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十九話 手にいれたもの

19

ふわりと地面に影が映る

反射的に見上げたそこには牙を剥き出して襲いかかる犬型の魔物

その獣じみた顔は猫と似ているがその瞳に知性はない

落ちてくる勢いに流され私は地面へ仰向けに倒れる

手に持った凶器は空へその切っ先を向けた

自分の重みで深々と喉に短剣が刺さり、魔物は霧散した

思考は静かに状況を掴む

直後、左に転がり鋭い爪を避ける

レンガの地面はごっそり抉れた

先程より大きな熊サイズの魔物犬だ

手で地面を押し上げ身体を起こす

同時にバックステップで追撃を逃れる

左から飛びかかってきた中型魔物犬の眉間に短剣を押し込み、迫っていた大型魔物犬の爪と肉球を抉るように切り裂く

息をつく暇もない戦闘

けれどこれが私の屈強な命となる

コガネが怯んでいた大型魔物犬の首を切り落とす間に次の魔物犬を切りつける

視界の端で、魔物達を闇魔法が足止めしたり猫が遊撃したり激しいやりとりがちらつく

アオは槍と剣で、コガネは大きめの剣、コナシは蛮刀で戦っている

二人は一撃で、コナシは攻撃の方向が解るかのように避けながら敵を殺していく

敵は多いが着実に勢いは失っている

アスレチックゾーンはもう目の前だった


「ここからは小回りの効くユベシとオハギが先行 コナシは安全圏から攻撃っ」

魔物の口へアオの槍が吸い込まれ、その動きが止まる

虚しく空を掻く爪はアオへ届かない

槍は無造作に捻られ、魔物の内側を破壊した

周囲の敵は掃討した

視界の先で幾つもの遠吠えが重なる


木でできたゲートの向こうは蔦の絡まる緑のトンネル

ちらほらと煌めくのは宝石を彷彿とさせる装飾だ

猫が先頭を行き、末尾はアオが歩く

薄暗いそこを抜けると、様々な障害の先に城がみえる

城の屋根にはドラゴンの飾り

それはまるで突然異世界に迷いこんだようなファンタジックな光景だ

しかしその景色もこちらを見つめる殺気を帯びた無数の視線が現実に引き戻す

最初の障害は所々に鏡が仕込まれた迷路だ

トンネルの屋根に登ったコナシが道順を示す為、迷う心配はない

ヒントとして建てられた石像には魔物犬が群がっている

避けては通れない

私は改めて短剣をしっかり握る

使い古された持ち手の布はしっかりと手のひらに食い込み、いい滑り止めとなっていた


刹那、魔物が霧散する


進路を指差す兎の石像には一本の矢が刺さっている

周囲の魔物がざわめいた

すぐにそれらも空を切る音と共に黒い砂となる

コナシだ

そういえば彼は弓の使い手だったか

ユベシ達は当然のように道を進む

私は遅れないようについていった

大した戦闘もなく、城を模した展望台の麓へと辿り着いた

大きな観覧車くらいの高さのあるそれは、魔物の巣窟と成り果てまさに魔王城然としていた

「チーム六月っ 無事かっ!?」

アオが上へ向けて叫ぶ

蔦の絡まったアンティークな手すりから男が顔を覗かせた

「チーム一月だなっ 救援感謝するっ こちらは無事だっ」

どうやら六月のリーダー格のようだ

多少の疲れは見えるが元気そうだ

その様子を見てユベシはあからさまにほっとしていた

ツンデレのくせに心配性なのだ

しかしまだ気は抜けない

展望台の中程にはこれまで倒したのと同じくらいの魔物がうろついている

転落防止用の柵やネットに阻まれ、今はまだ襲ってこない

展望部へ続く大きな滑り台のおかげで上は当分安全なようだ

「さて、それじゃ皆でアスレチックでも楽しみましょうかって猫が言ってる」

先頭に立つオハギは不敵な笑みを浮かべた


通路は狭く、そこかしこにギミックが仕掛けられている

私達は各々好きな道を選ぶことになった

オハギは猫と共に軽々と垂直な壁を駆け上がっていった

いくら丸太を重ね、凹凸があるとはいえ人間業ではない

「俺達はあそこまで身軽じゃないからな、そっちの網から上がるか」

呆然と翻るドレスの裾を見ていたら、コガネが私の肩を叩いた

アオ達はそれぞれ紐をよじ登ったり鉄のアーチを潜り抜けたり、上へと向かっている

比較的下の方にいた魔物はコナシの手によって殺されている

私はコガネの後について斜めにはられた網を登った


足場の悪いそこをなんとか上がるとすでに数階上で戦闘が始まっているようだった

唸り声や金属音が響いている

随分遅れをとってしまったようだ

やけに足音が響く木の道を駆け抜け、吊り橋も速度を落とさず進む

ちらほらと最初に見た首輪が散らばっていた

魔物犬からドロップしたのだろう

つまづかないように先を急ぐ

外に面した壁は木の格子でできており、進むほど戦闘の痕跡が目立ち始めた

ある程度の高さがでてきた今、コナシの援護は意味をなさない

所々に妖精や動物の描かれた柱を中心にぐるぐるとドッグランのようなコースをひた走る

「悪いっ 一体抜けたっ」

その声と同時に前を行くコガネが中型魔物犬と衝突する

剥き出された牙は咄嗟に出された腕に弾かれる

腰から抜いた勢いのまま剣は魔物を斬りつけた

私は隙を見てその横を駆け抜ける

その先ではアオが戦っていた

先程の声はアオのものだったようだ

槍を背負ったまま剣のみで渡り合っているようだ

少し進むとバルコニーのように空間が広がっていた

「迅風」

複数の魔物に囲まれたユベシが風魔法を発動する

手から巻き起こったそれはユベシを包み、無数の刃となって全方位へ斬りつける

オハギは大型魔物犬の攻撃をひらりひらりと俊敏にかわしながらその隙をついて猫が攻撃し、注意がそれたところを尖ったヒールで蹴り飛ばしていた

素早いその動きは魔物を翻弄し、猫とのチームワークで難なく倒していく

しかし魔物は尽きることなく現れる

それは駅での戦闘を思い出される

ここにも群れのボスがいるのだろうか

ならばそれを殺すまでずっとここで足止めを食うだろう

オハギの横も抜け、さらにその先へと走り抜ける

横から入る日差しが眩しい

一段一段の高さが違う階段を転びそうになりながら駆け上がり、最上階へと飛び出した

円形のそこは中央にあった太い柱もなくなり、広かった

代わりに端の方に等間隔で細い柱が建ち並び、ドーナツ型の天井はそのまま展望部となっている

正面の奥には大きく急な滑り台

ほとんど垂直なそれは無数の爪痕が刻まれ、魔物達の足掻きが見える

私は立ち止まった

立ち止まらざるを得なかった

広いはずのそこは隙間なく魔物犬達が詰め寄せ、こちらを睨み付けている

私との距離は最短で一メートルほどしかない

そのなかでも異様な大きさを誇る白銀の魔物犬

滑り台の中程にその前肢をかけ爪を食い込ませていたが、ゆっくりと四肢を地面につけ私を振り返る


「何故お前達は我が同胞を殺す」


突然頭に直接響いた重厚な音は、紛れもなく白銀の魔物が発したそれだった

三角の耳は空を突き刺し、全身の毛は逆立てられる

言葉を解す魔物

少なからず驚いた

彼等は意志のない存在だとどこかで確信していた

しかし、違ったのだ

猛禽類が鎧を纏っていたように、魔物犬が首輪を落としたように、彼等は異世界でそれぞれの生活を営んでいたのだ

そして突然、こちらへと召喚された

『あなたたち、話せたのね けれどその答えは簡単だわ』

私は声を出しながら一歩前へ進み、届く範囲の魔物犬を斬り殺した


『私達は、いいえ、私は 死にたくないから殺すのよ』


白銀の魔物犬の淀んだ眼が鋭く私を睨んだ

同時に私を囲む全ての魔物達が一斉に飛びかかってきた

ーーオキナは言っていた

私は身体を一瞬沈ませ、一匹の魔物の腹に短剣を突き刺し、その身体で横からの攻撃を防ぐ

ーー誰も後戻りはできない、と

手当たり次第、近づくものを全て切りつける

手応えは軽い

屈んで避けて短剣で抉りながら蹴りをいれる

鋭利な爪が身体を掠める

尖った歯は足に噛み付く

しかしそのどれもオキナの造ったジャージは貫けなかった

知らず、私の口に笑みが浮かぶ

ーーけれど私は初め被害者だった

周囲が濃い黒い砂で覆われていく

何度剣を振っただろうか

何度命を奪っただろうか

何度殺そうと、私は止まらない


『私は死なない為に加害者になるんだっ』


最後の一体を私は殺した

残るは白銀の長

彼は、もしくは彼女は目を細める

ぎりぎりと床に爪が食い込む

唸り声は増し、牙は露になり、毛は針の筵のように宙を刺す

魔物はなにも言わない

きっと私の言葉の意味が解ったから

ああ、やっぱり

私は彼等と同じモノになってしまったのだ

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