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ロゥグ・オブ・セイント2  作者: RYO太郎
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第二章  簒奪者対反逆者 その⑪

   


「もう観念しろ、リンチ。生命だけは助けてやるから降伏しろ!」


「だ、だまれ、小せがれ! 状況を見てものを言えっ!」


「この卑劣漢! 女性を人質にとって恥ずかしくないのっ!」


「やかましいわ、女狐がっ! 王女を死なせたくなければさっさと道をあけろ!」

 

 屋敷の屋上において超人同士の戦いに幕がおりた同時分。地上の一角では「常人」同士の戦いが幕を開けようとしていた。馬車庫付近を戦いの舞台としたそれは、リンチ一党とフランシスひきいる義勇軍とのものだった。

 

 馬車庫の建物を背にエリーナを人質にとったリンチたちが入り口付近にかたまり、それを三方からフランシスと麾下の義勇軍兵たちがとりかこんでいる。


 一帯に充満する人間の殺気を感じとった馬たちのいななきがひびく中、双方あわせて三十人ほどの男女が武器を手に対峙し、睨みあい、悪罵を投げつけあっているこの衝突は、なかば偶発的、なかば必然的に生じたものだった。

 

 エリーナ救出の勅命をうけて屋敷内にもどったギュスターは、軟禁されていた客間から逃げだそうとしていたエリーナを見つけ、そのまま国王の待つ馬車庫につれもどろうとした。


 ところがその途上。リンチを討つべく屋敷内に突入してきたフランシスたちと通路上で偶然にも鉢あわせとなり、あとは逃げるギュスターたちとそれを追うフランシスたちのとの追走劇がはじまった。

 

 義勇軍とのまさかの遭遇に完全に錯乱状態におちいったギュスターは、助けをもとめるべく馬車庫にむかって邸内を駆けぬけ中庭を疾走し、その結果、国王の居場所をご丁寧にもフランシスたちに教えてしまったのだ。


 突如として出現した義勇軍兵の姿に驚愕し、かつ激怒したリンチの鉄拳がギュスターの脳天に炸裂したのはいうまでもない。

 

 今宵のたびかさなる不運つづきに、リンチは目がくらむ思いであった。

 

 念願かなってフランシスの捕縛に成功したと思えば、謎の爆発と正体不明の武装集団の前に屋敷からの逃亡をよぎなくされ、無事に馬車庫までたどりついたと思えば、エリーナを連れ戻すために待機をよぎなくされ、エリーナをようやく連れ戻ってきたかと思えば、どういうわけか敵の義勇軍兵まで一緒につれてきて、脱出するどころか生命の危機にさらされる始末である。

 

 現世(このよ)に神などという代物が存在しないことをあらためて確信したリンチであったが、それでもなお絶望はしていなかった。

 

 ひとつ生つばをのみこみ、正面に対峙するフランシスを血走った目で睨みつけると、リンチは獰悪に吠えたてた。


「いいか、小せがれ。われらが馬車に乗って邸外にでるまでそこでおとなしくしていろよ。もし、すこしでも妙な動きをしたら王女の生命はないと思えっ!!」

 

 そう恫喝をとばすリンチは、自身はサーベルで義勇軍兵を牽制する一方、ギュスターがエリーナの喉もとに短剣を突きつけつつ、馬車にむかって一党はゆっくりと移動をはじめた。

 

 いかに周囲をとりかこまれているとはいえ、王女エリーナという貴重きわまりない人質を手にしている。この人質あるかぎり義勇軍兵は手も足もだせない。リンチはそう信じて疑っていなかったのだが、その考えを全力で否定する者がいた。


 ほかならぬ人質のエリーナが、リンチたちの逃走を阻止するべくフランシスに叫んだのだ。


「フランシス卿! 私などにかまわずリンチを討ち果たしてください。いまこそこの男に非道の報いをうけ……!」

 

 ふいにエリーナの声は消え、かわって悲鳴があがった。

 自身の考えを全否定されて逆上したリンチが、憤怒の態でエリーナの髪の毛をひっぱったのだ。


「だ、だまれ、小娘! よけいなことをぬかすと、ただではすまさんぞっ!」


「きさまっ、よくもエリーナさまにっ!!」

 

 フランシスの激高が憤怒と憎悪をはらんだ緊張を一帯に発生させた。

 

 ふたたび悪罵の応酬がくりかえされる中、あらためてリンチたちは馬車に乗りこもうと移動をはじめたのだが、またしてもその動きはすぐに停止した。彼らの頭上高くからなにかの物体が大気を裂きながら飛来し、ちょうどその落下地点に立っていたギュスターの頭に音をたてて炸裂したのだ。

 

 わずかな悲鳴を漏らしたあと、白目をむいて地面に倒れこんだギュスターの周囲に飛散していたのは、屋敷の外壁や屋上の床材などに使われているレンガ材の破片だった。

 

 しかし、火災が原因で建物の外壁が崩落してきたとしても、馬車庫は一番近い屋敷からも二十メイル(二十メートル)も離れた場所に建っている。たとえば双方が知らぬ第三者の手によって屋上の一角から狙いすまして投げつけられないでもしないかぎり、レンガ材が上空から飛来し、なおかつ人の頭に直撃することなどありえないのだが、誰もそんな疑問に関心をむけていなかった。

 

 このとき、対峙する両陣営の最大の関心事は、エリーナに短剣を突きつけていたギュスターが失神し、その結果、人質となっていたエリーナが自由の身となり、さらにその結果、その場から逃げだすにあたっていっさいの障害がなくなったという、その一点だった。

 

 そのことに一番に気づいたフランシスが、とっさに叫んだ。


「エリーナさま、いまです!!」

 

 その声にはっとしたエリーナはすぐに現状を認識すると、すばやくドレスの裾をまくりあげ、足下に倒れているギュスターを踏みつけながらその場から駆けだした。

 

 突然のことに「あっ」と視線でその走り去る姿を追うだけの国王一党の中にあって、ただ一人反応したのはフロストである。逃げゆく王女の姿にあわてて自身も地を駆り、エリーナの黄金色の長髪をつかもうと腕をのばす。

 

 だが、その髪を手中にとらえようとした寸前。フロストはとっさに身体の向きをかえ、横あいから打ちこまれてきた剣刃の一撃をかろうじてかわした。


 フロストの視線の先には、二本の小太刀をかまえたハンナの姿があった。


「汚い手でエリーナさまに触るんじゃないよ、七光りの近衛隊長がっ!」


「こ、この、女狐がぁ……!!」

 

 両眼から憤怒の猛光を放出しながらフロストは抜剣すべく腰に手をのばしたが、あいにくと愛用のサーベルはそこになかった。邸内の通路で正体不明の覆面者に殴打された際に、その場に置き忘れてきたことにフロストはようやく気づいた。

 

 歯ぎしりしつつ、かわりに抜きはなったのは携帯用の短剣である。ハンナが冷笑をこぼす。


「あら、ずいぶんとチンケな剣だこと。まるであんたのアレみたいじゃない」


「へへっ、こんなときに欲しくなったのか、売女(ばいた)


「ふん、あんたみたいな粗野な男ほど、いざってときにアレが役立たずなのよね」


「や、やかましいっ!」

 

 激高もろとも打ちこまれてきたフロストの短剣をハンナが二本の小太刀でうけとめる。

 一帯にひびきわたったこの刃音が、戦闘開始をうながす鐘の音となった。


「いまだ、リンチを討ちとれっ!!」


 喚声があがった。悲鳴もあがった。地面を踏みならす無数の疾駆音がとどろいた。フランシスの叫びを(たん)にして、両陣営の間に乱刃劇が開始されたのである。

 

 剣と剣とが衝突し、槍と槍とがからみあい、怒号が交錯し、うめき声があがり、とびちった血しぶきが一帯の宙空と地面を朱色に塗装する。

 

 そんな怒号と悲鳴と刃音の中を、リンチは一人逃げだした。

 両軍が入り乱れたいまこそ逃げる好機と判断したのだ。


 邸外へと逃れるため、主君を守るべく奮戦する部下たちをすこしも顧みることなく、ジェノン王国の覇王は一目散に駆けていく。

 

 やがて裏門が視界に入ったところで安堵したのか、リンチはにわかに足を止めると背後をふりかえったのだが、次の瞬間。リンチは驚愕のあまり声のかわりに左右の両目をとびださせた。


 それも当然で、一人だけ逃げだしたリンチにいちはやく気づいたフランシスが、長剣片手に猛然と追いかけてきたのだ。


「逃がさんぞ、リンチッ!!」

 

 怒号とともにフランシスが長剣の一撃を打ちこんできた。

 

 あわてふためきつつも、リンチも手にするサーベルをとっさにふりあげてその一撃を防御したが、予想をこえて強烈であった斬撃にたちまちリンチの腕にしびれが走った。


「……お、おのれぇ、小せがれがっ!!」

 

 腕を襲った強烈なしびれにリンチは顔をゆがめたが、フランシスはかまうことなく二撃三撃と、苛烈で容赦のない一刀を怒号まじりにたたきこんだ。


「今日こそ積年の恨みをはらしてやるぞ、リンチ。貴様は国王にあらず、非道な盗賊にすぎん。ちがうというのなら剣によって証明してみろっ!!」


「の、のぼせるな、小せがれ。貴様ごときに負けはせん!」

 

 フランシスの挑発に矜恃をしたたかに傷つけられたリンチは激高し、反撃の一刀を打ちかえした。

 一対一という状況がリンチに逃走ではなく、「返り討ちにしてやるわ!」という判断を働かせたのだ。

 

 だが、あきらかにリンチはフランシスの実力を把握しそこねていた。


 内戦以前であればともかく、剣を打ちかわす金髪碧眼の若者はいまやただの青年貴族ではなく、この数年間、義勇軍の指導者として国軍相手に戦いつづけてきた歴戦の勇者なのである。

 

 当然のことながらいまのリンチがかなう相手ではなかった。

 

 わずか数合、剣を打ちあわせただけでサーベルをはじきとばされ、気づいたときには喉もとに剣先を突きたてられていた。

 

 あまりのことにあ然として声もだせないリンチに、フランシスが怒号を投げつける。


「覚悟するがいい、リンチ。貴様の無法によって非業に散った数多の人々の無念。いまこそ私の手で晴らしてくれる!」


「ま、待て、小せがれ! い、いや、リドウェル候、頼むから待ってくれっ!」


「いまさら助命懇願(いのちごい)か。見苦しいぞ!」


「頼む、このとおりだっ!」

 

 かすれた声を必死にしぼりだすとリンチはがばっと地面に両手をつき、(ひたい)をこすりつけて這いつくばった。


 無法な武力革命によって王位を簒奪した暴君とはおもえぬ、卑屈を絵に描いたその姿にさしものフランシスもとっさに声もだせない。


「頼む、このとおりだ、リドウェル候。どうか生命だけは助けてくれ。むろん王位はゆずる。いや、返上する。生命を助けてくれるならこのジェノンから永久に姿を消そう。生涯、二度とこの国に足を踏みいれないことを誓う。だから頼む、どうか見逃してくれっ!」

 

 流れるような、よどみのない助命懇願(いのちごい)の弁だった。

 おもわずひきこまれ、つい応じてしまいそうな、熱をおびた催眠的な響きの弁舌だ。


 それはすくなからず効果をあげ、いつしかフランシスは手にする長剣をおろしていた。地に平伏するリンチの両目が獰悪な光をはなったのは、まさにその瞬間であった。


「――ばかめっ!」

 

 ゆがんだ口角から低声の悪罵が発せられた一瞬後、リンチはひそかに握りしめていた砂利をフランシスにむかって投げつけた。

 

 投げつけられた砂利は顔面を直撃し、視力を奪われたフランシスはおもわずのけぞった。

 

 その隙をリンチは見逃さなかった。目をおさえて苦悶するフランシスに蹴りをいれて横転させると、その手から剣を奪い、逆にその喉もとに剣先を突きたてたのだ。


 あっというまの形勢逆転劇に、哄笑が夜気をふるわせた。


「どこまでもあまい奴よな、小せがれ。さっさと殺せばいいものを躊躇するからこのような目にあうのだ。その未熟さがきさまの敗因だ。いや、死因かな。ククク」


「き、貴様、この卑怯者がっ!」


「なんととでもほざくがいいわ、小せがれ。どんな手段を使おうが、最後に生き残った者こそが勝者、そう、勝者なのだ!」

 

 勝ちほこった高笑いもそこそこに、リンチは手にする長剣を宙にふりあげた。


「父親のもとにいくがいい、小せがれっ!!」

 

 うなりを生じてリンチの凶剣がフランシスの頭を撃砕しようとした、その寸前。薄闇の一角から宙空を疾走してきたひと筋の閃光がリンチのわき腹に炸裂し、その身体を一瞬で吹き飛ばした。


 声もなく宙空を吹っ飛んだリンチは砂利と土で構成された地面の上を五転六転したのち、その先にあった屋敷の外壁に背中からたたきつけられた。


 その衝撃でリンチは気を失ったが、幸か不幸か、その時間はごく短かった。すぐに意識を取り戻し、ほどなく両目をおさえてうずくまるフランシスの姿を遠くに視認したとき、リンチは自分がここまで吹き飛んできたことを知った。


「な、なんだ、い、いったいなにが……!?」

 

 わが身を襲った不可解な現象にリンチは脳裏を乱し、吐血まじりにつぶやいた。

 

 そのつぶやきはすぐにうめき声にかわり、うめき声はほどなく絶叫へとかわった。


 吹き飛んだときか地面を転がったときか、それとも外壁にたたきつけられたときか。その時分は不明であったが、とにかく肋骨が折れていることにリンチはようやく気づき、理解不能な悲鳴を口角から噴きださせた。

 

 一方、視力を回復して立ちあがったとき、その光景にフランシスはおもわず息をのんだ。

 

 いましがた自分に斬撃を打ちこもうとしていたはずのリンチが、どういうわけか離れた場所で地面にうずくまり、吐血まじりに苦悶の奇声をとどろかせていたからだ。

 

 いったい、なにがおきたのか。事態を理解できずさすがのフランシスも呆然とした態でその場に佇立していたが、それも長いことではなかった。ハッと自己を回復させるとフランシスは足もとに落ちていた長剣をつかみとり、すかさずリンチのもとに駆けよってその鼻先に刃を突きつける。

 

 鼻先から伝わってくる強烈な殺気に、一瞬、痛みも忘れて表情を青ざめさせたリンチの鼓膜を、フランシスのごう然たる宣告が刺激した。


「今度こそ覚悟するがいい、リンチ!」


「ま、待ってくれ、侯爵! よ、予は骨が折れて動けな……!」


「問答無用!!」

 

 わずかな躊躇(ちゆうちよ)も容赦もないフランシスの剣がうなりをあげて襲いかかり、リンチの首を一刀のもとに刎ねとばした。

 

 頭を失ったリンチの身体は噴血をまき散らしながら、枯れた老木さながらに地面にくずれおちた。夜気に血の匂いがまじったが、一帯に吹きつける熱風がたちまちそれを邸外へと運びさった。


「や、やったぞ……ついにリンチを……!」

 

 うめきにも似た声が口から漏れた次の瞬間、フランシスは膝から地面にくずれおち、その両目からたちまち大粒の涙がこぼれだしてきた。

 

 それはリンチを討ちとったことへの歓喜の涙ではなかった。


 武力革命(クーデター)によってリンチが王権を簒奪したあの日から三年。無数の悲劇や死を積みかさねながら戦いぬいた末に、ようやく争乱の元凶を討ちとった。


 その事実が、国王一族や父レイモンをはじめとするこれまでに失ったものの大きさをあらためてフランシスに認識させ、その心をゆさぶったのである。

 

 やがて涙をぬぐって立ちあがったとき、フランシスはふと、ひとつの疑問に思いいたった。


「それにしても、なぜリンチはこんなところまで……?」

 

 いぶかしげにつぶやくと、フランシスは後背に視線を走らせた。

 

 当初、剣をまじえていた場所からここまでは、ゆうに二十メイルは離れている。荒れた地面や破損した屋敷の外壁から推察するに、おそらくリンチは自らの意志でここまできたのではなく、なんらかの力によって地面を横転したあげく建物の外壁にたたきつけられたのではないか。


 そうフランシスは推察したのだが、それがどのような力なのかまでは、神ならざる身のフランシスにわかるはずもなかった。

 

 自分が視力を奪われていた間に、いったいリンチの身になにがおきたのか?

 

 フランシスはしばし黙したまま思考の淵に沈んでいたが、にわかに表情を一変させるとあわてた態でその場から駆けだしていった。かの馬車庫付近において、いまだ両軍の戦いがつづいていることを思いだしたのだ。

 

 そこには過去(むかし)現在(いま)も、そしてこれから将来(さき)も、人生の(とき)を共有する仲間たちがいるのだから……。

 

    




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