はじまり②
激戦だった。
女はありったけのドラゴンと、その主を率い、彼に襲いかかった。
彼とて手負いとはいえ、大人しく倒されたくはない。初めて、世界に散らばる下僕に念を送り、戦いへと招集した。
次々に名だたるヴァンパイアが飛来する。ドラゴンとその主達が迎え撃つ。戦場は拡大するばかりだ。
ついに「始祖」と対峙するのは女だけになった。ドラゴンの援護がないのはキツいが、人が近くにいるよりは戦いやすい。
女は覚悟を決め、渾身の聖魔術を放ち続けた。魔術を放つ度に、もはやヴァンパイアになってしまった我が身も焼ける。焦げた臭いと煙が辺りに広がるが、死んでも「始祖」だけは仕留めたかった。
女の名はアリア。
出産を機に、既に第一線を退いていたが、賢者と名高い聖魔術師だった。
腕の中で自らの愛息が灰になった時、全身の血が沸騰し、後の事はよく覚えていない。ただ、傷ひとつつかない筈だった「始祖」が、自らの攻撃で確実にダメージを負った事だけは理解出来た。
仇を討ちたい…!
「始祖」を討つなら今しかない。
アリアは冒険者だった時の仲間を通じ、ドラゴンと、彼らの主「ドラゴンマスター」を、集められるだけ集めた。始祖と戦える可能性があるのは、彼らだけだったから。
どれ程の時間、戦ったのか…
すでにヴァンパイアも人も、立っている者はごくわずかだった。
戦いに倒れた者はことごとく灰となり、人の形をした遺体は見受けられない。ドラゴンの巨大な遺体は数体。さすがにドラゴンの多くは生き残っているようだ。
…つまり、この戦いで、主をなくしたドラゴンが大半なのだろう。
そして、アリアと始祖の戦いも、決着が付こうとしていた。ついに始祖が動かなくなったのだ。
支配力が切れたのか、始祖の下僕であるヴァンパイアが、戦線から離脱し始めた。
しかし、アリアは手を緩めない。
始祖が灰になるまで、どうしても安心など出来ない。
魔力が尽きるまで聖魔法を放った。
生き残ったドラゴンマスターが杭も打ってくれた。
銀の剣も使った。
…それでも。
ついに始祖が灰になる事はなかった。
始祖以外のヴァンパイアが全てその場から消えても、灰にならない始祖の身体。途方に暮れるアリアに、そっと話しかけたのは、主を亡くした一匹のドラゴンだった。
人の形に化身して、優しく諭すようにアリアに語りかける。
「アリア、この石を使ってみてくれないか?龍聖石と言って、魔物を滅する力がある。普通のヴァンパイアなら一瞬で灰に出来る。」
本当は私の主が使う筈だった…、と悲しそうに呟いた後、アリアを真剣な面持ちで見つめる。
龍聖石は聖魔法を使える魔導師が使って初めて効果を現す。この場ではアリアしか使えないだろう。だが既にアリアもヴァンパイアだ。使えば自分も共に滅する事になるだろう。
でも、それでいい。
アリアは石に念じる。
魔力はもうほとんど残っていないから、自らの生命力も全て注ぎこんで。
石が、強烈な光を放った…。
石は、始祖を灰には出来なかった。砕け散ると共に、彼を封じる事が出来ただけ。
そしてアリアも…死ねなかった。
そう、気付いてはいた。
この尋常ではない回復力…。普通のヴァンパイアとは明らかに違う生命力。
彼女は、始祖と拮抗する程の力を手に入れてしまったようだった。
それは「死ねない体」になってしまったという事。
大切なあの子は死んでしまったのに、仇討ちも中途半端なまま。聖魔導師でありながら魔道に堕ち、罪を贖って死ぬことも出来ない。
彼女の嘆きは深く、慰める事すら憚られた。
この戦いで生き残った者達は、かたく誓う。まだ世界に散らばるヴァンパイア達を探し出し、根絶やしにする事を。
そして、アリアに龍聖石を託したドラゴンは、彼女にこう約束した。
「アリア、始祖をこの廃墟に封じよう。私がこの廃墟を根城にすれば、封印が解けたとしても、いち早く対処できる。」
封印が解けると言う言葉に、アリアの肩がビクリと震えた。
「大丈夫、私は聖龍だ。永い年月をかければ、また龍聖石を育む事が出来るだろう。」
封じればいい、何度でも。
いつか、どちらかが灰になれる、
その日まで。
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アリアが扉に凭れて感慨に耽っていた頃、カインもまたボンヤリと昨日アリアと交わしたばかりの話を思い出していた。
まだ成人に達していない、旅に出る権利もない筈のミュウが、さも当然のように街の人達から笑顔で送り出されるのがどうにも納得いかなかったせいかも知れない。
街を出る頃にはすっかりヘソを曲げて、会話をするのも億劫になってしまっていた。
「もー、ゴメンったら。でも一緒の方がカインも心強いでしょ…?」
最初は勢いが良かったミュウも、カインがあんまり無言で歩き続けるもんだから、だんだん声が小さくなってきている。
不安そうな顔になっているミュウには可哀想だが、それも仕方がない事かもしれない。
なんせカインも昨日始めて知らされたばかりの新事実で、頭がいっぱいいっぱいだったから。