表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロゥグ・オブ・セイント2  作者: RYO太郎
21/28

第二章  簒奪者対反逆者 その⑧

 



 うっすらとした白煙が、邸内各所にまるで霧のようにたちこめていた。

 

 その邸内の一画。本館から北の館へとつづく屋敷内の通路を足早にすすむリンチは、一人、激情の炎を体内にかかえて荒れ狂っていた。

 

 悪鬼をおもわせる形相で歯を噛みならし、その歯間から憤怒のうめき声を押しだしつつ、床を踏みつけては壁を蹴り、唾を吐きちらす。抑制不能の怒りにふるえる国王の姿を、後背をつづく彼の部下たちは息をのんで見つめていた。

 

 リンチにしてみれば、ようやく反乱軍の主将たるフランシスを捕らえた。

 あとは兵士ともども国都ガルシャに連行し、ことごとく断頭台(ギロチン)にかけて処刑して反乱軍壊滅の報を全土に布告するだけだった。エリーナを自分の妃にするという難題があるにはあったが、かつての婚約者の生首をみせれば自暴自棄になり、案外すんなりと了承するかも知れない。

 

 いずれにせよ、フランシスさえ亡き者にすればすべてがまるくおさまる。

 そう考えていたからこそ、フランシスの捕縛にリンチは執念を燃やしていたのである。

 

 ところが、そのフランシスをようやく虜囚としたのも束の間。予定のよの字もすすまぬうちに原因不明の爆発で屋敷はふきとぶわ、火柱を噴いて炎上するわ、正体不明の武装集団に襲撃をうけるわと、フランシスを処刑するどころか自分のほうが身の危険を察して逃げだす始末である。

 

 ふいにリンチは足を止め、後背を歩くハーベイ男爵をじろりと見すえた。

 その両眼には猜疑心にみちた光があふれていた。


「もしやお前の知らぬところで、別の計画が動いていたわけではないだろうな?」


「そ、そのようなこと……!?」

 

 おもわぬ疑念をむけられて、ハーベイ男爵は心の底から狼狽した。

 それは言いがかりをつけられたことによるものではなく、国王にむけられた疑念を頭から否定できない自分自身に対するものだった。

 

 義勇軍において副参謀という要職にあったハーベイ男爵であるが、こと作戦の立案に関してはフランシスと参謀長のランベール伯爵がすべてをとりしきっていた。その二人が自分の行動に不審なものを感じとり、ひそかに別の作戦を立案し、水面下ですすめていた可能性がないとは断言できない。

 

 実際のところ、そのような作戦は立案も計画もされておらず、義勇軍のあらゆる作戦をハーベイ男爵は把握していた。にもかかわらずそのような猜疑(さいぎ)の念にハーベイ男爵が駆られたのは、おそらくは彼自身もうすうす察していた組織内における自分の声望のなさと、仲間を裏切ったことへのうしろめたさからであろう。

 

 一方、猜疑の声を向けた当のリンチも、別に根拠があって口にしたことではなかったので、すぐに正面にむきなおり、歯ぎしりまじりにまた歩きだした。通路の前方で異変が生じたのはその直後である。

 

 安全確保のために先行していた近衛兵の群から、にわかに悲鳴があがったのだ。


「な、なんだぁ?」

 

 異変に気づいたリンチたちは足を止め、通路の前方に視線を投げつけた。だが、壁や天井の隙間から蒸気のように噴きでる白煙に視界をさえぎられ、なにも見えない。


 半面を手にするランプの火影に赤々と染めあげながら、リンチが不審そうに太い眉をつりあげたそのとき。先行していた近衛兵の一人が、悲鳴をともなって足もとに吹っ飛んできたのだ。

 

 仰天したリンチがふたたび前方に視線を投げつけたとき。通路内をおおう白煙のヴェールが風をはらんだ帆のようにゆれ、そこから人間の輪郭が浮かびあがってきた。

 

 ややあって、リンチたちの前にあらわれてきたのは、頭は黒い覆面頭巾、上半身は黒い革の上着、下半身は黒い革のズボン、足もとは黒い革のブーツという、全身黒革づくめのいでたちをした人物だった。

 

 絵に描いたような不審者の登場に、リンチたちはあ然とした。


「な、何者だ、きさまはっ!?」

 

 さすがは近衛隊長というべきか。あ然として声もだせないリンチたちとは対照的に、すばやい反応を見せたフロストが集団の前に駆けだし、誰何の声を投げつけると同時に腰のサーベルを抜きはなった。

 

 だが、覆面者はなにも答えない。黙したままその場に佇立している。

 まるで自分など眼中にないかのようなその態が、フロストの激をさそった。


「おおかた叛徒どもの一味だろうが、このフロストの前にのこのことあらわれたのが運の尽きだったな。わが身の不運さを、地獄の底でたっぷりと後悔するがいいわっ!!」

 

 手にするサーベルをふりかざし、フロストが通路を駆った。

 軽快なうごきで覆面者との距離を縮めると、その頭上にサーベルの鋭刃(えいば)を一閃させた。

 

 もらったっ! 必殺の一撃に頭を砕かれた覆面者の惨死を確信し、フロストは会心の叫びを胸郭にひびかせたが、それが現実のものとなることはなかった。フロストのはなった必殺の一撃は、半歩にみたない横への移動であっさりとかわされたあげく、かわしざまにはなたれた覆面者の横殴りの一撃がその横っ面に炸裂したのだ。

 

 頭を打ち砕くどころか逆に殴打の一撃をくらったフロストは、驚く間も声も発する間もなく吹き飛び、通路の壁にたたきつけられた。


 折れた前歯と壊れた壁材とが通路上に音をたてて落ちる中、当のフロスト自身はというと、殴打されたときか、それとも壁にたたきつけられたときか。その時分は不明であったが、とにかく銀髪の近衛隊長は気を失ったらしく、壁から通路上にずりおちたあとはぴくりとも動かない。


「フ、フロスト!?」

 

 忠勇無双の(と思っている)の近衛隊長のあわれな姿に、リンチは目玉をむいて仰天した。 


 なにをしている! それでも予の一族か! 立つんだフロスト! と、悲鳴のようなハッパをとばすものの、白目をむいて通路に横たわる近衛隊長からはなんの反応も返ってこなかった。

 

 さらにリンチを蒼白とさせたのは、もはやこの場で健在なのが自分をふくめて三人だけという事実であった。しかも多少なりとも武芸におぼえのある自分はともかく、ギュスター伯爵とハーベイ男爵の二人はともに文官貴族で、護衛としてはものの役に立たない男たちだ。

 

 底知れぬ焦慮に駆られたリンチは目もくらむ思いだったが、ことここにいたってはしかたがない。

 腰の長剣を鞘ばしらせ、ジェノン国王はうわずった声音(こわね)で威嚇の一語をとばした。


「く、くるがよい、()れ者めが! われはリンチ一世、ジェノン王国の覇王なり。王者の剣にかかって死ねるのだ、ありがたく思うのだな!」

 

 だが、通路の先にたたずむ覆面者は、リンチの長広舌をまるで聞いていなかった。

 覆面頭巾でおおわれた頭を前後にむかって、なにやらきょろきょろと動かしている。

 まるでこの場にいない別の誰かを捜しているような態であった。

 

 そのことを敏感に感じとったリンチが、人知れず安堵の息を漏らしたとき――。


「私ならここにいるぞっ!」

 

 通路の奥からとどろいてきたその声に、リンチ、ギュスター、ハーベイの三者が同時にふりかえり、覆面者はかるく頭を動かして前方を見すえた。


 もはや白煙ではなく黒煙がたちこめてきた通路の奥に、四人が異様な気配を発する人影を見いだしたのは同時のことだ。

 

 ややあって、ビロードのマントをはためかせながら通路内を闊歩してきたのは、それまで姿が見えなくなっていたガウエルであった。


「おおっ、将軍! いままでどこにおったのだ!?」

 

 リンチがそう質したのは、これまでの経緯から当然であったが、ガウエルは直接の返答を避けた。


「王よ。ここはこのガウエルがお引き受けいたす。近衛隊長らをつれてはやく屋敷より退去されよ。この分では建物はあと一刻と保ちませぬ」

 

 そう言われては、拒絶する理由はリンチにはない。

 

 一も二もなくうなずくと、ギュスターやハーベイ男爵とともに覆面者の横をそろりそろりと通りぬけ、通路上で白目をむいているフロストや近衛兵たちを抱きおこし、叱咤し、平手打ちをかますなどして全員を起きあがらせると、みごとなまでの迅速(すばや)さで通路を走りさっていった。

 

 やがて彼らの気配が通路内から完全に消えさったとき。それまで無言で覆面者と対峙していたガウエルが、嘲弄のひびきをふくんだ一語を投げつけた。


「もはや、この場にはわれら二人きりだ。そろそろその奇妙な覆面をとったらどうだ、ファティマの猟犬よ?」


「フッ、猟犬か……」

 

 犬呼ばわりされても覆面者は別に怒った風でもなく、それどころか、むしろ愉快そうに低い笑声を漏らしながら覆面頭巾に手をかけ、ひもをほどきはじめた。

 

 やがて完全にとりはらわれたとき、中から燃えるような赤い髪をもった若い男――キリコの素顔があらわれた。手にする覆面頭巾を通路の隅にほうり投げ、かるくひと息つく。


「ふう……いくら夜とはいえ、初夏のこの時期に覆面姿はさすがに暑苦しかったな。おかげで楽になったよ、将軍」


「なんの、礼にはおよばぬ。だが、貴様がここにいるということは、わが刺客をしりぞけたということか。よくもボイドの自爆攻撃から逃れることができたものだな」


「日頃のおこないがよすぎて、どうやら死神には嫌われているらしい」


「フフフ、それは重畳(ちようじよう)。しかし……」

 

 興がった笑声を漏らしたのも束の間。にわかに底光りするような光を両眼にたたえたガウエルは、すでに冥界の住人となって久しいかつての部下に悪罵を投げつけた。


「それにしてもボイドめ。人外の力をあたえてやったというのに、猟犬一匹、満足にしとめることもできぬとはな。生者であったときは醜態をさらし、死者となっても使命を果たせぬ。どまでも使えぬ奴よ」


「そう馬鹿にしたものでもないさ。いい線いってたよ、団長どのは」

 

 膨張する力が限界点(マツクス)に達しようとしたあの瞬間。キリコはとっさに気光態(オーラモード)を発動させると、しがみつくボイドの手足を強引にひきはなして宙高く飛翔し、おそるべき自爆攻撃から逃れたのだ。

 

 だが、そこまで説明してやる義務はキリコにはない。

 そもそも正体をかくして屋敷に乗りこんできたのは、事の顛末を伝えにきたわけではないのだから。


「俺がここにきた理由はわかるな、将軍?」


「むろんだとも――と言いたいところだが、正直、解せんことがある。よく私の正体に気づいたな。はからずも街中で会ったときは、《御使い》としての気配は完全に殺していたはずなのだが」


「臭いだよ、将軍」


「臭い?」


「そう。神に仕える者には仕える者の、魔道に墜ちた人外の者には人外の者の、それぞれ特有の臭いがある。いくら気配を殺すことはできても、その臭いまでは消すことはできない。かくいうあんたも、おれの聖武僧(セイント)としての臭いに気づいたからこそ刺客をはなってきたのだろう。団長どのをわざわざ屍生人(グール)にしてまでな」

 

 ガウエルは無言を保ったが、その表情から自分の推察が正しいものであったことをキリコは知った。


 ややあって、薄笑いまじりにガウエルが声を発した。


「ふん、さすがはファティマご自慢の猟犬のことだけはある。いい嗅覚(はな)をしているな」


「お褒めにあずかり光栄のいたり。ところで、解せないことといえば実は俺にもある。正直に答えてくれたらありがたいのだが」


「ほう、なにかな?」


「人界の名誉や地位など欲せぬはずの貴様ら《御使い》が、なにを画策して人間の王に仕えているのか、それがどう考えてもわからない。まさか日々の食いぶちにありつくために宮仕えしているとも思えないしな」

 

 すると、ガウエルは興がったように薄い笑いを浮かべ、


「フフフ、簡単な話だ。ひとえにかの御仁の、リンチ王の人徳に惹かれたまでよ。どうだ、これで納得したであろう」


「……なるほど、よくわかった」


「そうか、わかったか」


「ああ。神を(おそ)れぬ不届きな陰謀(こと)をたくらんでいるということが、よくわかったよ」

 

 一瞬、ガウエルの眉間がぴくりと反応したのをキリコは見逃さなかった。


 またしても自分の推察が正しかったことを知り、キリコはことさら冷ややかな口調をつくった。


「なにを画策しているかは知らんが、それも今日かぎりでご破算だ。天に唾吐く不逞な陰謀は、あんたもろとも地獄の業火によって焼却処分にしてやるよ。この俺の手でな」


「ほざきよるわ、人間ふぜいがっ!」

 

 赫怒(かくど)のきわみ、ガウエルの両眼が灼熱の光を発した。

 腰の大剣を鞘ばしらせたのは一瞬後のことだ。

 漆黒の甲冑ごしに発せられるその異様なまでの殺気は、あきらかに人間のものではなかった。


「この人外の身に転生して五十年あまり。きさまのようなファティマの猟犬とは、これまで幾人となくあいまみえ、そのすべてをこの手で(ほふ)ってきた。きさまも先人たちにならい、わが猛剣の露と消えるがいいっ!!」

 

 吠えたけり、大剣片手にガウエルが猛然と床を駆った。

 

 その姿は、まさに獲物を見つけて地を駆る黒豹のごとく。キリコの距離を数瞬で詰めると、その頭上めがけて猛刃の一撃を打ちこんできた。


 間合いを一瞬で詰めた迅速さといい、振りはなたれた斬撃の苛烈さといい、常人ならかわせるはずもなく、ただ一刀でその身体は左右に両断されていたであろう。

 

 だが、キリコは常人ではなかった。打ちこまれてきた苛烈きわまる一撃を、まるで見えない羽でも生やしているかのような軽少さで宙空にとびかわすと、そのかわしざま、標的をとらえそこなって無防備となったガウエルの顔面に、強烈なまわし蹴りをたたきこんだのだ。

 

「な、なんだとっ!?」

 

 と、驚愕した次の瞬間には、ガウエルの体躯は駆けぬけてきた通路の宙空を逆飛行していた。

 ほどなく床にたたきつけられ、その上を五転六転と激しく転がっていく。

 

 転がりながらも体勢をととのえ、すぐに立ちあがってきたのはさすがであろう。だが、ほぼ同時にキリコに向けられたその顔は鼻がつぶれ、前歯はふきとび、鼻腔や口角からは血がしたたりおち、そして頭はありえない角度に首ごと折れまがっていた。キリコの蹴りの凄絶な破壊力がしれた。


「あいにくとこの猟犬は、いままでの猟犬とはすこしばかり毛色がちがうぞ、将軍」


「…………!?」 


 

 この場合、沈黙は沸騰する怒りの表現であり、抑制できない驚愕の表現であった。

 

 必殺の斬撃をかわされたあげく逆に反撃をうけ、頸骨をへし折られたという屈辱の近過去が脳裏によみがえったとき。黒衣の将軍は爆発するかに思えたが、ややあってその口から漏れてきた声には意外にも感嘆のひびきがあった。


「なるほど……ただの猟犬ではないというわけか」

 

 にやりとした笑いを口端にたたえると、ガウエルは下唇を赤い舌でひと舐めし、折れまがった頭に手をやった。さながら壊れた人形の首を直すかのような動きで、コキコキとひびく骨音がじつに生々しい。

 

 やがて頭と首とが正常な位置と角度をとりもどしたとき、ガウエルはにわかに踵を返し、その場から駆けだしていった。むろん、逃げだしたとはキリコは思わない。


「ついてこい、ファティマの猟犬よ。われらの戦いにふさわしい場まで案内してやる!」

 

 そう言われては、たとえ罠をかまえているとしてもキリコとしては追わざるをえない。

 

 熱気をおびた黒煙が濃霧のようにたちこめてきた通路を、キリコはガウエルを追って駆けだした。






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ