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ロゥグ・オブ・セイント2  作者: RYO太郎
17/28

第二章  簒奪者対反逆者 その④

 


   

 ギュスター邸が建つ高台の斜面には、山頂(いただき)にむかって螺旋状にはしる坂道を両側からはさむように、数種類の広葉樹が生えしげる雑木林がひろがっている。


 常にいきとどいた整備がほどこされている坂道とは異なり、そこにはほとんど人の手がくわえられておらず、そのため大人の腰ほどまでに成長した雑草類までもが、数多の木々類と斜面の占有権を争うように生えしげっていた。

 

 もともと人が足を踏みいれるような場所ではないので、手入れが行き届いていないのは当然なのだが、月明かりのない今宵。その無造作な状態を逆に利用し、生えしげる草木をかきわけながら音もなく静かに、だが力強く斜面を駆けあがる集団がいた。

 

 屋敷を間近にのぞむ雑木林の一角で身と息をひそめている彼らこそ、ギュスター邸襲撃計画のために組織内から選抜された義勇軍の精鋭たちであった。

 

 その数、およそ五十人。


 無数の木立の陰で息と身をひそめる彼らの顔、一様に(すみ)で黒く塗られ、その身体をつつむ黒い革の甲冑(レザースーツ)は、闇と木立がつくる暗陰に完全に同化していた。よほど注意深くのぞきこまなければ、雑木林の中に彼らを視認するのは困難であろう。


「遅い! 屋敷(なか)からの合図はまだかっ!?」

 

 木立がつくる暗がりの一角から、いらだった調子の歯ぎしりまじりの声がながれでた。

 

 周囲の兵士たちの視線が向けられ先にいたのはロベールである。

 鋼鉄製の長大な(グレートランス)を片手に広葉樹の太い幹の陰に立ちひそみ、ぎらつくような眼光を屋敷の外壁に固定させている。だが、そんな眼光とは逆にその面上にひろがる焦慮の色は、予定の時刻をすぎても合図の白煙があがらないことへのものだった。

 

 そのロベールの肩をたたく者がいた。フランシスである。

 ほかの兵士同様、黒塗りの甲冑と長剣で武装したその姿には、貴族特有の柔弱さのようなものは微塵もなかった。


「焦るな、ロベール。いまはハンナたちを信じて待とうではないか」


「は、はい。しかし……」

 

 豪胆なロベールが焦りをつのらせるにも理由がある。

 これ以上、無為に時間を費やしては、事前に打った策が無に帰してしまうおそれがあったからだ。

 

 ギュスター邸襲撃を前にして、作戦の成功率を高めるために義勇軍はひとつの手を打った。義勇軍とはまったく無関係のライエン市民をよそおい、


「義勇軍の秘密拠点(アジト)を知っている。領境にあるワスプールという辺境の村だ。そこには指導者たるリドウェル侯爵も隠れている」

 

 という嘘の情報を警備兵団の屯所に流したのだ。

 それに対する警備兵団(かれら)の反応は想像以上のものだった。

 情報を得るやいなや、すぐさま軍備をととのえ、わき目もふらずに屯所をとびだしていったのだ。

 

 なにしろリドウェル侯爵といえば、反乱軍の指導者にしてリンチ王権に反旗をひるがえす反逆者。

 王権側の人間にしてみれば、とうてい容赦できない相手である。

 だが、あくまでもそれは建前で、それ以上に兵士たちの勤労意欲と闘争心を駆りたてたのは、その首にかけられた金貨一千枚という莫大な懸賞金である。

 

 手柄と懸賞金。ふたつの欲に完全に目のくらんだ警備兵団の兵士たちは、義勇軍が流した嘘の情報を頭から信じこみ、隊長クラスから兵卒にいたるまですぐさま武装をととのえ、数百の集団となってわれ先にと辺境の村へ馬をとばしていったのだ。


 かくして現在、屯所内に残っているのは留守役を命じられた十人ほどの新兵ばかり。ランベール伯爵が考案した陽動作戦はみごとに成功したのである。

 

 だが、現地にむかった兵士たちが嘘報であったことに気づけば、自分たちが義勇軍の陽動にかかったことを知り、いそぎ屯所に駆けもどってくるのは必定。それまでにリンチ王を討ちとるか捕縛しなければ、一転して窮地に立たされるのは兵力で劣る義勇軍(じぶんたち)のほうであることをロベールは危惧していたのだ。

 

 そんな心情を察したのであろう。フランシスは微笑をたたえて語をつないだ。


「心配はない。そのために遠くはなれた辺境の村を選んだのだ。彼の地までは馬で駆けてもゆうに二刻はかかる。嘘報ということに気づいたとしても、往復するには最低でも四刻以上はかかる。そのころには屋敷内での勝敗は決しているはずだ」

 

 リンチの生首を屋敷の門前にさらせば、忠誠の対象を失った警備兵団の兵士たちは戦意を失い、戦わずしてわれらが軍門に降るであろう。そう主張するフランシスにロベールがなにごとかを口にしようとしたとき――。


「侯爵さま、あれをっ!?」

 

 にわかに兵士の一人が声をあげ、夜空の一角に指をさしむけた。

 

 視線を走らせた先にフランシスが見たのは、邸内から夜空にむかって上昇する一筋の白煙だった。


 それが屋敷への突入をうながす合図の白煙であることを確認したとき、フランシスは息をのんだ。


「まちがいない、あれは合図の白煙だ」


「フランシスさま!」

 

 ロベールの呼びかけに力強いうなずきで応えると、フランシスは木立の中に立ち潜む兵士たちに叫んだ。


「皆の者、時はきた。これよりギュスター邸に襲撃をかける!」

 

 雑木林内に猛々しい叫び声がかさなりあい、地面を駆る音がそのあとにつづいた。

 

 フランシスがまず先頭をきって雑木林からとびだし、次にロベール、わずかにおくれて麾下の兵士たちも次々と飛び出していくと、屋敷へとつづく高台の坂道はたちまち武装した一団によって埋めつくされた。

 

 本来、屋敷にほど近いこのあたりの坂道にも屋敷の警備兵は巡回しているはずなのだが、今宵にかぎってはその姿は一人としてなく、それはフランシスたちが屋敷の東門にたどりつくまでかわらなかった。

 

 ハンナたちの策が功を奏した。フランシスはそう信じて疑わなかった。


「予定どおりだ。ハンナたちがうまくやってくれたようだな」

 

 高揚する胸郭をおさえるように独語すると、フランシスは傍らの巨漢戦士にむきなおった。


「ロベール、東門(ここ)はまかせたぞ。私は分隊をひきいて裏門にむかう」


「御意! ご武運を、フランシスさま」

 

 ロベールと力強い握手をかわすと、フランシスは二十人ほどの兵士をひきいて屋敷の裏手に駆けていった。その姿が闇夜の中に消えたのを確認したのち、ロベールは門扉を開けるよう部下の兵士に指示した。

 

 (かぎ)のついた縄ばしごを門壁にかけ、数人の兵士がかろやかな身のこなしで乗りこえていく。

 

 ややあって、にぶい音を発しながら重厚な造りの門扉は開き、暗闇につつまれた敷地がロベールたちの前方にひらけた。


 やはりというべきか、視界のどこにも警備兵の姿はなく、ただ燃えさかるたいまつの音だけが闇夜の中に不気味に響いていた。


「妙だ。いやに静かすぎる……」

 

 まるで廃墟のような静けさを保つ邸内に、ごく微量の不安がロベールの胸郭をよぎったが、ハンナたちの策が予想以上の効果をあげたと思い深くは考えなかった。すぐに麾下の兵士たちをひきいて静かに、だがすばやく敷地内を中心部にむかって駆けすすむ。 

 

 ただ一人の警備兵との遭遇もないまま、いくつかの中庭や樹庭園を通りすぎたとき。視界の前方に目的の建物が見えてきた。ギュスター邸の本館である。


「あれだ。あれがリンチが滞在している本館だ」

 

 ロベールが本館を指ししめすと、兵士たちはいっせいに腰の剣を鞘ばしらせ、弓をかまえ、突撃体勢をとりはじめた。闘争心を面上にみなぎらせる兵士たちを一瞥し、ロベールは低声で断じた。


「情報ではリンチは三階の客間に泊まっている。屋敷の中に突入したらふた手に分かれ、二ヶ所ある階段からそれぞれ駆けあがり、奴の逃走路をおさえる。けっして階下にいかせるな。それと弓箭兵(きゆうせんへい)はここで待機だ。万が一、奴が露台(バルコニー)から逃げだすようであれば、まよわず射よ」

 

 ロベールの指示に力強いうなずきで応える兵士たちは、このとき誰もが作戦の成功を信じていたが、それが早計であったことを知ったのは、本館に面する中庭まですすみいたったときのことであった。

 

 一階部分にある複数の入り口の扉を指さしながらロベールが突入を命じようとした、まさにそのとき。いずこの宙空(そら)からとびきたった矢が一人の兵士の顔面に突きたった。

 

 地面にもんどりうって横転した兵士の悲鳴。それを合図として、まるで鳥の大群が飛びたつような異音とともに、ロベールたちの頭上に矢の雨が降りそそいできたのだ。


「ぎゃあっ!!」


「ぐわあっ!!」

 

 複数の悲鳴がかさなりあがったあとに、ロベールの左右で彼の部下がもろい石柱のように次々と倒れていった。ロベール自身はとっさに手にする長槍を風車のように旋回させて、頭上より飛来する矢の群をはじきとばして身を守ったが、そのような芸当、余人にできようもない。

 

 ほどなく矢の雨がとだえたとき、かわって闇夜にゆらめく炎の群が四方から出現した。

 

 それがたいまつを手にした屋敷の警備兵の一団であることに気づいたとき、ロベールたちはすでに前と左右の三方を包囲されていた。


「ば、ばかな、これではまるで……!?」

 

 待ちぶせしていたようではないか、という一語をロベールは声にだすことなくのみこんだが、彼の部下たちがそれを察することは容易であった。兵士たちもまたロベールとおなじ疑念に駆られていたのだ。

 

 ロベールたちが焦慮と驚愕に胸中を乱している間にも、伯爵邸の警備兵たちは彼らを建物側に追いつめるようにじりじりと距離をつめてくる。その際。一人の兵士がにわかにおどろきの声をあげた。


「ややっ、あの大男はもしや!?」


 

 声をあげた兵士は目をみはり、長槍をかまえるロベールに視線を固定させた。

 

 手配書の三番目か四番目かに記載された反乱軍幹部の似顔絵と、集団の先頭に立つ巨漢兵士の面相が脳裏で一致したとき。兵士の面上に打算と欲にみちた笑みがひろがった。

 

 フランシスやランベール伯爵とともに、ロベールもまた義勇軍の幹部として巨額の懸賞金がかけられた身である。

 

 その額、金貨五百枚。その事実がほかの警備兵にも伝わると、たちまち彼らの表情も打算と欲によって一変した。

 

 反乱軍幹部の首級(みしるし)をあげ、ついでに賞金も得られれば、一度にふたつの欲を満たすことができる。警備兵たちの戦意に金銭欲と出世欲という二種類の油がくわえられ、その闘争心がいっそう燃えさかったのは当然のことであろう。

 

 だが「すぎたる欲は身を滅ぼす元凶(もと)」という万国共通の格言を、猛然とロベールに殺到した警備兵たちは自らの生命をもって学習することとなった。


「こざかしいわっ!!」

 

 槍刃一閃(そうじんいつせん)! 咆哮とともに水平に一閃した豪槍の一撃は、わずかひと振りで殺到してきた警備兵数人の首を宙空に()ねとばした。

 

 一瞬にして首から上を失った兵士たちの身体は、さながら泥人形のようなもろさで地面の上に次々とくずれおち、離れた場所に頭が落下し、血の匂いが風に散り、悲鳴が夜気をふるわせた。


「な、なんじゃあっ!?」

 

 欲望のままに襲いかかったのも束の間、なにもしないうちに首なしの屍体にさせられた仲間の無惨な姿を目のあたりにして、警備兵たちは一様に絶句し、息をのみ、心身を硬直させた。わずかひと振りで数人の首を刎ねとばされては、彼らでなくとも喪心するしかないであろう。

 

 ぼう然と立ちすくむ警備兵たちに、槍先の血のりをはらいとばした巨漢戦士が吠えたける。


「きさまら雑兵ふぜいでは、たとえ千人集まったところで、このロベールにはかすり傷ひとつつけることなどできぬわっ!」

 

 その言葉が大言でも虚言でもないことを、警備兵たちはすぐに知ることとなった。

 

 鋼鉄の長槍をロベールが縦横に振りまわすたびに警備兵の首が宙空に刎ねあがり、胴体をつらぬかれ、または左右に両断され、そのつど中庭の土と芝とが鮮血によって朱色に染めあげられていった。

 

 彼らはロベールの名と懸賞金の額こそ知っていたが、今日この場にいたるまで不幸にもどれほど勇猛なのかということまでは具体的に知らなかった。伝聞をもとに「まあ、そこそこ強いのだろうな」という、漠然とした予想があったていどである。遅ればせながら具体的な強さを身をもって知ったとき、彼らの数は当初の半分以下にまで減っていた。

 

 一方、ロベールの圧倒的な戦いぶりは、義勇軍の兵士たちを奮いたたせた。


「よし、われらもロベール卿につづくぞ!」

 

 まさかの待ちぶせにいったんは気おくれした彼らであったが、超絶的としか表現のしようのないロベールの勇猛(つよ)さをあらためて目にしたとき、兵士たちはその記憶を忘却の淵へと追いやることに成功した。

 

 だが、長剣を握りしめ、いっせいに警備兵の群に突撃しようと地面を駆ろうとした、まさにそのとき――。


「さがれ、警備兵!」

 

 その声は怒号の類でも、また絶叫の類でもなかったが、聞く者の鼓膜にずしりと重くひびきわたってきた。双方の兵士たちがたちまち動きを停止させる。

 

 直後、警備兵の輪の外側から中心部にむけてざわめきがはしり、その中を黒い甲冑をまとった一人の騎士が両軍の間に歩をすすめてきた。

 

 その姿を視認した瞬間。一方からは歓喜の声があがり、一方からはどよめきがあがった。

 

 とくに後者――義勇軍の兵士たちがうけた衝撃は深刻をきわめた。

 それも当然もかも知れない。赤い裏地のビロードのマントをはためかせながらあらわれたのは、大将軍ガウエルであったのだ。


 愛用の幅の広い長剣(グレートソード)はすでにその手に抜きはなたれ、まがまがしい妖気のようなものを剣刃から放出している。

 

 やがてロベールの姿を正面にとらえたとき、ガウエルの面上に薄い笑いがうかんだ。


「ほう、ロベール卿か。久しいな。いつぞやの盗賊団討伐以来かな。壮健そうでなによりだ」


「ガ、ガウエル将軍!?」

 

 驚愕のあえぎは優美さすら感じさせる不敵な微笑によってむくわれた。


 無言のまま意味ありげな笑みを口端にたたえる黒衣の将軍とロベールは、内戦が勃発する以前、一度だけおなじ戦列にならんだ過去がある。

 

 かつてジェノン王国には、国土の南部地帯を根城にし、そこを通る旅人や隊商(キヤラバン)に猛威をふるう大規模な盗賊団が存在した。

 

 そこは岩山と砂漠とで構成される不毛な乾燥地帯であったが、南方に接する隣国との陸路における交易の要衝であったので、日増しに大きくなる盗賊被害の報告についに国王が動き、盗賊団を掃討すべく国軍と諸侯の私兵団との連合軍による軍事作戦が実行されたのだ。


 当時、すでにロベールは国軍兵として数々の武勲と高い声望を手にしていたが、そのロベールですら舌を巻くほどの戦功をあげたのが、リンチ伯爵軍の主将であったガウエルだった。

 

 卓越した集団指揮能力もさることながら、ただ一騎で百人もの盗賊を剛剣の露とせしめた驍勇ぶりはロベールの目から見ても傑出しており、わが国にこれほどの勇者がいるとは心強いと内心で感嘆したものである。

 

 だが、それからまもなく内戦が勃発。武力革命(クーデター)の首謀者たるリンチ伯爵の国王への即位後、一方は大将軍にまでのぼりつめ、一方は王権に反旗をひるがえす義勇軍の部隊指揮官という相反する立場となり、今日にまでいたる。

 

 たがいに数年ぶりの再会であったが、素直に久闊(きゆうかつ)(じよ)するというわけにはいかなかった。かたや義勇軍の幹部兵士として、かたや国軍の司令官として、ともに殺気と怒号とびかう乱刃劇の中に身をおいているのだから。

 

 手にする大剣をゆっくりと身がまえつつ、まずガウエルが声をはなった。


「さあ、ロベール卿。ジェノン随一と謳われるおぬしの豪槍、ひと槍、馳走になろうか」

 

 嘲弄の気配をただよわせたそのひと声が戦闘開始の合図となった。

 大剣を握るガウエルの手首が風をおこし、ほぼ同時に、ロベールの槍刃が夜気を裂いたのだ。

 

 剣刃と槍刃とが激突し、闇夜に大量の火花をまきちらした次の瞬間。後方にふきとんだのは体格と体重で勝るはずのロベールだった。

 

 とっさに両脚でその勢いを殺し、全体重をささえてかろうじて横転をまぬがれたものの、ガウエルのはなった強烈な一刀は義勇軍最強の兵士の心胆を寒からしめた。


「な、なんという剛剣……しかし!」

 

 すばやく槍をかまえなおし、第二撃はロベールが先にしかけた。

 夜気を裂いてはなたれた長槍の一撃が、鋼の閃光となってガウエルを襲う。

 

 防御のために振りあげられた大剣の刃をはじき、槍先はガウエルの甲冑を直撃した。にぶい衝撃音とともにたちまち亀裂がはしり、その衝撃でガウエルはかるくのけぞったが、ロベールを見かえす面上にうかんだ表情はまさに愉悦のそれだった。


「ふふふ。さすがはジェノン随一の槍の名手と謳われるロベール卿だ。噂にたがわぬすさまじい豪槍よ。なるほど、雑兵などでは歯がたたぬのも道理よな」

 

 赤い舌で上下の唇を舐めつつ、ガウエルは大剣をかまえなおした。

 ロベールを見すえるその両眼には、あきらかに戦いを楽しむ興がった光があった。


「だが、まだだ、ロベール卿。まだまだ喰いたりぬぞ。おぬしの豪槍、もっと味あわせてもらおうか」


「ならば遠慮はいらぬ。わが豪槍の妙技、腹がはちきれるほど喰らうがいいわ!」

 

 怒号とともに、剛剣と豪槍によるすさまじいまでの応酬がはじまった。

 

 ガウエルの斬撃でロベールの冑がはねとび、一転、ロベールの槍撃でガウエルのマントの端が斬り裂かれた。剣刃と槍身がさまざまな角度でからみあい、そのつど両者は至近距離でにらみあった。

 

 突きあげる、なぎはらう、打ちおろす、はじきかえす。両者の猛刃が激突するたびに烈しい金属音がひびきわたり、青白い火花があたりに散乱した。このときまで何度にわたって斬りあい、打ちあったのか、ロベールには記憶がない。

 

 この間、両軍の兵士がそれぞれの指揮官に加担しようと隙をうかがっていたのだが、ガウエルとロベールの超絶的な一騎打ちの死闘は、もはや常人をまじえるだけの隙を消しさっていた。


「みごとだ、ロベール卿! 人間(ひと)の身で、よくぞこれほどまでの技量を練りあげた。誉めてやるぞ!」


「こざかしことをっ!」

 

 吠えたけり、ロベールは槍をふりかえした。

 

 平時のロベールであれば、ガウエルの発した「人間(ひと)の身」という言葉に奇異さをおぼえたかもしれない。だが、おそるべき雄敵と刃をかわしている最中にあっては、そこまで思考をめぐらせる余裕はなかった。

 

 くわえて彼は指揮官として部下を統率し、戦いを指揮しなければならない立場でもある。

 相手の奇妙な発言をいちいちいぶかってなどいられなかったのだ。

 

 ロベールは後方にとびすさり、いったんガウエルとの距離をとると、自身の部下たちに叫んだ。


「屋敷だ! 全員、屋敷の中にとびこめ!」

 

 このまま屋外(そと)で戦っていても、数に勝る警備兵との戦いでは不利なだけ。

 かといって、いまさら逃げだすわけにもいかない。

 

 だが、屋内(なか)での戦いにもちこめば、閉ざされた空間が数による兵力差を低減させる。

 

 さらにあわよくばリンチ王を人質にとり、降伏ないし停戦をよびかけることもできよう。

 

 いずれにしても屋外で戦いつづけていては味方の犠牲は増えつづけ、ただ敗北を待つだけであることをロベールは悟ったのだ。

 

 意を決したロベールは長槍をふりあげ、ガウエルの顔めがけて槍先を突きだした。

 俊敏な反応をみせたガウエルが半身の体勢でそれを軽やかにかわす。

 

 その一瞬に生じた隙を見逃さず、ロベールはその横を走りぬけようと突進していった……。

 

 

   

 


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