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ロゥグ・オブ・セイント2  作者: RYO太郎
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第一章  争乱の王国 その⑩

 


  

 キリコが正体不明の刺客に襲われたのは、ライエン管区を統括するウイリバルト司教長との対面を終えて教会を後にし、歩数にして正確に二百を数えたときのことであった。夜空を彩る半月が、まもなく中天にさしかかろうとしていた時分のことである。

  

 悪意にはらんだ殺気を察知した次の瞬間。夜のとばりと静寂がふいに切り裂かれ、銀色の細い閃光がキリコめがけて伸びてきたのだ。

 

 俊敏な反応と軽やかな跳躍でその一撃をあっさりとかわし、路面に音もなく着地すると、キリコは数瞬前まで立っていた路面に視線を投げつけた。

 

 そこに見たのは、路面上に突きたった数本の羽矢である。キリコの生命を狙って撃ち放たれた物であることは明白だった。


「どこの誰だ、神聖な教会の近くで殺生をおこなおうとする不届き者は?」


 闇夜の一角にキリコが誰何(すいか)の視線と声を向けた、まさにそのとき。路肩に設けられた石塀の陰から黒い人影が数個飛びだし、手に光刃をきらめかせてキリコに襲いかかってきた。


 黒い覆面と黒衣で全身をおおいかくし、その正体は窺い知れない。にもかかわらず、まるでその正体を見透かしたようにキリコは皮肉っぽい微笑を口端にたたえると、内懐からなにかを取り出した。


 黒く塗装された、手の平ほどの投擲(とうてき)用のナイフ。それが街灯の光を反射させて危険な輝きを発したとき、黒衣の襲撃者の一人が地面を蹴り、振りかざした剣をキリコの頭上に落下させてきた。


 直後、悲鳴が闇夜にあがった。


 それはキリコのものではなく、刃をふるってきた黒衣の襲撃者が発したものだった。


 一閃してきた斬撃を後方に飛びすさってかわし、ほぼ同時に投げはなった黒塗りのナイフが恐ろしいほどの正確さで襲撃者の太股に突き刺さったのだ。


 悲鳴をあげて転倒した襲撃者は「このクソッタレの赤毛野郎!」という、なにやら聞きおぼえのある口調と語彙で罵声を飛ばしてきた。


 おもわず苦笑を漏らすキリコであったが、別の方角から新たに出現した、やはり黒衣に身を隠した二人の襲撃者の姿がその笑みを消した。


「なぜ俺を襲う?」


 という無益かつ無意味な問いかけは口にせず、キリコはさらに数本のナイフを取り出し、強靱な手首を閃かせた。

 

 血しぶきと悲鳴とが宙空に散らばり、ふたつの負傷体がまたも生産される。


 キリコは路上にうずくまる襲撃者の一人に歩みより、頭をおおう黒覆面をはぎとった。

 

 その下からあらわれた素顔を見て、キリコはまたしても苦笑を漏らした。

 

 それも当然で、襲撃者の正体はライエン警備兵団のあの猿顔兵士だったのだ。


「また、おまえか。本当懲りない猿だな」


 それは嘲弄というより心底から辟易した声であったので、それがかえって猿顔兵士を憤激させたらしい。発狂した猿のように歯をむきだして、猿顔兵士はわめいた。


「き、きさまっ、絶対にこのライエンから生きてはださんからな。覚悟しておけよっ!」


 もはや相手にする気力もわいてこなかったので、キリコは手にする覆面を路上の隅に投げすて、その場から歩きだした。後背からはいぜんとして罵詈雑言の塊が飛んできていたが、ふいにその声が消えた。

 

 怒りよりも痛みが勝り、もはや罵る力もなくなったかな。そうキリコは思ったのだが、それが勘違いであったことを知ったのは、異様な気配を感じとりとっさに背後を顧みたときである。

 

 そこにキリコは見た。地面に転がる数個の生首を。

 

 ついさっきまで元気よく罵声を飛ばしていた、あの猿顔兵士と仲間たちの首だった。

 

 だが、すでにキリコの視線と注意はそれらの生首にではなく、頭を失った兵士たちの後背に立つ別の存在に向けられていた。

 

 黒装束に黒覆面という装いは同じだが、内から発せられている気配はあきらかに異質のものだった。

 

 その手に握られた大型の湾刀からは、兵士たちの首を刎ねた際に付着したとおもわれる血が刃面を流れて路面にしたたり落ちていた。


「……きさま、何者だ?」


 静かにキリコは問うた。微量の警戒の響きを含んだその声に応えたのは、人間のものとも獣類(けもの)のものともわからぬ奇声だった。


「シャアァァーッ!!」


 奇怪な咆哮が闇夜に響いた直後、新たに出現した黒衣の襲撃者は地を駆り、血で赤く染まった湾刀をふるってキリコに躍りかかってきた。


 それは尋常な動きではなかった。三十メイル(三十メートル)はあろうキリコとの距離を、ただ一度の跳躍でその頭上にせまってきたのだ。


 しかし、キリコはむしろその動きを予測していたように動じることなく、だが、すばやい動作で内懐からナイフを取り出し、投げはなった。四本のナイフが四条の黒い閃光となって、闇夜の宙空を一直線に飛翔していく。


 対する黒衣の襲撃者は、手にする湾刀を風車のように旋回させ、宙空を殺到してきたナイフの群をはじきとばしたのだが、完全に防ぐことはできなかった。


 回転する剣刃の間隙をすりぬけた一本のナイフが覆面を切り裂き、黒い繊維が宙空をただよった。キリコが襲撃者の正体を知ったのはまさにその瞬間だった。


 裂かれた黒覆面の下にキリコは見た。ライエン警備兵団長ボイドの肉食獣めいた素顔を。


 否、兵団長であった男、というべきか。


 黒点のない両眼と全身から発せられる異様な気配。さらには人間離れした異常なまでの身体能力に、キリコはボイドの身に生じた異変を正確に察した。


「……どうやら人間を廃業したようだな、団長どの」


 いや、させられたというべきかな。いずれにせよ、目の前にいるボイドが昼間のときとは異なり、もはや人ならざる身であることを察して薄い笑いがキリコの口もとをかざった。磨きあげられた剣のような危険な笑いであった。


 だが、すでに人間としてのあらゆる感性をなくしているボイドには、わずかな畏怖もあたえなかったようだ。手にする湾刀の刃面に街灯の光を反射させつつ、猛然とキリコに襲いかかってきた。


 野生の黒豹を思わせるその高速の動きは、昼間に対峙したときとは比べようのないものであったが、それでもキリコにしてみれば予測の範囲内にすぎない。


 口もとに微笑をたたえつつ悠然たる態でナイフをかまえたが、その手から投げはなたれることはなかった。風圧にはためく黒衣の下に金属質の鈍い輝きを見たのだ。


「ふん、鋼の(メタルスーツ)とは用意周到なことだな――ならばっ!」


 手にするナイフを路面にほうり投げ、キリコは突進してくるボイドに手刀をさしむけた。燦とした輝きを発する光の刃がその手先から伸びたのは直後のことである。


気光剣(オーラソード)!」


 光刃一閃! 手刀の先から放出された一条の閃光が宙空を疾走し、奇声をあげて突進してきたボイドの首を直撃し、一瞬にしてその頭をふきとばした。


 断たれた頭が鮮血をまきちらしながら路上を転がる中、首から上を失ったボイドの身体は両腕を泳がせながら数歩よろめいた後、そのまま路面に崩れ落ちて――いかなかった。


 泥人形のようなもろさで路面に崩れると思われた直後。ボイドの首なし身体は逆に路面を勢いよく駆けぬけ、そのままキリコに飛びかかっていったのだ。


「な、なにぃ!?」


 予想だにしない展開にさしものキリコも驚愕した。それがキリコから一瞬の反応を奪いとり、ボイドに飛びつかせる隙をあたえてしまった。


 キリコに飛びつくやいなや、ボイドは両腕両足をその身体にからませて、キリコの身体を締めあげはじめた。強烈な圧迫力に全身の骨という骨が悲鳴をあげる。


(くっ、屍生人(グール)特有の怪力で骨をへし折るつもりかっ!?)


 そんな考えがキリコの脳裏をよぎったとき、ボイドの身に異変が生じた。両腕、両脚、腹部、背中。奇怪な肉こぶのうねりが全身のいたるところで発生したのだ。


 それは《御使い》による超魔態(アウゴエイディス)への前兆を思わせたが、すぐに別種の異変であることをキリコは知った。


「な、なんだ、これは……?」


 その光景におもわずキリコはうめいた。それも当然で、奇怪な肉こぶのうねりと並行するようにボイドの身体が膨張をはじめたのだ。


 さながらそれは、空気を注入されるゴム風船のようであった。


 キリコに抱きついたまま膨張を続けるボイドの身体は、やがて身をつつんでいた黒衣をひきちぎり、鋼の甲をもはじき、奇怪な異音を響かせながらさらに膨れあがっていく。キリコの面上に完全な理解の閃きが走ったのは、それからすぐのことだった。


「し、しまった、そういうことかっ!?」


 恐るべき可能性がキリコの脳裏に喚起された、まさにその瞬間であった。膨張の一途にあったボイドの身体がにわかに爆発したのだ。


 同時に発生した爆光の中にキリコの姿は消え、一瞬遅れて生じた轟音と爆風が大通り一帯に猛威をふるった。


 猛烈な風圧によって路肩の石塀がまるで泥壁のようなもろさで砕けとび、女性の腰ほどの太さがある植林樹の幹が異音を発してへし折れ、路面を構成する石と土とが土柱となって宙高く噴きあがり、一転して土砂の豪雨となって地上に降りそそいできた。


 ややあって、異変を知ったウイリバルト司教長をはじめとする教会の人間や、周辺に住む街の住民らが一人また一人と大通りに姿を見せてきた。


 すでに時刻は深夜のただ中であったが、あれだけの爆発音を聞いてはじっとしていられるわけもなく、皆、なにごとが生じたのかを確認しにやってきたのだ。


 十人、二十人と群衆の数は増え続け、最終的には百人前後の市民が大通りに集まり、そして、そこで見た光景は彼らから声を失わせるには十分であった。


 大通り一帯に濃霧のようにたちこめる、得体の知れない灰色の煙。


 幹の部分からへし折れた植林樹。


 原形をとどめていない路肩の石塀。


 路上に転がる数体の首のない屍体(しかばね)


 地中深くえぐられた路面上の巨大な窪み(クレーター)


 誰もが声すら出せずに、それら原因不明の惨事の痕跡をぼう然と見つめている。


 ここでなにが起きたのか、その答えを明確に口にできる者は誰もいなかった……。





 

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