視界には、鋭い眼光と鋭利な剣の光


背筋が一気に冷えた


慌てて包丁を両手で持ち、前へ構える

刃先が震えた

身体が、震えた

私はどうしたらいいのだろう

また脳内が大音量で埋め尽くされていくような気がした

そして、気づく

それは自分の血流の音なのだと


私は今、生きている


認識した瞬間に鈍っていた生存本能が騒ぎだした

それは恐怖の楔となって身体の自由を奪う

生きているのに、死ぬのだろうか

生きているから、死ぬのだろうか

生と死が交互に脳を埋め尽くす

猛禽類が剣を振りかざす

それまでうるさいくらい廻っていた思考が止まった

理性も感情も、全て止まる

直面したそれは死

視線が切っ先に釘付けになる

視覚情報だけが私の存在を証明していた

音も地面のアスファルトの感触も風の揺らぎも感じない

切っ先

滴るのは、赤い血

それらが止まった空間を薙ぎ、私へと迫る

決して早くないであろうそれを避けることも受けることもできずに傍受する

しかし、切っ先は軌道の中程で止まることとなった


「なんで、こんな危ないところに、ひとりでっ」


猛禽類の腹から大振りの剣が突き出た

それは一度引き抜かれ、左右へと閃く

倒れきる前に黒い砂となって魔物は霧散し、彼は周囲の魔物達も切り捨てる

良くも悪くも普通の高校生然とした近晴は慣れた手付きで魔物を殺した


ほんの数匹を確実に仕留め、近晴は座り込んだままの私に向き合った

逆光となった近晴の表情はひどく読みづらい

剣を鞘に納め、彼は眉間に皺を寄せていた

「俺達が保護すると言った なんで一人でここへきた」

彼は笑っていなかった

死への実感がするすると溶けていき、私の身体はどろどろに重くなった

『母を、探しに』

声は情けなく震え、か細く鳴った

「俺達が探す 飴雪は戻れ」

有無を言わせぬ響きがあった

しかし私は声を荒らげる

『何故っ 私も探す、私が探すのっ』

自分でも何を言っているのか分からなくなった

どうして私はここにいるのだろう

「駄目だ」

近晴は静かにはっきりと言った

声の響きで解る

彼はきっと私が従わないのを分かってそう言ったのだ

私の口は勝手に動いた

身体はもう意識の言うことを聞かない

『私が、探す』

私は身体に抵抗するのを諦め、彼の言の刃を待つ

「飴雪、このままだとお前は死ぬ 絶対に死んでしまうんだ」

近晴はあくまでゆっくり、私に伝える

身体が泣き出した

目が幾重もの水膜で覆われ、溢れる

息がひきつる


『嫌よ、死にたくない けど、母さんが、母さんも死にたくないに決まってるっ 早く見つけてあげないと じゃないと、死んじゃう』


口から溢れた言葉は本音

私は悲しかったのだろうか

怖かったのだろうか

きっと堪えられなかったのだ

自分や大切な人の命を失うことが、死を見ることが嫌だった

私に合わせて屈んだ彼も、きっと知ってる

優しく触れられた手の暖かみが私に全てを認識させる


私が見捨てた女の人の最期の眼

舗装された道路に散らばる亡くなった人達

公園で希望をなくして、大切な人を亡くして塞ぎこむ人達

スーパーの中でみかけた母の血濡れた衣服


私は初めから母さんが死んでいたことを知っていた


近晴は何も言わない

顔を伝う涙が音もなく流れ、血生臭い風がそれをひんやりと冷たくした


しばらく私は動けなかった

涙は次第に止まり、震えも収まった

しかし周囲の亡骸や死への恐怖が私を縛り付ける


「もし飴雪が望むなら、俺は君を強くする」


彼はぽつりとそう言った

表情は読めない

ただ、近晴は私の為に言っている

それだけは分かった

分かったから私は頷く

『お願い、します』

彼が無表情なのはきっと迷っているから


私は彼と修羅の道へ進む

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