十三話 捨てたもの
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それから食事を済ませ全チーム共有の風呂に入り、私達は眠りにつこうとしていた
私はユベシのスペースで一緒に眠ることになったが、少し気まずい
オハギは猫がいるため入れず、オキナにはさらりとかわされた
「しょうがないわね 全く迷惑なんだから」
ユベシはそんなことを言いつつ、しっかり私にも布団と枕を半分使わせてくれている
暗いテントのなかでお互いの背中が触れる
オハギは猫と共に酒を呑みに行き、オキナは他の開発担当と話しに行っている
寝るにはまだ、少しだけ早い時間だ
「ねえ、あんたはどうして逃げなかったの」
静寂を破り、ユベシがぽつりと聞いてきた
話しかけられたことが意外だった
言葉の意味を考える
『死にたくなかったから、かな』
近晴に強くなるかと聞かれたことを思い出した
「だったらなおさら他県へ避難すれば良かったじゃない」
言われて、もっともだと感じた
『どうして、そんなこと聞くの?』
質問に質問で返す
ユベシが動揺したことが温かい背中越しに伝わった
「私達はGulliverの人間よ 組織の尻拭いは当然の義務だわ でも貴女は違う この戦いから逃げられる」
ユベシの背は震えていた
それは心臓の鼓動のように微かで、けれど確かな震動
彼女は逃げたいのだろうか
怖いのだろうか
『貴女も逃げればいい』
ふと、そんなことを口にしていた
「駄目よっ 私達が、私が逃げたら誰が市民を守るの 私はGulliverの、チーム一月のユベシ、一般人じゃないの」
離れた背中が冷えた外気に晒される
勢いよく起き上がった彼女は、しかしすぐに静寂に飲まれるように静かに言った
それはきっと自分への言葉
ユベシとしての、誇り高き彼女の言葉
何かに怯える名前を捨てた少女の背中は、彼女が眠るまで静かに震え続けた
やがて聞こえ始めた穏やかな寝息に耳を傾け、私は考える
ここの人達はきっと私のように魔物と同じモノに成った訳ではない
私のように変わりたくて変わった訳ではないのだと
ユベシに借りた寝間着からそっとネックレスを取り出す
それは包丁の欠片
風呂でお湯に浸けても溶けなかった氷は、不思議な冷たさを持っている
蔦でできた紐は私から体力を奪い、欠片を守る
それを抱き締めるように両手で包み、私は目を閉じた
瞼の裏に、眉間にバターナイフが刺さったゴブリンの淀んだ瞳が映る
野蛮なゴブリンに殺された女性の虚ろな目が映る
私に強さを与えた近晴の迷いを湛えた目が映る
この包丁がある限り、私はその重みを忘れない
私は目を開き、そっと居住テントを抜け出した




