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月見の井戸のルナ②

「うわあぁぁあぁぁっ!」


「ひえぇぇえぇぇっ!アラシぃ、もっと…っ…ゆっくり…っ!」


爆風が吹き付ける。


アラシが猛烈な勢いで飛ばしているからだ。周りを見る余裕は一切ない。振り落とされないように、しがみつくので精一杯だ。


優雅な空の旅を夢見た俺達は、確かに甘いかも知れない。でも、あんまりだ!



目的地、コンルートの街に着いて、やっと地面に降りられた俺とミュウは、とりあえず吐いた。


「もー、汚ねぇなー。ちゃんと鍛えないからだぞ?」


爽やかな笑顔が、もはや憎い!


「アラシ…速度、早過ぎ。息、出来なかった…。」


「ゆっくりは、飛べないのか?」


息も絶えだえの俺達のセリフに、アラシは目を丸くする。


「早く目的地に着きたいかと思って、最速で飛ばしたんだぜ?ダメだった?」


ありがたいが、迷惑だ。


「…ていうか、風切って飛ぶの、気持ち良くない?」


俺達は今、吐いたばっかりだよ。


次はアラシ的にゆ~~~っくり飛んで欲しいと懇願した。



アラシは街に着いてから、誰かと会話しているように、時々ブツブツ言っている。距離が近いから、もうルナと普通に会話できるらしい。


少し落ち着いてから、俺達は街の中心に向けて歩き始めた。ルナが閉じ込められているのは、街の中心にある井戸なんだそうだ。


こんな北の果てにある街なのに、街の規模も大きく、美しい街並み、石畳、背の高い建物、全てがこの街の豊かさを象徴している。


ただ、今の景気はよくないようで、貸し店舗の貼り紙が目立つ。街の人達からも、今ひとつ活気が感じられない。



しばらく歩いていくと、大きな広場に出た。これが中央広場なのか?


「……これ?」


「うん、間違いないな。」


確かに広場の中央に大きな井戸があり、たくさんの岩石で封じられている。もはや井戸としては使われなくなったのだろう。


「今日の仕事はわりとカンタン。ここからルナを出してやるだけ。」


アラシはそう言うと、俺達に増幅術を重ねがけするように指示した。なんでも、アラシは風の属性だから、土属性のものには魔法が効きにくいらしい。


俺達は増幅術を何度も重ねがけする。


アラシの魔力がどんどん高まっていくのを感じる。空気がビリビリしてきた時…。


「フライ!」


アラシの叫びと共に、井戸の中の岩石が全て空中に浮かび上がった。


広場には驚愕の悲鳴が響く。


街の皆さん、驚かせてしまって、大変申し訳ない…。


「ルナ!早く出ろ!あんま持たねぇ!」


井戸からは美女もドラゴンも出て来ない。なぜか、一匹のイモリがチョロチョロと出て来ただけだ。


「うし!落とすぜ!」


アラシの言葉と同時に、浮かび上がっていた岩石は、派手な音をたてて井戸に落ちていった。


周りにはいつの間にか、遠巻きにギャラリーが集まっている。

その人の輪を掻き分けて、60代くらいのおじさんが飛び出して来た。


「なっ、なんだね、君達は!」


周りの人達の言葉から、このおじさんが町長だと見当はついたけど…何と言えばいいのか…。


困っていたら、アラシが爽やか笑顔全開で、町長さんに事情を話してくれる。


「すみません。お騒がせしてしまって。オレ達、ドラゴンがからむ依頼を専門に受ける、ギルド《ライル》から派遣されて来ました。」


ドラゴンがからむと聞いて、周囲は一斉にざわめいた。


「救援要請だったんですが、無事に完了し、現状復帰も終わりましたので、ご心配には及びません。…驚かせてしまった事はお詫びします。すぐに立ち去りますから、勘弁してください。」


にっこり笑って立ち去ろうとするアラシ。町長さんや町の人もポカンとしているが、俺とミュウも同じくらい訳が分からない。


え?もう終わったのか?

ホントに帰っちゃっていいのか?


あっけなさ過ぎる初仕事に俺もミュウもオロオロする。


「待ってくれ。救援要請と言ったかね?こんな静かな街でドラゴンなんて、聞いた事もないが…。一体誰が…?」


町長さんが不審そうに尋ねる。


「ああ、ドラゴン本人からですよ。まぁ、ドラゴンと言ってもほんの小さな子です。」


アラシが掌を上に向けると、いつの間にかアラシの肩に乗っていたさっきのイモリが、チョロチョロと掌に降りてくる。


まさかとは思うが、これが…ドラゴン?



イモリはアラシの掌から、勢いよくジャンプすると、次の瞬間、とても綺麗な女の人に変身した。


群衆が大きくどよめく。


俺だって驚いたよ!ドラゴンって、イモリサイズもいるわけ!?


「私はルナ…。月見の井戸を、もう何百年も守ってきた…。」


声まで透き通るように美しいルナは、波打つ金色の髪に真っ白い肌、小柄な体に、柔らかそうなシルクのドレスを纏っている。


「月を映す清らかな水であるように、周囲の気をこの町に集めるように…私はいつも、この井戸と、この町を守ってきた…。」


町人も知らないところで、ルナはずっと町を守っていたのか。


「なのに、ある日突然、沢山の岩が落ちてきたの。」



ルナは、悲しそうに町長を見つめた。


「タールは謝ってたわ。毎日、毎日…。息子が勝手に埋めてしまったって。すまないって。…何度も…。」


タールと言う名に周囲がまたざわめいた。どうやら町長の父親、前町長の名前らしい。


「それは…もう水道もあるし、子供が落ちたら危ないと思って…!ドラゴンがいるなんて、父からも聞いた事がないぞ!?」


ルナは寂しげに笑う。


「タールはドラゴンだなんて、知らないもの…。」


月が綺麗な夜、ルナはイモリの姿のまま、井戸のフチまで出て、いつも月を見ていた。同じようにタールさんも、月夜には井戸に腰掛け、ウードを奏でた。


「月を愛でるなんて、風流なイモリだねぇ、って笑ってたわ。」


月夜に必ず井戸で会うイモリに、彼はなんとなく親近感を抱いたらしい。


会うと話しかけ、月を見ながらゆったりとウードを弾く。穏やかな時間を共有していた。


月が好きなイモリに、ルナという名前を付けたのも彼だった。


「優しくって、私タールが大好きだった。だから、井戸に封じられても、このままガマンするつもりだったの。」


でも、とルナは辛そうにうなだれた。


「…わかるの。タール、今重い病に罹ってる。このままだと死んでしまうわ。…だから、どうしても…井戸から出て、治療したかった。」


隣でミュウが息を飲んだのが分かる。ルナの切実な叫びは、タールさんを助けたい一心から出ていたんだな…。


ルナは俺達に報酬を渡すと、町長をしっかりと見つめ、頭を下げる。


「お願いします。1日だけでいいの。タールを治療させてください。」


町長に断る理由は無いだろう。アラシの目配せを受けて、俺達は静かにその場を後にした。


俺達の最初の依頼は、こうしてあっさりと完了した。


アラシによると、このように街の中にひっそりと共存しているドラゴンは、かなり多いらしい。ドラゴンと言っても、ルナのように小さなものも多いし、人に変化できるものも多いからだ。


共存しているからこそ、依頼も多い。


共存の中で生まれたドラゴンと人との軋轢を解消し、また仲良く暮らせるように調整するのが、俺達の仕事になるんだな。




街から少し離れた所で、ドラゴンに戻ったアラシの背に飛び乗る。


「アラシ、ほんっとに!ゆ~~~っくり!飛んでね!!」


ミュウが精一杯、力を込めてお願いする。さっきリバースしたからか、真剣そのものの表情だ。


「しょーがねぇなぁ。ま、最初はゆっくり飛んでやるよ。」


「最初だけじゃなくて…っうきゃあぁ!」


ぐんっ!とGがかかる。


でも、さすがに朝に比べると、かなりソフトな上昇だ。なんてったって、周りを見る余裕がある。


ぐんぐんと高度が上がり、町がミニチュアみたいに見える。町の周りに広がる田畑は、緑と茶のパッチワークだ。


「すっげえ~!気持ちいい!」


「町がおもちゃみたい!」


風を切る感じも、すごく気持ちいい!


ゆっくりと流れていく景色を見下ろし、優雅な空の旅を満喫。なんて贅沢なんだ…と思ったのも束の間、アラシはぐんぐんと速度を上げていく。


「ちょっ…アラシ…っ、もっとゆっくり…!」


「悪ぃ。ちんたら飛ぶのは性に合わない。…飛ばすぜ!」


えぇーっ!?

ちょっと待って…!


もはやそんな一言さえ口にできない高速で、アラシは空を駆け抜ける。


行って戻るだけで2週間はかかる依頼を、俺達はわずか2日でクリアするハメになった。

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