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ロゥグ・オブ・セイント2  作者: RYO太郎
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終章  過去、現在、未来 その①

 



 人の気配もほとんど無くなった教皇庁内の廊下をシトレー大司教が歩いていたのは、黄金色の円盤と化した満月が中天にさしかかろうとしていた夜半前のことである。

 

 やがて目的の部屋にたどり着いたシトレー大司教は扉の前に立ち、軽くその表面を叩いた。

 

 わずかな間をおいて入室を許可する声が中から返ってくると、シトレー大司教は扉をゆっくりと開いて室内へと歩を進めた。


「夜分、失礼いたします、猊下」

 

 シトレー大司教が声を向けた先には、ランプの薄灯りが広がる室内で黒檀造りの机と向かいあっている一人の老司祭――グレアム枢機卿の姿があった。

 

 なにやら厚い洋紙の束を手にしつつ、硬い表情でそれに視線を落としていたグレアム枢機卿はゆっくりと顔をあげ、シトレー大司教に向き直った。


「シトレー卿か。いかがした、このような時間に?」


「はい、じつは急ぎ猊下にご相談したいことがありましてまかりこしたのですが、お忙しかったでしょうか?」


「いや、かまわぬよ。入ってくれ」


「はい、では……」


 シトレー大司教は机の前まで歩を進めると、その机上におかれた洋紙の束を見やりながら問うた。 


「何を見ておいででした?」


「うむ。じつは先月の懲戒者をまとめた内務監察局のリストが手に入ったのでな。それに目を通していたのだ」


「ほう、懲戒者の……」

 

 内務監察局は教皇庁の内部組織のひとつで、本庁勤めの人間はむろん、世界各国のダーマ神教の聖職者たちを監督・指導するセクションである。

 

 日々、各国各地の教会群を通じて当地の聖職者たちが背教行為や違法行為に手を染めていないかを監視ないし調査し、もし疑いあるときはすみやかに注意、もしくは「処断」する権限を有している。


「それで、先月の処罰対象者は何人にのぼりましたので?」


「上は大司教クラスから下は神学校を卒業したばかりの新人司祭まで、合わせて三十人だ。情けないことに本庁勤めの者も含まれておった」


「三十人……ですか」

 

 応じたシトレー大司教の声には、驚きよりもむしろ呆れた響きがあった。

 

 三十人という数は教皇庁勤めの人間だけではなく、全世界に数十万人いるダーマ神教の聖職者すべてを含めた内の数であり、それだけ見れば微少にも思えるが、シトレー大司教などにいわせれば「一人でもいるほうがおかしい」ということになる。


「教皇庁からの厳しい通達があるにもかかわらず、あいかわらず不肖者の類はなくならぬようですな」


「まったくだ。やれやれだな……」

 

 グレアム枢機卿は疲れたようにため息をつくと、リストをめくりながら語を継いだ。。


「せめてもの救いは買春に賭博、金の貸し付け行為に寄付金の横領といった軽度の違反ばかりというところか。軽度といっていいものかどうかわからぬが……」


「過去には殺人に強盗、麻薬の密売にまで手を染めていた者がおりましたからな」


「まったく、嘆かわしいな」

 

 またもや深刻すぎるため息を吐くと、グレアム枢機卿は思いだしたようにシトレー大司教に問うた。


「それでシトレー卿。私に相談とはなにかな?」


「はっ。じつはつい先刻のことなのですが、私宛てに聖キリコから急文が届いたのです」


「ほう、聖キリコから?」


「はい。かの者は現在、例のランフォード嬢とともに南方のジェノン王国に滞在しておるのですが」


「ジェノン王国……」


 ジェノン王国という固有名詞を聞くと、グレアム枢機卿の眉目が微妙な反応を見せた。


 現在、内乱状態にある同国のことは、むろんグレアム枢機卿は知っている。


 クーデターという不法な手段で王権を簒奪し、教圏国の君主であるにもかかわらず信仰心のかけらもない不信心者にして、好戦的で粗暴な為人で知られる国王の存在も然りである。

 

 教皇庁からの勧告を無視し、エルド内海の領有域をめぐって隣国と衝突を繰り返すばかりか、ダーマ教皇の認可がないにもかかわらず国王に即位したリンチ王に対しては、一度ならず「なにかしらの制裁を下すべきでは?」という声も教皇庁内では上がっているのだが、かといってリンチ王が公然とファティマに対して敵対行為や背教行為に及んでいるわけでもないので、教皇庁としてはラファーン軍を派遣して「聖裁」を下すという強硬手段まではとれずにいた。

 

 いかなる事情があろうとも教圏国に対しては「公平中立」が教皇庁の不文律であり、ジェノン王国に対しては辛抱強く勧告と説得を続けるしかないというのが現状なのだが、それを歯がゆく思っているのはなにもグレアム枢機卿一人にかぎった話ではない。 

 

 不愉快な国王の存在を脳裏からいったん切り離すと、グレアム枢機卿はあらためてシトレー大司教に問うた。


「それで、聖キリコからの急文とは?」


「これにございます。直接猊下に目を通していただきたく持参いたしました」

 

 シトレー大司教は祭服の内懐から一枚の洋紙を取りだし、それをグレアム枢機卿に手渡した。


 それはライエン管区担当のウイリバルト司教長を通じて、キリコがシトレー大司教に送った手紙であった。

 

 手渡された手紙に目を通すことしばし。グレアム枢機卿の表情がみるみる厳しく硬いものに変化したことをシトレー大司教は気づいた。

 

 事実、ややあって発せられたグレアム枢機卿の声は、その表情同様に硬いものだった。


「なるほど、《御使い》が一国の大将軍にまで登りつめていたか……」

 

 そう独語するとグレアム枢機卿はシトレー大司教に向き直り、


「もし、聖キリコの見立てが当たっていれば……」


「ええ。おそらく今頃は、そのガウエルなる者と死闘を交えていることでしょう」


「うむ……」 

 

 小さくうなずくとグレアム枢機卿は沈黙したが、それも長いことではなかった。


「しかし、事実であればこれは容易ならざることだぞ、シトレー卿」


「たしかに。なにしろ相手は一国の大将軍なれば、その対処は相当な困難をともなうことでしょう。最悪、世に明るみになることも覚悟しなければなりますまい」

 

 するとグレアム枢機卿は軽く首を振り、


「いや、私が懸念していることはそれとは異なる。相手が何者であれ、あの聡明な聖キリコであればこの一件を公然にすることなく水面下で対処してくれるであろう。その点に関して、私はいささかの懸念も抱いてはおらぬ」


「それでは……?」

 

 いぶかしむシトレー大司教に、わずかな間をおいてからグレアム枢機卿が応えた。




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