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ロゥグ・オブ・セイント2  作者: RYO太郎
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第一章  争乱の王国 その①

 

 

 大粒の雨が、液状のカーテンとなって視界を閉ざしていた。


 ときおり風が旋回して雨水のカーテンを揺らすと、雨滴(うてき)が荷車の(ほろ)を叩いて不協和音だらけの曲をかなでた。

 

 晴れてさえいれば空は無限に青く、陽光をうけた雲は黄金のかけらとなって散らばり、宝石より美しい自然を見せてくれる。

 

 ジェノン王国の北部、ライエン地方の初夏の光景である。


 ジェノン王国は教圏南方帯に位置する国のひとつで、エルド沿岸七諸国に属する一国だ。


 エルド沿岸七諸国とは、その名がしめすとおりエルド海という名の内海に国土を接する、七つの国々の総称である。

 

 内海といっても、実際は海ではなく四方を陸に囲まれた湖なのだが、その規模は南北に二十フォートメイル(三十キロメートル)、東西に六十フォートメイル(六十キロメートル)にも達するほど広大なもので、湖水はわずかではあるが塩分を含み、また潮の干満もあるため、内海沿岸部に住む人々にとっては本物の海となんらかわらない。


 初夏のこの時期。そのエルド海から湿った空気が、湖上で発生する遍南風(へんなんふう)にのって流れてくるため、内海に面した国土の北部ライエン地方は雨が降りやすくなるのだ。


 その沿岸部から五フォートメイルほど内陸に寄ったライエン地方の中部域には、沿岸部と内陸部の境界線ともいうべき複数の山々が連なる山岳帯がある。


 その山間の一角。


 高低差のある人煙まれな山道を、二頭立ての荷馬車(キヤリツク)がたけだけしい馬蹄をあげて疾駆していた。まもなく正午を迎える時分のことである。


 昨夜まで雲ひとつない澄んだ月空が広がっていたのに、今朝になって急激に雨雲の大群が押しよせてきて、昼前には冷雨の中に完全に閉じこめられていた。


 まあ、もうひと山を越えれば、この悪天候も回復するだろう。


 馭者(ぎよしや)の男はそんなことを考えながら二頭だての馬車を駆り、冷雨の降りそそぐ山道を市街地に向かって走っていた。

 

 男の名をヘルトという。ライエン出身の商人で、その地で酒場を兼ねた宿屋を経営していた。

 

 この日も内海沿岸の港町まで足を運び、そこで宿で使用する食材などを調達して今はその帰路にあったのだが、その途上、ヘルトはおもわぬ災難に遭遇してしまった。

 

 あとひと山越えればライエンの市街地が視界に入ってくるというところで、彼は十人前後で徒党を組んだ山賊の襲撃をうけ、金銭や仕入れてきた食料ばかりか、生命まで奪われそうになったのだ。

 

 そんなヘルトが荷物も金銭も生命も奪われずに今も山道を馬車で駆けていられるのは、一見、ビール樽のような肥満体の所有者にもかかわらず、実は武術の達人で山賊たちを一人で叩きのめしたとか、突然、山賊たちが悪業を悔いあらため、なにも取らずに立ち去ったとか、そういう理由ではない。

 

 冷酷無慈悲を絵に描いた山賊たちが、生命と金品を同時に奪うべくヘルトに襲いかかろうとした、まさにそのとき。偶然にもその山道を通りかかった二人の若い男女が、新たな獲物を見つめてほくそ笑む山賊たちをあっという間に蹴散らしてヘルトを窮地から救ったのだ。

 

 正確には若い男のほうが一人でだが。


 とくに屈強とも勇猛とも見えない十代とおぼしき少年が一人で、しかも素手で武装した山賊たちを軽々と投げとばし、蹴りとばし、ほうほうの態で退散させたことにヘルトは驚愕せずにはいられなかったが、とにかく生命を助けられたことは事実なので、ヘルトは謝意を口にすると二人を荷馬車に乗せ、ふたたびライエンへの帰路を走りだした。


 少年の名前をキリコ、少女の名前をシェリルといい、ともに聖都ファティマをめざしている身の上であることをヘルトが知ったのは、峠を越えて山道を下り、ライエン市街地へと続く平坦な牧草道に出たときのことである。


「へえ、教皇領(ファティマ)への巡礼者なのか。二人ともまだ若いのに、敬虔(けいけん)深くてえらいな」


 事情を知り、ヘルトは感心したように言った。


 実際のところ、二人の旅の目的はヘルトが考えているものとは違うのだが、事情をくわしく説明するわけにはいかず、またファティマに向かっていることは事実だったので、キリコとシェリルは無言でうなずいたものである。


 ――あの日。


 ジェラード侯爵邸での惨劇の後、バスク国教会のルシオン大司教のもとに身を寄せたキリコとシェリルは、すぐにファティマに旅立つことはなく、その日から五日間は国内に留まっていた。

 

 侯爵邸での事件の詳細をルシオン大司教に説明し、教皇庁への報告書を作成してもらうのがその理由であるが、留まっていた理由はもうひとつある。王宮の警護をするためだ。

 

 キリコとの戦いで深手を負ったカルマンが、昨日の今日で国王ハルシャ三世の生命を狙いにくるとは考えにくかったものの、万が一の事態を憂慮したルシオン大司教の要請で、護衛の聖武僧が派遣されてくるまでの間、王宮内に拠って国王の身辺警護をしていたのである。


 シェリルとともに王宮内に拠ること五日。その間、カルマンによる襲撃の気配もなく、また護衛の聖武装が派遣されてきたこともあって、キリコはルシオン大司教に別れを告げると、シェリルとともに聖都ファティマを目指して旅立ったのである。


 その途上、二人がライエンに足を運んだのは、エルド海の渡海船に乗るためだった。


 広大な内海を陸路沿いに迂回するよりも、旅船で内海を渡ったほうがはるかに時間を短縮できるからだ。


 沿岸国であるジェノンにはいくつかの港町があり、ライエンもそのひとつで渡海船はむろん出ているが、二人が選んだのはジェノン王国の国都ガルシャ発の旅船だった。便数の多さがその理由である。


 そのためキリコとシェリルは、ライエン経由でガルシャに向かおうとしていたのだが、そのことを知ったヘルトが別のプランを二人に勧めてきた。


「内海を渡るのならガルシャではなく、ライエン発の旅船を使ったほうがいいよ。たしかに向こうのほうが便数もずっと多くて便利なのは便利だが、今の国都は物騒だからな。異国人(よそもの)は近づかないほうが無難だよ」


 ジェノン王国の国都ガルシャはライエンと同じ内海に面した沿岸部の都市で、ライエンからは馬車で東に二日ほど走った距離にある。


 港の数、発着便の数、船舶の種類、航海路など、あらゆる面でガルシャ発着の旅船のほうが利便性は高いとヘルトは言う。


 にもかかわらずライエン発の船を進めるのには、むろん理由がある。


「悪いことは言わん。今は国都には近づかんほうがいい。下手をすれば国軍の連中に反乱軍の一味だと疑われて投獄されるのがオチだ」

 

 二人に自家製という葡萄酒(ワイン)をすすめて、ヘルトはくわしい事情を話した。

 

 現在のジェノン国内は、三年前に勃発した内戦の余波が今もなお国内各地でくすぶりつづけ、きわめて不穏な情勢下にあるとヘルトは言う。


 その発端となったのは、リンチ伯爵という一人の諸侯によってひきおこされた武力革命(クーデター)だという。

 

 私兵と傭兵あわせて三万の兵を動員し、突如として反乱の兵をあげたリンチ伯爵は、鎮圧のために派遣されてきた国軍との戦いにことごとく勝利し、わずか一ヶ月あまりで国都ガルシャを含む国土のほぼ全域を制圧。


 さらに国都ガルシャでの攻防戦において、国王イスファン三世をはじめとする王族は炎上する王宮と運命をともにし、二百年の歴史をほこるジェノン王家は滅びてしまったという。

 

 武力革命(クーデター)を成功させ、名実ともにジェノン最大の権力者となりおおせたリンチ伯爵はその後、ジェノン国王リンチ一世として即位したのだが、リンチ王にとって誤算だったのは先の戦いで王族ともども壊滅させたと思っていた反リンチ派の勢力が、ジェノン国内にいまだ余喘(よぜん)を保っていたことだった。

 

 彼らは水面下で連絡をとりあい、集結し、そして行動に出た。

 

 フランシス・ド・リドウェル侯爵という、まだ二十代半ばの青年貴族を指導者とする抵抗勢力(レジスタンス)「ジェノン義勇軍」を組織し、リンチ王権打倒のための戦いを開始したのだ。

 

 これを機にジェノン国内は内戦状態となり、それは三年が過ぎた現在も両陣営の抗争がおさまる気配はまったくなかった。


「もっとも、それも去年までの話でね。今年に入ってからというもの、義勇軍は各地で敗走につぐ敗走を繰り返しているらしいよ」


 一時は国内の反リンチ派の勢力を結集し、神出鬼没の奇襲(ゲリラ)戦法を繰り返すなどして国軍をほんろうしていた義勇軍であったが、ヘルトいわく、現在では劣勢に立たされているという。


「リンチ王にはガウエル将軍という側近がいるんだが、この将軍というのが相当な切れ者らしくてね。対義勇軍の軍事作戦にはこれまでほとんど関与していなかったんだが、今年になってから将軍自ら指揮をとるようになったらしい。まっ、それだけ国王も、義勇軍には手を焼いていたのだろうがね」


 先の内戦においても、兵力で劣っていたリンチ軍が、圧倒的兵力をほこる国軍を相手に勝利できたのも、このガウエルという将軍の存在が大きいとヘルトは言う。

 

 頭から足の先まで全身を黒色の鋼鉄の甲冑(メタルスーツ)につつみこみ、長さと厚み、いずれも通常の剣の倍以上もある大剣を小枝のようにふるう勇猛な騎士で、かの内戦においては戦場で千人とも二千人ともいわれる国軍兵を、ただ一人で斬殺せしめたとも伝わっている。

 

 およそ武勇伝にありがちな「尾ひれ」が多少はあるにしても、人間離れした勇猛さは事実らしく、義勇軍の兵士はこの将軍の名を聞いただけで、畏怖のあまり戦意を失うとまで言われている。


 この将軍が掃討作戦に乗りだしてきた以降、義勇軍が敗走を繰り返していることがその証拠だとヘルトは見ている。


「人間離れした、ね……」


 あご先を指でつまみながら一人つぶやくと、キリコは横に視線をやった。


 そこには慣れない長旅に疲れたのか、それともたんに葡萄酒に酔っただけのか。シェリルが荷車の中で大の字になって寝息をたてていた。

 

 いやはや、お上品なお嬢さまですな、と、キリコは苦笑いを浮かべつつ荷車の中にあった毛布をその身体にかけてやると、ヘルトに質問を向けた。


「そのガウエルという将軍は、リンチ国王の元々からの部下だったのかな?」


「いや、聞いた話だと、もとは教圏各地を渡り歩いていた傭兵だか賞金稼ぎだったらしいよ。それがこのジェノンにやってきてリンチ王の――当時はまだ伯爵だが、とにかくその武勇をかわれて私兵団の隊長として召しかかえられたそうな。それがいまでは一国の大将軍だっていうんだからたいした出世だよな。まあ、あの内戦でリンチ王に加担した人間は、皆、大なり小なり栄達しているがね」


 その一人が、これから向かうライエンの領主であるとヘルトは言う。


 ライエン地方を統治する諸侯の名をギュスター伯爵という。


 鼻の下にナマズのような口ひげを生やした中年の貴族で、リンチ王の側近の一人として知られているが、内戦が勃発する以前までは側近でもなければ諸侯でもなく、そもそも爵位すらもたない下級貴族の一人にすぎなかった。


 それがかの内戦時にリンチ陣営に肩入れし、少なからず功績もあげた。即位したリンチ王から伯爵号とライエン領をあたえられたのは、むろん、その功績に対する恩賞である。


 どのような功績をあげたかまではヘルトにはわからなかったが、一夜にして名ばかりの下級貴族から大商都の領主へとなりおおせたギュスター伯爵に対し、「うまいことやりやがったな」という感想を抱いたのはなにも彼にかぎった話ではない。


「おっ、見えてきたよ、キリコさん。街の検問所だ」


 馬車を駆りつつヘルトが指を指ししめした先に、市街地への入り口である検問所が見えてきた。


 おりからの雨も完全にあがり、()も高くなった昼過ぎのことである。




    

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