怒りの土龍③
「ガンドルさん!アリアよ、分かる?ローブは脱げないから勘弁してね?」
うん、空気を読む気はないらしいな。
ガンドルさんは「アリア…?」と首を傾げてるけど、とりあえず毒気は抜かれてしまったらしい。
「アリア……アリアか!あの、ヴァ……アリアか!」
ヴァンパイアって言いかけて、思いとどまってくれた。こんなとこでヴァンパイアとか言ったら、大騒ぎくらいじゃ済まないもんね。
「お久しぶりです、ガンドルさん!」
アリアの声はとても楽しそうだ。
この様子だと、ガンドルさんも伝説仲間なんだろうか。
「なんだか大変な事になってるみたいだから、何かお手伝い出来ないかと思って…ユースさんの話もしたいから、お宅にお邪魔してもいいかしら?」
「ユース?なんであんたがユースを知っとるんじゃ」
「話せば長いのよ~。ここでは話し辛いから、あまり人がいない所で話したいんだけど」
ガンドルさんの怪訝な顔をものともせず、アリアはグイグイ交渉を続ける。
そうかぁ、ヴァンパイアの始祖の討伐に、いったいどうやって大量のドラゴンやドラゴンマスターを参加させたのかと思ってはいたけど…。
実はアリア、相当強引なタイプなんだな。
一緒に暮らしてた時は何もかもがゆったりと進むのどかな暮らしで、こんなグイグイ行くアリア、あんま見た事なかったなぁ。
アリアに押し負けたガンドルさんに連れられて、俺達はガンドルさん宅に入る。
入るなり口を開きかけたガンドルさんを押しとどめ、俺達にも口を開かないようにジェスチャーで伝えると、アリアは何やら精神統一を始めた。
「……………」
「……………」
訳も分からずアリアを見守る。
しばらくそうしていたかと思うと、アリアはいきなり呪文を唱え始めた。
「……………!!」
詠唱を終えたかと思うと、突然バッと顔をあげる。
うっとおしそうにローブを脱いだアリアは、明らかに落胆した顔をしていた。
「残念、逃げられちゃったわ。ついでにダメージ与えてやろうと思ったのに」
「な、なんじゃ?なんの事じゃ」
ガンドルさんが思いっきり不審そうにアリアを見ている。
だよな。今ここでアリアの動きの意味を理解できた奴なんかいないだろう。アリアは困ったように小さく笑っている。
「 ユースさんの旦那さん、相当ね。盗聴魔法が仕掛けられてたわ。解除ついでに術者…旦那さんにダメージ与えようとしたんだけど、逃げられちゃったの」
うっわサイテーだ…。ストーカーかよ。つーか10年以上もの間これかと思うとヒくよなぁ。さすがのガンドルさんも青ざめている。
アリアはしばらくの間あれこれ呪文を唱えていたけど、満足したのかようやく柔らかそうなソファーに腰を落ちつけた。
「とりあえず思いつく限りの解呪と、音を遮断する魔法はかけておいたわ。さすがにこれなら大丈夫だと思うけど」
にっこりと笑うアリアに、ガンドルさんはぐったりしたように肩を落としてみせた。
「ユースめ…とんでもない男に引っ掛かりおって…」
「ふふ、そう思っていながらあの男を仕留めないガンドルさんも素敵ですよ。まだユースさんが思い切れてないからでしょう?」
ニコニコとアリアが怖い事を言う。仕留めるって…いわゆる…。俺の戦慄には気付かず、アリアとガンドルさんの話は淡々と進んで行った。
「そんで、なんでお前さんがユースの事を知っとるんじゃ」
ガンドルさんから出たのは、当然の問いかけだ。そしてアリアも、さも当然の事のように答える。
「ああ、だって今、ユースさんウチにいるから」
「はあ!?」
あっけにとられ、ガンドルさんはポカンと口を開けて呆れている。…気持ちは分かります、ガンドルさん。
「…経緯はオレから話しますよ」
アリアのあっさりし過ぎた説明に、わけが分からない様子のガンドルさん。見兼ねてアラシが、ユースさん、そしてガンドルさんからは孫にあたるサイと、俺達がどうやって出会い今に至るのかを、掻い摘んで説明してくれた。
元旦那の呪いで死にかけていた、という話を眉間に深い皺を寄せて聞いていたガンドルさんは、小さな声で「バカもんが…!」と呟く。
その声は、とても悲しそうで…そして優しさに満ちていた。
「そんじゃあ、ユースはお前さんの所で静養しとるんじゃな。…世話をかけて済まなんだ。お前さんが聖魔法を使うのは、それなりにキツいじゃろうに」
申し訳なさそうに詫びるガンドルさんに、もはや気難しい頑固ジジイのイメージはない。娘を案じる、不器用な優しいお爺さんだ。
そこにいきなり、乱暴に扉を叩く音が響いた。
「お義父さん!!お義父さん!!開けて下さい!!ユースに、ユースに何かあったんじゃないですか!?」
途端にガンドルさんが、鬼のような形相になった。
「煩いわい!どのツラ下げて来よった!お主のせいでユースは死にかけとるんじゃ!帰れ!!」
「やっぱり…!ユースがっ…ユースが居るんですか!?お願いですお義父さん!ここを開けて下さい!」
「誰が開けるかバカ者がぁ!第一お主に父と呼ばれる筋合いもないわ!ユースはここには居らん、帰れ!」
激しくドアを叩く音に負けない声量で怒鳴りあう二人は、素直に怖い。ユースさんはともかく、サイを連れて来なくて本当に良かった。教育に良くないよ…。
あ…ドアを叩く音が弱くなってきた…?
「…でも僕の術を破った人がそこに居るでしょう…!僕に聞かれたくないのなんか、ユースとサイの事に決まってるじゃないですか!」
…普通に盗聴は何だって嫌だとは思うけど、口を挟める雰囲気じゃないよな。アリアも「ストーカーは怖いわねー」と小さく呟いている。
ドアの向こうの声は、段々と涙混じりの声になってきた。
「お願いです…!僕にしかその呪いは解けないんだ…!このままじゃ呪いが進行してユースが死んでしまう!居場所を教えて下さい!」
ガンドルさんはフン!と鼻を鳴らすと
「煩いわい!殊勝なフリしおってからに!その恐ろしい呪いをかけたのはお主自身じゃろうが…!」
「ユースが僕から本当に離れるなんて…こんなにずっと、側にいないなんて…思わなかったんです…」
最後は消え入るような声で、聞き取るのがやっとだった。ガンドルさんもさすがに苦い顔をしている。
何を思ったか、そんなガンドルさんの顔をアリアがひょいっと覗きこんだ。
「ガンドルさん、家の中に入れてあげたら?ご近所さんの目もあるし」
ア…アリア…!
ご近所さんって…空気読んで…!
ガンドルさんも「何を言っとるんじゃ」的な目で見てるじゃないか。俺のヤキモキした気持ちも知らず、アリアは朗らかに笑っている。
「大丈夫よ、ガンドルさん。ドラゴンが2体もいるんだし…第一私を誰だと思ってるの?いざとなったら一発KOしてあげるわ」
アリアならまぁ出来るだろうなぁ。ガンドルさんは困ったように笑い出し、アラシは横を向いて笑いを堪えている。何となく恥ずかしいのは何でなんだろう。
「本当に昔っからあんたには敵わんな、全く。こだわっとるのがバカバカしくなるわい」
眉を下げるガンドルさんを、アリアはニコニコと見守っている。その笑顔に後押しされるように、ガンドルさんはゆっくりと扉に近づいて行った。
なんだかこっちまで緊張する…!
ガンドルさんがドアノブに手をかけ、ついに扉が開かれた。