表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/35

二十九話 隔たり

29

慌てて飛び出した私達の目に映ったのは、応戦するオハギと猫、後方から援護射撃しているユベシだった

その相手を呆然と見る


縄のように太いくすんだ鈍色の体毛


黄ばんだ爪と牙


獰猛な獣の頭が一つの身体に三つ


地獄の番犬、ケルベロス


その姿は動物がただ大きくなった今までのそれとは全く違う

全身が総毛立つ

握りしめていた短剣がいつのまにか手から滑り落ち、濡れた大地に刺さる

「くそっ こんな規格外なんて聞いてねーぞ」

コガネが大剣を抱えて走り出す

「オキナ、矢をありったけ用意してくれ」

コナシは鋭い目でケルベロスを睨みながらそれに続いた

「オハギ、中衛に下がれっ 前は俺とコガネで行くっ」

短槍を構えたアオの指示に、苦戦していたオハギはほっとした表情で追い付いたコガネと入れ替わる


私はそれを見ながらただ立っていた


二階建ての家ほどもあるケルベロスは爪で地面を抉りながらコガネを薙ぎ払う

吹き飛ばされたコガネは二転三転しながらようやく止まり、動かない

すぐに全身を黒い砂が覆った

直後、起き上がりまた走っていく

アオは軸となっていた前足を地面に縫い付けるように槍を使い、猫とオハギはその身体を駆け上がっていく

コナシの矢は一つの目を集中的に狙い、ユベシの風魔法は鋭く鼻っ柱を抉っていく

しかしその全ては密集する体毛に阻まれ、眼球でさえ矢が通らないほど硬い


劣勢


その言葉が痛いほど解る

私も行かなければ

そう思うのに凍り付いた足は動かない

皆が怪我をして戦っているのに

そう思うのに怯えた心は固まったまま

『いや……』

気づけば、そう口に出していた

『怖い、怖いよ』

魔物カエルと戦ったときも、銀狼と戦ったときもこんな恐怖は無かった

けれど私はこの感情を知っている

縮こまった手が冷たい氷に触れる

それは最初の恐怖

死ぬかもしれないという予感


コナシの矢が残り一本になる

ユベシの息は上がり、足がふらついている

アオの短槍は折れ、片手剣だけでなんとか渡り合っている

猫は耳に噛みつき、オハギは強化された肉体で踵落としを繰り出したが勢いよく振り落とされてしまった

地面を抉りながら吹き飛んだ猫の姿は見えず、オハギは濃い霧に包まれたまま沈黙した

コガネは爪に身体を切り裂かれ、内蔵が飛び出し、次の瞬間には無傷になり、また殴られる

私はまだ動かない

コナシは弓を背負って蛮刀で戦いに行った

私の視界を小さな頭が掠めた


「コナシッ 矢を持ってきたよっ」


叫んだのは大きな矢を大量に抱えたオキナだ

その声にコナシが振り向いた

振り向いてしまった

切りかかったコガネが振り上げられた爪に弾かれ、体勢を崩す

そのままの勢いで降りてきた爪はコナシの細身な身体を木葉のように吹き飛ばした


「…っ兄さん!!」


オキナの絶叫は悲痛で、しかしコナシは応えない

彼女は矢を放り出し駆け出した

しかしそれは数歩で止まることとなる

跳ねたケルベロスは軽々と数十メートル離れていたオキナの前に立ち塞がる

三対の淀んだ瞳がオキナを捉えた

「あっ………あぁ………」

膝が笑い、その小さな背中は震えている

ケルベロスの口は開かれ、凶悪な牙が空気に曝される

コガネもアオも間に合わない


「加奈ぁあああっ」


コナシは鮮血を撒き散らしながら、最後の矢を放った

狩りを邪魔されたケルベロスはその標的を変える

矢は避けられることなくただ体毛に防がれ、俊足で迫った牙にコナシはその頭を食い千切られた

首のない身体はその場に倒れ吐き出された頭は近くに転がる

「優兄?」

一歩、よろめくように進む

「ゆう、すけ…?」

また一歩、前へ進む

「こたえて!ゆうすけっ!!」

もう一歩と同時にオキナはケルベロスの巨大な前足の下敷きになった


ひび割れた地面の上に俯せで倒れる彼女は、黒い砂に包まれない

本能で分かった

オキナは死んだのだ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ