砂漠の塔③
砂漠の塔に戻ってみると、そこはもぬけの殻だった。
最上階まで登ってみたけど誰もいない。兵士のお兄さんはきっと、俺達を追って外に出たんだろう。
「しゃーねぇな、オレが外を探してみる。」
「待って!僕も連れて行って…!」
外に出ようとするアラシに、シルクが追いすがる。
「悪いが飛ぶからな、足手まといだ。」
意外とアラシは容赦がない。
まぁでも俺達もお勧めはしないよな。
「あのね、ホントにやめといた方がいいわよ。」
「俺達も初めて乗せて貰った時、吐いたしな。」
やんわりとシルクを止める俺達の言葉に、アラシはなぜか憮然としている。いつもの爽やかイケメンぶりが台無しだぞ?
ジロリとこちらを見てから、無言のまま塔を出て行こうとするアラシ。扉を閉める寸前、ふと足が止まってなぜかシルクをじっと見つめている。
「そういや…お前人間に変化出来るか?」
聞いたアラシに、シルクは悲しげに首を横に振る。
「そうか…やっぱりな。しょうがねぇ、これ着けてみろ。」
アラシはデカい飾りがついたピアスを、シルクにそっと差し出す。
それを身につけた途端、シルクはとても愛らしい女の子に変化した。抜けるような白い肌。スミレ色の瞳に金色の髪だが、全体的に淡い色で、儚い印象だ。
「…女の子だったのね。」
驚いたミュウが思わず、と言った口調で呟くとシルクは首を横に振る。
「まだ分化してないから、どっちになるかわかんない…。」
それに驚いたのはアラシとサイだ。
「へ!?普通性別は決まってるよな?」
「僕、幻龍だから…。」
シルクの言葉に、二人はあんぐりと口を開けている。
「珍しいの?」
「珍しい…。めっちゃ珍しい。俺でも初めて見る。」
ギルドにも入ってるアラシがそう言うくらいなら、相当珍しいんだろうなぁ。アラシは真剣な顔でシルクに向き直った。
「じゃあ注意事項だ。そのピアスがあれば、人型にもドラゴンにもなれるが…その事は誰にも言うな。あと、幻龍だって事もな。」
シルクが怪訝な顔をしながらもしっかり頷くのを見届けて、アラシは塔を出て行った。アラシの事だから、そう時間もかけずに兵士のお兄さんを見つけて、連れ帰ってくれるだろう。
そう判断して、俺とミュウは勝手にキッチンを借りる事にした。
兵士のお兄さんはシルクが攫われた事で気が動転してるだろうし、俺達もこの騒動で疲れたし。落ち着いて話し合うためにも、お茶の用意は意外と重要だ。
キッチンは意外とスッキリと片付いていた。調味料や食器類は几帳面に並べられ、掃除も行き届いてピカピカに磨き上げられている。
あの兵士のお兄さんは、意外とキレイ好きなんだな。感心しながらお茶の用意をしていると、バァン!と扉が開く音がした。
「帰ったぞー!!」
キッチンから顔を出すと、アラシと…羽交い締めにされている兵士のお兄さんが見えた。相当暴れたんだろうなぁ、兵士のお兄さん。まぁ、当たり前か。
「ごめんなさい!!お兄さん!!」
シルクが泣きながら兵士のお兄さんに飛びついた。…が、兵士のお兄さんはもちろん困惑顔でアタフタしている。
そりゃそうだ。
攫われたチビ龍の心配をしていたら、見た事もない儚げな美少女(見た目)に抱きつかれ、泣きながら謝られるという混乱の事態。ビックリしないワケがないよな。
兵士のお兄さんは顔を真っ赤にして、「あ、あの、君は…?」と言いかけ、ハッとしたように真顔になった。
「違うし!チビはどこだ!お前らが攫ったんだろう!!無事なのか!?」
ジタバタと暴れている。アラシはため息をつきながら、羽交い締めている腕にさらに力をこめた。
「まったく…。いきなりその姿で、こいつが分かるワケないだろう。一旦ドラゴンの姿に戻れば?」
アラシに呆れ顔で見られ、シルクは一瞬キョトンとした後、「あっ!」と声をあげ、変化を解いた。
可愛らしいチビ龍が現れる。
「へ!?…あれ?」
兵士のお兄さんは超マヌケ顔で目を白黒させている。アラシはめんどくさそうに羽交い締めを解除した。暴れるのを抑えつけておくのも結構大変だったらしい。
兵士のお兄さんは、おずおずとチビ龍に近付き…「え?ほんとにお前…チビか?」と、震える手で頭を撫でる。シルクは再びドシン!と兵士のお兄さんの胸に飛び込んで、「ごめんなさい!ごめんなさい!」と謝った。
「あ…この手触り…ホンモノなんだな…。良かったよ、無事で…。」
シルクを抱っこしたまま、脱力したように座り込む兵士のお兄さん。本当に心配したんだろう。
…悪い事しちゃったなぁ。
兵士のお兄さんはひとしきりシルクを抱きしめたり撫でたり、再会を喜びあったあと、やっと落ち着いてくれた。
今は俺達が淹れたコーヒーを飲みながら、これまでの経緯をおとなしく聞いてくれている。もちろんシルクは膝に抱っこしたままだ。
まだ俺達を信頼できないって事だろう。
…まぁ、当たり前か。
「…話は大体分かった。」
兵士のお兄さんは大きくため息をついた。
「それにしても…チビ、喋れるなら俺達に相談してくれよ、そんな事…。どれだけ心配したと思ってるんだ。」
優しく叱る兵士のお兄さん。
シルクは「ごめんなさい…。」と、シュンとしている。
兵士のお兄さんはニコニコと笑いながら「分かればいいんだ。」とシルクの頭を撫でた。本当に可愛がられてるんだなぁ。こんなヤツに心配かけちゃダメだよ、シルク…。
そこに、バァーーーーン!!!と派手な音を立てて、ドアが開く。
「バカ野郎ーーーッ!!!」
乱入してきた男が、電光石火の早業で兵士のお兄さんをぶっ飛ばす。激しく転がりながらも、シルクをかばっているのはさすがだ。
「チビがさらわれただと!?何やってたんだ、スカポンタンっ!!」
仁王立ちでキレまくる、商人風のお兄さん。スカポンタンって久しぶりに聞いたなぁ。
…じゃないや、もしかしてこの商人さんって…。
「ごめんなさいっ!!!」
弾丸のようにシルクが飛び出す。
商人のお兄さんに、ドォーーーン!と音を立ててぶつかった。
「うおぉ!?」
勢いに押されて尻餅をついたが、この商人のお兄さんも無意識にシルクだけは守るように抱いている。
「あ…あれ?…チビ?お前、さらわれたって…。」
放心したような顔の商人さんに、シルクが、必死で謝る。
「ごめんなさいっ!お願いプレザーブ様、お兄さんを怒らないで!」
「へ?え…?え…?なんで?チビ、喋れるのか?」
あ、やっぱりこの人がプレザーブさんなんだね。
尻餅ついたまま、何がなんだか分からない様子のプレザーブさん。それにしても思ってたより元気のいい人だな。もっと落ち着いた大人っぽい人だと思ってたけど。
「ああ、喋れるんだとさ。父ちゃんや母ちゃんにどうしても会いたくなって、こいつらに頼んで塔を出ようとしたらしい。」
プレザーブさんに殴られた頬をさすりながら、兵士のお兄さんが、簡単に事情を説明してくれる。
「こいつら…?」
プレザーブさんの目が、やっと俺達に向いた。その目はかなり険しい。それを見たアラシが、爽やかに笑って話し始めた。
「初めまして。シルクのドラゴン仲間のアラシです。この度はご心配をおかけして申し訳ありませんでした。シルクがあまりにも家族に会いたそうだったので、つい乱暴な真似をしてしまって。」
うわぁ出たよ、アラシの「大人の対応」。