砂漠の塔③
塔を出てわずか数歩で、塔の中から叫び声が聞こえてきた。
「やっべ…皆、手をつなげ!転移する!」
アラシの声に、皆慌てて手をつなぐ。
一瞬ののち、俺達はギルドに戻ってきていた。
はぁ~…と、息をつく。
それから顔を見合わせて、肩を叩き合った。
「救出成功!!」
ホント、うまく行って良かった!
「短いバカンスだったな~。」
アラシはすごく残念そうだ。確かに、まだまる1日すら遊んでない。仕切り直しでもう1回遊びに行くとか、ナシだろうか。
そんな事を考えていたら、懐の中のチビ龍が、もぞもぞと動き始める。
「おっ、起きたか。」
目を覚まして、キョロキョロと周りを見回した。
「あはっ、か~わいい!」
ミュウが相好を崩しながら、俺の懐からチビ龍を抱き上げる。チビ龍は焦ったようにジタバタと暴れた。
「あっ…あなた達、だぁれ?」
鈴のような声が、チビ龍から…。
「扉突き破って出てきた割には、儚げな声ね~。そこも可愛い!」
ミュウの頬ずりをジタバタしながら避けようとするチビ龍。確かに可愛い。
「よう、目ぇ覚めたか?」
アラシが爽やかにチビ龍に笑いかけた。
「あっ…その声は…あなたがあの塔から…助けてくれたの?」
「そっ、こいつらと一緒にな。」
すると、チビ龍は余程嬉しかったのか、ミュウの腕から飛び出ると、空中で何度も宙返りを繰り返した。
「ありがとう!ありがとう!やっと自由だぁ!!」
思う存分喜びを表現し、やっと落ち着いたらしいチビ龍は、パタパタと羽根を動かしながら、空中でホバリングしている。
「ところで…ここ、どこ?」
「ああ、ドラゴンのためのギルドだ。さっきまでお前がいた砂漠の塔からは、絶対来れない距離だから、安心していいぞ。」
俺は安心させようと思って言ったんだけど、チビ龍は何故か浮かない顔をしている。
「どうしたの?」
ミュウも心配げだ。
「あの…塔を守ってた、お兄さんは…?」
「へ?ああ、目隠しして転がして来たから、今頃青くなってお前を探してるんじゃないか?」
俺が答えると、チビ龍はシュンと項垂れてしまった。
「心配…してるよね。」
アラシはチビ龍をチラっと見て、そりゃあなぁ…と呟く。
「お前の心配もだろうが、自分の命の心配もしてるだろうな。」
その言葉に、チビ龍は目を見開いた。
「え!どうして!?お兄さん死んじゃうの!?」
「最悪な。お前を逃がしちまったんだ。雇い主次第だろう。」
「そ、そんな…。」
チビ龍は真っ青になっている。
「どうしよう…。お兄さん、優しい人なんだ!いつも、話しかけてくれたんだ…!死んじゃうなんて、そんな…。」
「だから、雇い主次第だって。あんな塔に護衛付きで飼うからには、お前の事大事にしてたんだろ?それを逃がしたとなりゃ、そりゃ怒るだろうし…。」
泣き出したチビ龍に、アラシが困ったように説明する。
「…そうよね…確かに…。この子の部屋、すごい豪華だったものね。」
「だな。可愛がられてる感、ハンパなかったよな。」
ミュウの言葉に、俺も同意する。
少なくとも酷い待遇ではなかったと思う。
「ねぇ、あの兵士さんの雇い主…君を閉じ込めてた人って、どんな人なの?」
ミュウが優しく尋く。
ひっく、ひっく、としゃくりあげながら、チビ龍は「えっと…プレザーブ様、優しい人…。」と、話し始めた。
チビ龍:シルクを買ったのは、まだ若い豪商、プレザーブ。
競りに競ってシルクを手に入れたプレザーブは、怯えきったシルクを自宅に連れ帰ると、早速居心地のいい一部屋を与え、大事に飼い始める。窓からは色とりどりの景色、街の喧騒、語らい、行き交う人々…。様々なものを見る事が出来た。
豪商プレザーブは、忙しいながらもシルクのもとを頻繁に訪れたし、メイドのお姉さんも護衛のお兄さんも、シルクの事を猫可愛がりしてくれる。両親と離れ離れで寂しさや不安はあったものの、シルクはその街で、それなりに幸せに暮らしていたんだ。
でも、その幸せは長くは続かなかった。
いつも窓から外を眺めているチビ龍の存在はやがて噂になり、頻繁に賊に狙われるようになる。護衛のお兄さんが毎回撃退するものの、被害はだんだんと大きくなっていった。シルクが攫われかけ、ケガをした事も一度や二度ではない。
ついに、豪商プレザーブも決意した。
シルクに危険が及ばないように、護衛のお兄さんを付けて、こっそりと街から離れさせ、あの塔に避難させた。
それから10年。
今や賊の被害も一切ない代わりに、シルクはとてつもなく暇な日々を過ごしていた。
塔には窓すらなく、話し相手は兵士のお兄さんだけ。代わり映えしない毎日が続けば、だんだんと両親が恋しくなってくる。
「プレザーブ様、たま~にしか来てくれないし…っ!お兄さんも大事にしてくれるけど…僕…。僕…!父様や母様に会いたくて…!」
それを聞いて、アラシは頭を抱えてしまった。
「…まいったな…。駄々っ子の家出レベルだ…。」
言葉は悪いが、確かにそうかも。切迫した状況は感じない。確かに父親や母親の事は心配だろうから、会いたいのは当然だと思う。ただプレザーブってヤツは、いいヤツそうだし…。
「なぁお前、プレザーブってヤツに、今の言った事あるのか?」
チビ龍はきょとんとした顔で俺を見上げる。
「…そんな事…。父様も母様も、人間の前で喋っちゃいけないって言ってたもん…。」
「え、俺達…人間だけど。」
「えっ!?嘘??…え?だって念話で話した時ドラゴンだって…。」
途端に慌て出すシルク。アラシは苦笑いしながら説明している。
「ああ、念話で話したのはオレだ。オレとこいつはドラゴンで、あとの二人は人間だよ。一緒に冒険する仲間なんだ。」
シルクは目を見開いて、全力で驚いている。俺とミュウの顔を穴が開くかってくらいガン見してくるから、ちょっと恥ずかしい。
「危なくないの?」
「こいつらは大丈夫。人間もドラゴンも一緒でさ、いいヤツもいりゃ悪いヤツもいるんだよ。」
至極当然の事を言って聞かせるアラシ。
チビ龍:シルクは目をくるくるさせて、アラシの言葉を理解しようと一生懸命なようだ。
「お前を攫ったのは悪いヤツ。こいつらは、お前が困ってると思って助けようとしてくれた…いいヤツだと思わないか?」
「…うん…。」
「じゃあ、プレザーブとか兵士の兄ちゃんはどうだ?」
「優しい…いい人。」
「だろ?信じられる人間になら、しゃべってもいいさ。こいつらだって大丈夫だっただろ?」
ゆっくりと、アラシはシルクが理解できるように話している。こういう時、アラシってやっぱり生きてる年数が違うんだなって再認識するよ。
アラシの言いたい事が理解できたのか、シルクは満面の笑みを見せた。
「…うん!分かった!」
素直な笑顔に、俺達も安心する。
「じゃあ一旦、砂漠の塔に戻らない?」
ミュウが優しく提案する。
こいつは年下には何故か優しいんだよな。あれか、母性本能とかいうヤツなんだろうか。
「本当に逃げ出したかったわけじゃないなら、兵士のお兄さんやプレザーブさんにちゃんと会って、自分の気持ち言った方がいいと思うわよ?」
シルクは涙をゴシゴシこすってから、「うん!」と大きく頷いた。
女装までして苦労して連れ出したのに、また送り届ける羽目になってしまったが、仕方ない。
皆で手をつないで、転移する。