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二話 行けどもいけども

返り血は浴びなかった

傷口からは黒いもやが溶けだし、ゴブリンの死体はさらさらと粉になって消えた

残ったのは薄汚れた腰布と包丁だけ

それを変に冷静な思考で認識し、徐々に脳内の大音量も収まっていく

『私はこんなに野蛮だったのかな』

ぽつりと呟いた言葉が響き、辺りが嫌に静かなことに気がついた

テレビの画面が暗い

部屋の電気も消えていた

いったい、今何が起きているんだろう

買い物に出ていた母は無事だろうか

私は握りしめていたバターナイフをゴミ箱に捨て、包丁を拾い上げた

少し刃こぼれしているが、まだ殺傷能力はありそうだ

いつものようにジャージの上からパーカーを羽織り玄関へ向かう

恐怖は脳内の音と共に消えていた


外は酷い有り様だった

至るところで火事が起こっている

家の近所ではないからそうそう燃え移ることはないだろうがゆっくりはしていられない

人の姿は見かけなかった

スーパーは少し遠い

住宅地を歩きながら、状況を整理する

恐らくここ以外でもゴブリンやガイコツのようなナニカが発生したのだろう

家からだいぶ離れたがまだナニカには出逢わない

きっと現れたのは家のなかが多かったか、人間を求めて家の中へ侵入したか

とりあえず絶対に気は抜けない

包丁のがさがさした木の柄を握りしめ、歯を食い縛る


ゴブリンの頭蓋骨は柔らかかった

スイカかカボチャに思い切りナイフを突き刺したような感覚

抵抗はあまりなかった

私はこんなに野蛮だっただろうか

そんな考えが何度も何度も頭を過る

まだなにもしていない生物を私は殺した

欠片も罪悪感が沸かないことが空恐ろしい

いや、答えは解っている

私はアレを生物と認識しなかったのだ


「た、たすけ………て………」


弱々しい声が聞こえた

反射的にそちらを振り向く

駐車場の真ん中、一人の女の人がうつぶせで倒れていた

背中には先程より残忍な目付きをしたゴブリンが乗っている

手には出刃包丁

周りには仲間のゴブリン

女の人はこちらへ手を伸ばしている

気を付けた瞬間から物思いに耽ってしまった

後悔が胸を過る

ゴブリン達の視線がこちらへ向く

その瞬間、跨がったゴブリンは笑った

出刃包丁を振り上げ、振り下ろす

それはとても長い時間だった

女性の背中に刃先が食い込み、そのまま柄のところまで吸い込まれる

そして一息に抜き、その勢いのまま振り下ろす

何度も、何度も

血がいっぱい出た

ゴブリンは赤くなっていった

アスファルトの地面も赤くなっていった

女の人は動かなくなった

目は見開かれ、宙にある手は届かないはずの私の心臓を握りつぶす

『あ………』

零れでた音は意味を持たず、また脳内に大きな音が鳴り始める


私はその場から走って逃げ出した


母がいるはずのスーパーに向かって、なにも考えずに

息が切れるのも分からない

自分の足が動いていることも分からない

ただ、あの光景から、女の人から逃げ出した

しばらく走ってようやく目的地へ着いた

肩で息をしてもまだ酸素が足りない気がする

私は過呼吸気味に息をしながらスーパーの中へ入った

そこは外よりも混沌としていた

ゴブリンや、そうでないナニカがたくさん店のなかを荒らしている

棚の影から床の上に人間の足が見えた

白いはずの床はまだらに赤くなっていた

白と赤と周囲を包む異臭が脳を浸食していく

私を遠巻きから見つめるたくさんの視線を感じる

けれどもう気にならなかった

母は無事だろうか

それだけが心配だった


ふらふらと店内を探す

途中ブタとイヌを足して割ったような醜い動物に襲われた

ゴブリンの包丁は思ったより使いやすく、私は人生で一番素早く動き回り、鼻を切りつけ目をえぐり喉に蹴りを入れて脳天を突き刺した

周囲の人間は赤いのにナニカは黒い砂になり跡形もなく消えてしまう

結果として母はいなかった

棚の影にも、床にも、店のどこにも

私と話してくれる人間はここにはいなかった

もしかしたらどこかへ逃げたのかもしれない

私は街の中心部へ行くことにした


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