怒りの土龍①
「う~…ん、どうしようかしらぁ。あなた達、簡単なのばっかりでも飽きるでしょう?」
ギルドのお姉さんはゴソゴソと依頼書の束をかき分けている。
「あった!これどう?討伐か説得か微妙な案件」
さっと依頼書を手にとり、アラシがさらっと検分する。
「アラーショの街…ここも古くから、ドラゴンが守る街って有名なところだろう?…確か土龍の爺さんが娘と住んでたんじゃなかったか?」
「そうそう。そのお爺さんについての依頼なのよ」
しばらく依頼書を読み込んでいたアラシは嫌そうな顔をした。
「これ面倒くさそうだぞ?土龍つったら頑固親父が多そうじゃん。俺達若造が行ったところで話も聞いて貰えねぇんじゃないか?」
お姉さんはそれを聞いて、あはは、と楽しそうに笑っている。
「笑い事じゃねぇよ~。娘が人間と駆け落ちして、怒ってる土龍の説得とか…若造ばっかでしかも人間が二人いるパーティーに頼む依頼じゃねぇだろう」
アラシの抗議にも、お姉さんは笑うだけだ。
「しかも属性正反対だものねぇ!でもこのガンドルさんは頑固な感じじゃないのよ?元々は人間も大好きだったんだもの」
「ガンドル…?」
可愛い声が土龍の名前をなぞるようにつぶやいた。サイが不思議そうにアラシを見上げている。
「サイ、どうかした?ガンドルって土龍に心あたりあるの?」
ミュウがサイに目線を合わせてやりながら優しく聞く。本当にこいつ、ちびっ子には優しいよな。
「ぼくのお爺ちゃんの名前もガンドル…。」
えっ!?
「ちょっ!アラシ、さっき街の名前なんて言った!?」
「え?アラーショ。」
「サイ!お爺ちゃんアラーショに住んでるの!?」
ミュウに詰め寄られ、サイはオロオロと視線を彷徨わせた。
「ぼくわかんない…。かーちゃんに聞いただけで、会った事ないもん」
がっくりするミュウ。
まぁしょうがないんじゃないか…?
でも、サイもお母さんのユースさんも土龍だし、マジでサイの爺ちゃんなのかも知れない。
「しかし…ガンドルって土龍が本当にサイの爺さんなら…依頼書にあるみたいな、簡単な内容じゃないかもな」
アラシが渋い顔でつぶやいた。
そう…だよね…。
ユースさんは深刻な呪いをかけられていた。最高位の聖魔術師アリアでさえ、すぐには完治できなかったくらいの深い呪いだ。
もしかしたらガンドルさんの怒りは、駆け落ちとかとは次元が違う話かも知れないんだ。
「でも、サイのお爺さんかも知れないんだったら、それこそこの依頼、私達がやるしかないんじゃない?」
そうだよな。ミュウの意見に俺も賛成だ。それに確かめないと気になってしょうがないし。
「あのさ、とりあえず俺達の村に戻って、ユースさんに確かめてみないか?そしたらハッキリするよな?」
そう、提案してみた。
アラシはそれでも「う~ん…」と呻いていたけど、しばらくして頷いてくれた。
「しょうがねえなぁ…。じゃ、とりあえずまだ依頼は請けねぇで、一旦真偽の程を確かめに行くか。」
そうと決まれば話は早い。
アラシの転移を使ってひとっ飛び、一瞬で俺達の村に降りたった。
「ただいまーっ!!」
バァン!と勢いよくドアを開け、我が家へ帰る。まだ日中だからアリアは爆睡中だと思うけど、サイのお母さんのユースさんはきっと起きている筈だ。
「サイ!皆も…どうしたの!?」
びっくり顔のユースさん。サイはユースさんを見るなり、溢れるような笑顔でユースさんに飛びついた。
「かーちゃん、ただいま!!」
しっかりとサイを受け止め、幸せそうに微笑むユースさん。「おかえりなさい!」と優しくサイの頭を撫でている。俺達にも一人ひとりに「おかえりなさい」を言ってくれるのが嬉しい。
次いで眉をよせ、ユースさんは凄く心配そうな顔になった。
「こんなに急に帰ってくるなんて…何か問題でもあった?アリアさんを起こしましょうか?」
「あー、今日はユースさんに用事なんですよ。ちょっと聞きたい事がありまして。…お時間いただけますか?」
アラシの様子に少し不安げな顔をしながらも、ユースさんは頷く。アラシが説明する間、俺はミュウと一緒に久しぶりの我が家でお茶の用意をしていた。
懐かしいなぁ、この感じ。
「そう…そんな依頼が…」
お茶を持って居間に入ると、ユースさんの呟きが聞こえてきた。大体おおまか話し終えた感じかな?ユースさん、心なしか元気がないみたいに見えるけど…。
「 あなた達の想像通り、アラーショの街は私の故郷…。そしてガンドルは私の父よ」
「ぼくの…お爺ちゃん…」
ユースさんが肯定すると、サイは噛み締めるように呟いて、嬉しそうに笑った。ユースさんはその姿を、なんだか寂しげに見つめている。
「お父様…荒れているのかしら…?」
「いや、暴れたりってのはないみたいなんだが、街を封鎖したり魔術師を弾圧したりで街人も困ってるらしくて」
「そう…」
俯き、手の平で額を押さえるユースさん。切なげにため息をつく姿に、俺達は声がかけられなかった。
「無理もないわ…」
ゆっくりと、ユースさんが語り始める。ユースさんが話してくれた内容は、まだそれなりにガキな俺には、ちょっとヘビーだったかも知れない。
そもそもの事の発端はもう30年以上も前の事だ。大恋愛の末、ガンドル爺さんの猛烈な反対を押し切って、ユースさんは駆け落ちした。
相手の男は若い魔術師。才能と野望に満ち溢れた、なかなかのマッドなタイプだったらしい。
それから20年程は、駆け落ちした先でひっそりと…でも幸せな日々を送りながら、ガンドルさんの怒りが解けるのをゆっくりと待っていた二人。
ドラゴンの時間軸、長過ぎてなんかピンとこないけど、さすがに20年も経つ頃には、普通に里帰り出来るくらいまでに関係は回復していたんだそうだ。
でも、ユースさんが身籠った頃から状況が一変する。
ダンナのマッド魔術師が、不敵な笑いを浮かべながら部屋に籠るようになったかと思うと、生まれたばかりの子供…サイを、あろう事か魔術の実験台に使おうとし始めた。
ユースさんは当然のごとく恐怖する。
確かにドラゴンは長命故か、繁殖力がかなり弱い種族だ。特にユースさん達…地龍は、体がデカくて長命だから、子供が生まれる事すら何百年に一度のレアな事ではある。
ダンナであるマッド魔術師にとっては、またとない研究材料に思えたんだろう。
日に日に酷くなるデータ取りと得体の知れない実験に、我が子の身の危険を感じたユースさんは、ある日逃げた。
サイを連れ、ガンドルさんの住むアラーショを目指し、必死で逃げて、逃げて。
でも、アラーショにやっとの思いで辿りついたユースさんを待っていたのは、転移魔法で先回りしていたマッド魔術師だった。
「困った人だね」
優しく笑いながら、マッド魔術師はユースさんに呪いをかけた。ジワジワと体を蝕み、最後には命を奪う程の恐ろしい呪い。
「大丈夫、術者の側にいれば進行しない呪いなんだ。僕の側に居さえすればないも同然の呪いだからね、心配いらないよ」
笑顔でそう言ったマッド魔術師が心底恐ろしくなったユースさんは、ドラゴンに姿を変えてまで、彼から逃げ出した。
サイを連れ、彼に捕まらないように逃げ回る毎日に疲れ果て、呪いは次第に身を蝕んでいく…俺達に会ったのは、そのあげくの事だったんだ。