怒りの土龍②
「最っ底な男ね…!」
ん?
唸るようにくぐもってはいるけど、この声は…。
「アリア!」
しかめっ面で腕組みして立っている。
珍しいな、自分で起きてくるなんて!
俺の驚愕にも気付かず、アリアは眉間に皺を寄せてプリプリと怒っていた。
「我が子を実験台にしたあげく、愛する妻に呪いをかけるだなんて…!ユースさんには悪いけど、私絶対に許せない。天誅だわ!」
うわー…伝説のヴァンパイアに天誅とか言われてるよ。マッド魔術師、死んだな。
「ユースさんには悪いけどって…別に悪くないだろ。ユースさんだってそんなヤツ、生きてるだけで怖いだろうし」
俺がそう言うと、アリアはにっこり笑って俺のおでこを軽く弾いた。
「旅に出て少し逞しくはなったけど、カインもまだまだ子供なのね」
ガーン…。え、今何がダメだったんだ?
「人間ごとき、ユースさんが本気で戦えば敵じゃないわ。それでもユースさんの方が逃げまわってる…どうしてだと思う?」
確かに。ユースさんはでっっかいドラゴンだった。戦えば凄腕の魔術師といえど勝てる見込みは薄いだろう。
「そっか…ユースさんは戦わない事を選んだのね…。」
ミュウがポツリと言う。…まさかユースさんはまだ、マッド魔術師の事好きなんだろうか。怖くて聞けない…。
「とりあえず、ガンドルさんの説得には私が一緒に行くわ」
アリアが毅然とした態度で言い放つ。
よっぽど怒ってるんだろうなぁ。
「それは助かります!アリアさんなら、ガンドルさんも話聞いてくれそうですしね」
「今後の話もあるし、事情はきちんと説明した方がいいでしょうしね」
ホッとした様子のアラシにアリアは一つ頷いて、今度は聖母のように優しい表情でサイに微笑んだ。
「サイちゃんは危険だから今回はお留守番。ここでお母さんと一緒に待ってて」
「えっ?ぼくも行きたい!!」
「ダメよ。お母さんが今だにお爺ちゃんのところに帰れないのは、まだそこが安全じゃないからよ。…少なくとも、お母さんはそう思ってる。私達が安全かどうか見てくるから、待ってて?」
サイは悲しそうな顔でユースさんを見るけど、ユースさんは黙って顔を横に振る。もう10年以上前の話だよな?そんなに執念深い感じなのか…マッド魔術師…。
目に涙をいっぱい溜めて見上げてくるサイの頭を、俺はぐしゃぐしゃと掻き回した。
「サイ、俺達がしっかり解決してくるから…俺達に任せろ!」
「カイン…!」
あ~あ、眉毛がハの字になってんな~。
可哀想だけど、連れて行って何かあったらシャレにならない。ここは心を鬼にしないとな。同じ気持ちだったのか、今にも泣き出しそうなサイの額を、アラシがコツンと小突く。
「サイ、カインと契約したいんだろう?あんま困らせるな。」
「うう…。」
サイは額を抑えて唸り…がっくりと肩を落とした。ついに諦めたか。
「待ってる…から…早く帰ってきて…」
フルフルと肩が震えている。
頑張れ、こらえろよ?男の子だろ!
「あはは可愛い~!なんかしゅんとした耳としっぽが見えるっ!」
隣から弾けるような笑い声が上がったと思ったらミュウだった。サイをぎゅうぎゅう抱きしめながら、可愛い可愛いと頭をわしゃわしゃしている。
ユースさんの前で犬扱いとは勇者だな。
チラっとユースさんを見たら、微笑ましいって感じの顔でニコニしてたから、とりあえず良しとする。
メソメソ泣いてるサイと、やっぱり心配そうなユースさんに見送られ、俺達はアラーショに向けて旅立つ事になった。
「アリア、マジでその格好で行くのか?」
「何よ、陽にあたると火傷するって、カインが一番知ってるじゃない」
知ってるけど…確かめずにいられなかったんだよ。
黒い全身を覆うローブ、目深にかぶったフードは鼻まで隠している。さらに手足はもちろん目の下から首までも布で覆ってるから、パッと見黒い怪しい人だ。
…変質者っぽい。
もしくはいかれた魔術師っぽい。
「アラシくん、乗せて飛んでくれるんでしょう?風龍は飛ばすから、完全武装で行かないとね」
全身真っ黒のアリアがそう言って軽く肩を叩くと、アラシは「頑張ります!!」とかなり張り切ってしまった。
これからの旅路が思いやられる…。
あいにくアラシもアリアもアラーショには行った事がないみたいで、最寄りの街まで転移で飛んだ後は、やっぱりアラシに飛んでもらうしかないらしい。
アラシが頑張って飛んで2時間、ゆっくり飛んで3時間の地獄の旅だ。
ユースさんとサイに手を振ると、名残を惜しむ間もなく見知らぬ街中にいた。
「ちょ、早くない!?」
「うふふ、ドラゴンの背に乗って飛ぶの、大好きなんだもの」
慌てる俺の手を引いて、アリアはグイグイ進んで行く。いつもはおっとりなアリアが、見違えるみたいに行動的だ。考えてみれば昔は冒険者だったんだから、これが本来の姿だったりしてな。
「風が気持ちいい~!!」
アラシの背の上で、全身に風を受けてはしゃぐアリア。さすがに今日はアラシもゆっくり飛んでくれている。
あれから速攻で街の外に出て、すぐにアラシ便に乗車した俺達。いつになく快適な空の便に、思わずテンションも上がる。
「アラシゆっくり飛べるんじゃないの!いつもこれくらいで飛んでくれればいいのに」
よく言った、ミュウ!
ホントこれなら気持ちいいし、絶対吐かないと思う。でもアラシの答えは無情だった。
「今日はアリアさんがいるから特別なんだよ。お前らにここまでの気は使わないからな」
そんな殺生な…。
会話が出来るくらいのスピード重要だと思うけど。アリアは会話を聞きながら屈託なく笑っている。
楽しそうな笑い声を聞きながら、俺はアリアも時々冒険に出た方がいいんだろうな…と考えていた。
村の暮らしはゆっくりしていて心地いいけど、アリアみたいに実力があるなら太陽の光を避けつつでも、こうして外に出るのも重要な気がする。
まぁ…人類の敵ヴァンパイアだから、そう簡単な事じゃないのかも知れないけど。
そんな事を考えているうちに、ついにアラーショの街についた。街から少し離れた場所で降り、アラシも人型になって街に入る。
街に入った途端、街の人達から次々に声をかけられた。
「あんた、何ちゅう格好しとるんじゃ!」
「そんなローブ早く脱がんと、ガンドル爺さんに目ぇつけられるぞ」
「あんた魔術師か?悪い事は言わんで、街から早よぅ出るんじゃ」
皆一様に、アリアの怪しげなローブ姿を見ては心配げに忠告してくれる。ガンドルさんは想像以上に魔術師に辛くあたっているらしい。
「そのガンドルさんに用事があって尋ねて来たんですが…ガンドルさんの家を教えていただけますか?」
そんな親切な街の人達を捕まえて、ド直球で尋ねるアラシ。いつ見ても男らしい。街の人々がザワザワと驚きの声をあげる中、押しつぶされそうな威圧感を放ちながら、一人のお爺さんが歩み出てきた。
「ほう…そんな格好でワシに会いに来るとは剛毅じゃのう。…ヌシら、何者じゃ」
「ガンドルさん!!久しぶり~!!」
アリアがガンドルさんに飛びついた。
俺達を品定めするように厳しい表情だったガンドルさんも、怪しいローブからの突然のハグに目を白黒させている。
「ア、アリア!空気読んで!!」
ミュウの指摘も最もだと思う…。
街の人達、固まってるし。