二十五話 呪いのように
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ざっくりと抉られた脇腹から血がとめどなく溢れだす
黒い霧がその傷口を覆っているが回復は遅い
しかしユベシは目を覚ましていた
その顔は苦悶に歪み、冷や汗が滝のように流れている
「ユベシィ 意識は戻ったね」
オキナはユベシの頬に手を添えながら落ち着いた口調で声をかける
ユベシは少しだけ目を細めそれに応える
『私の、私のせいで 早く救急車をっ』
コナシが抱え、とりあえず建物の中へ避難した
私は苦しむユベシの横で傷口を直接抑え止血を試みる
オキナとコナシはただ静かに見守るだけだ
それにどうしようもない苛立ちと焦りを覚える
「救急車なんて、それどういうジョーク?アメっち、少し落ち着いて」
オキナは困ったように私を宥めようとする
私にはそれが理解できない
『っ確かに病院なんて機能してないけど こんな大怪我、早く拠点とかで治療しないと手遅れに』
少しだけ血の勢いが弱くなってきた
けれどユベシの周りには血溜まりができている
「ないよ」
オキナは一言だけ私に答えた
『え、』
何がないというのだろう
「治療なんてできないよ 拠点まで距離がありすぎるし魔物だっているのに、そんな中怪我人を連れていけない」
だからって見捨てると言うのか
ユベシの顔は血を失いすぎて青白い
彼女は私を助けてくれたのに
「例え拠点に行っても私達は見守るしかできないよ 私達の身体、どうなったか忘れたの? ツクヨミの魔物はこちらの武器では殺せない、つまりツクヨミの力を取り込んだ私達の身体をどうにかできる医療装置なんてないんだよ 針とかメスとか、全部折れちゃうよ」
淡々と、オキナは説明してくれた
じゃあ私はユベシが生死をさ迷うのをただ見ていることしかできないのだろうか
少し恥ずかしがりやで、正義感溢れる優しいこの子が死に行くのを?
『魔法 そうだ、魔法は!? 治療するような魔法とか、スキルとか』
何もないところから火や水が生み出せるのだ
それこそゲームのように治療魔法があってもおかしくはない
「馬鹿じゃ、ないの… 私達は、食らった魔法しか、使えないのよ どんなヤツが敵に回復魔法かけるのよ」
酷く掠れた弱々しい声が私を叱る
血は止まったがいまだ傷は塞がっていない
それでもユベシは私に向かって声を出した
けれど近晴は言っていたはずだ
『魔物をたくさん殺せば内蔵が破裂しても死なないくらい、強くなるんでしょ? だったらなんでこんなにっ』
なんでこんなにユベシは痛そうに、辛そうにしているのか
近晴は嘘を吐いたのだろうか
「ユベシはBランクだ コガネやアオみたいなAランクほど力への適合がない だからユベシや俺、オキナは内蔵が破裂するどころか大きな傷を負うことで死ぬ 多少普通の人間より持ちこたえる程度だ」
コナシの言葉が止めを刺すように建物に響いた
「ちょっと、コナシッ そんな言い方したらアメっちが」
オキナが小声でコナシを諌める
しかし事実なのだろう
でも簡単にはいそうですかと受け入れるわけにはいかない
私より年下の女の子で、あの日震えていた温かい背中を、失いたくない
「いや、オキナ はっきりさせるべきだ こいつは分かっていない 今俺達がどれだけ死の近くにいるか」
死の近く
私は望んで死の近くに来た
死なないために死の側にいることにした
けれど仲間の死が見たかった訳じゃない、違う
「いいか、アメ 敵の死だけを見ることなんてできない ここは、この世界はもう戦場になった 強い奴は多くの死を見る 魔物だろうが仲間だろうが」
コナシは私の目を見た
心まで見透かした
言葉が重く、身体に沈んでいく
もう誰も失いたくはないのに、ここは大切な人が傷ついてしまう場所なのだ
例えどれだけ私が強くなって死ななくなっても、大切な人は弱いままだ
私が守らなくてはいけない
死を与えながら死から逃げねばならない
私だけじゃない、他人も守らなければ死の恐怖から逃れられない
私が、やらなくては
それから数時間、徐々に徐々にユベシは回復していった
日は落ち始め、ユベシはまだ少し顔色が悪かったが帰路を急いだ
暗くなれば同士討ちの危険もあるため、戦闘が困難になる
行きと同じく先頭を歩くコナシ、オキナに支えられながら歩くユベシ
私は彼女らの背中を見ながら、ただひたすらに守ると誓った




