悲しい思い出が咲いた(私が見た夢8)
こんな夢を見た。
私は一人の男だった。
私はこの世とも思えない美しい世界にいた。
世界は赤い曼珠紗華で満たされている。
とても美しい世界だった。
「トーイ」
優しい声が聞こえる。
振り返ると愛しい人が笑っていた。
私は彼女に向かって両手を広げた。
彼女は嬉しそうに笑い、抱きついてきた。
そうして私は彼女を優しく抱きしめる。
幸せだった。
二人なら、どこまでも行けると思った。
例えこの美しい世界から追放されたとしても。
二人一緒なら、どこまでも落ちてゆける。
だから。
禁忌を犯した。
私達は愛し合った。
それはこの美しい世界では禁忌だった。
この天上の世界では。
愛すること。
悲しむこと。
怒ること。
憎むこと。
あらゆる感情が禁止された。
それらの感情は必要の無いものだ。
我々は何かを作り出すことを禁止されていた。
曼珠紗華に埋もれて抱き合った。
見下ろす彼女は嬉しそうに笑っていた。
いつか、この事実は知られて、追放されることになるのだろう。
「それでも構わないわ」
終わりを知っている、覚悟を決めた彼女の顔は美しかった。
この美しい曼珠紗華の咲き乱れる世界で、私達は満たされて生きた。
仲間の一人であるサラが私達の変化に気づいた。
そっと様子を窺う。
「二人は禁忌を犯したの?」
その問いに私は静かに目を閉じ頷いた。
いつか聞かれることが分かっていた。
「そう。残念ね」
サラは少し悲しそうな顔をした。
「後悔はしていない」
前を見据えて私ははっきりと告げた。
そう、後悔などしていない。
未練もない。
この世界に住めなくても良い。
それ程アツキが大事だった。
愛していた。
アツキが何を誤解したのか、知らない。
次の日、私たちの秘密を知ったサラが死んだ。
殺されたのだ、アツキに。
そうして私達の罪はさらに重くなった。
愛すること、憎むこと。
二重の罪を犯した。
「トーイに触れるからよ」
アツキはそう言った。
だから殺したのだ、と。
「あなたは私だけのものよ。
他の誰にも触れさせないわ」
そう言って強く抱きついてきた。
「分かっているよ。アツキ」
私は優しくアツキの髪を撫でた。
もう誰にも私たちを止めることは出来なかった。
そうして私達は天上の楽園を追われた。
目覚めると一人だった。
「アツキ」
目を閉じて愛しい人の名前を呼ぶ。
そうすると微笑んだ彼女の顔が浮かんでくる。
狂おしく愛してくれた女。
狂おしく愛した女。
天上を追われた私達は、この地上で離れ離れとなった。
今、アツキがどこにいるのか、私は知らない。
「トーイ」
柔らかく名前を呼ぶ声を思い出す。
柔らかな白い肌を思い出す。
だからいつか出逢えると信じて。
私はその時を待っている。