砂漠の塔①
「ドラゴンもピンキリだって言っただろ?貧弱で珍しいヤツだと、金持ちのコレクションとかにされて、捕獲されたり売買される事もあるのさ。」
ひえぇ……。
今明かされる、ドラゴンの現実。
「驚く事でもないだろ?デカい街なら人間だって売ってるぜ?」
「ええっ!?」
驚愕。人間って売れるのか!?
俺とミュウは青くなった顔を見合わせた。
「知らなかったのか。結構多いぜ?借金のカタに奴隷とか。」
小さな平和な村で育った俺達には、見当もつかない世界だ。
村からでたらまっすぐギルドに向かったし、俺達が知ってるのは依頼で行った街だけだ。俺達はかなり世間知らずなのかも知れない。
「ま、それは置いといて…どうする?さっきから、あの塔のドラゴンが引っ切り無しに、助けてー!見捨てるのか!って煩いんだけど。」
アラシがかなりウンザリした表情をしている。塔のドラゴンは相当逃げたいんだろうな。
「どうしよう、まずはギルドに届けた方がいいのかな。」
「まぁ、それが普通だ。ただ…。」
「ただ?」
「ひ~と~で~な~し~!!って、塔のドラゴンがかなり盛大に叫んでるな。オレ達に見捨てられそうで、焦ってるんだろ。」
なるほど。
俺だって捕まって幽閉されてたら、多分同んなじ事言うよな。
逃げ出すチャンスが目の前にあるのに、みすみす見逃すなんて、絶対出来ない。
「なぁアラシ、ギルドにはあとで届けでて、正式な依頼にするのって、できるのか?」
「まぁな、こういう場合はしょうがない。対応して貰えると思うぜ?」
それなら問題ない!
「わかった!助けよう!!」
助けるとなれば、必要なのは情報だ。
アラシを介して、俺達は次々と質問していく。
幽閉されているそいつが知っている情報は、そんなに多くはなかったけど、それでも大事な事がいくつか分かった。
そいつの名前はシルク。
もう10年も、この砂漠の塔に閉じ込められているらしい。住処を襲われ、父も母も捕らえられ、別々に売り払われた。
金持ちの道楽で買われたシルクは、護衛兵の監視のもと、この塔でひたすら出られる日を待ち望んで来たんだ。シルクを助けるには、まずはその護衛兵をなんとかしなければならないんだろう。
そして塔の構造。
五階建てで空調完備。円柱形の石造りの塔は、窓すら造られていない。内部は細い階段で、階と階がつながれているだけ。逃げられないための造りになってるんだよな。
「さて、どうするか…。」
アラシは腕組みして、う~ん…と唸っている。とりあえず、塔に入らないと話にならないけど…。塔の扉は、もちろん固く閉ざされている。まずは、あの扉を開けないと何も始まらない。
「道に迷った旅人のフリして、扉を開けてもらう?」
と、ミュウ。
「出来ればアシがつかないように、面が割れないようにしたいんだよなぁ。」
アラシはなかなか物騒な事を言っている。
「変装する?仮面とかつければ、顔見えないよ?」
サイの無邪気な意見に、俺は軽く額を小突きながら、反論した。
「ばぁ~か。んな怪しいヤツ、誰が扉を開けるんだよ。」
サイはほっぺたをぷーっと膨らませて拗ねている。こいつといると、ホント村のチビ達思い出すよ。
「…いや、ありかも知んねー…。」
へ?
今、呟いたの、アラシ?
「まぁ仮面はアレだが、変装ってのは悪くないだろ。兵士が疑わない、面が割れない方向で考えようぜ?」
そんなこんなの話の流れで、俺達は今、砂漠の塔から一番近い街、ゴルドに来ている。
何故って?
変装コスチュームを買うためだ。
しかも俺達は今、アクセサリーがジャラジャラついた、女ものの衣装を入念に吟味している。…主にアラシとミュウが。
二人が持ってくる衣装を、俺は取っ替え引っ替え、着ては脱いでを繰り返す。協議の結果、俺が女装して、兵士のお兄さんに扉を開けさせる事になったからだ。
「これなんかセクシーだぜ?」
「…露出が多過ぎて、イチコロで男ってバレるし。」
アラシが持ってくる衣装は話にならない。好みで持って来ないでくれ。
「これは?顔も髪も適度に隠れるし、体の線もカバーできるわよ!」
ミュウが持ってきたのは、顔の下半分をヴェールで覆い、体も薄い布を何層にも重ねて寄せ、ふんだんに膨らみをもたせた、女性らしいデザインの衣装だ。
さすがにセンスがいい。…でも、ジャラジャラした飾りを山程もって来ないで欲しい…。あれも可愛い、これも可愛い、って着せ替えを楽しみ過ぎなんだよ全く…。
「これなら、顔はほとんど見えないな。いいかも知れない。」
見えないからこそ、ミステリアスな…なんとなく美女っぽく見えるんだよな。第一こんな恥ずかしい格好…出来るだけ顔は隠したい…。
「わぁ~~!カイン、キレイ!女の人みたいだよっ!!」
「…ホント。ちょっとムカつくくらい。」
サイとミュウが褒めてくれる。
あんまり顔も見えないのに、ミュウにガッツリ化粧を施されたしな。こんな格好までしてるんだ。妙齢の女に見えてくれないと困る。
アラシじゃ女というにはゴツいし、ミュウやサイじゃ大人に見えない。…それに、俺的にはもし顔バレした時にミュウが追われるのだけは避けたかった。
消去法で俺しかいないからしょうがないけど、かなり恥ずかしい思いをしてるんだ。やるからには、絶対成功させてやる!!
俺の服が揃ったところで、今度はアラシの服を選ぶ。
砂漠を女一人で渡るのも不自然だから、連れが砂漠で倒れてしまった、という設定にするつもりだからだ。アラシは連れの役。ちょっと離れた場所で倒れててもらう予定だ。
太陽の光を反射しそうな、厚手の真っ白い服にターバン。特徴のない、砂漠ではありふれた格好だし、何よりアラシの爽やかな若葉色の髪を隠してくれる。
踊り子にも見える、露出もなくスカートですらないのに、なぜか色っぽい衣装を着込み、準備万端整ってしまった。
塔の前で扉を睨みつける俺。
近くでミュウが、からかうようにニヤニヤしてるのが腹立たしい。
一刻も早く終わらせたい。
俺は扉を乱暴にガンガン叩いた。
「すいません!すいません!お願い、開けて下さい!!」
出来る限りの高い声で、必死に叫ぶ。
なのに、扉は一向に開かない。
中からの物音も一切無しだ。
ちくしょう…。シカトするつもりだな?
でも負けねぇからな!
「お願い!仲間が倒れてしまったの!お願い、開けて…死んでしまうわ!」
…………。
反応なし。
う~~ん…手強い。
「お願い!……お願い、開けて…!」
さらにガンガン、ガンガン、扉を連打する。
…………。
う~~ん…これでもだめかぁ…。
仕方ない。
「背に腹は代えられません!扉を破壊します!もし中に誰か居たらごめんなさい!!」
扉の奥で、ガタガタっと音がして、扉が開く。あはは、めっちゃ慌ててるし。中から20代半ばくらいの、冴えないお兄さんが飛び出して来た。
「ああ、良かった…開けてくれて。」
にっこり笑った俺、 お兄さんは俺を見て目を見開き、何か言おうとした。そしてそのまま、その場に崩れ落ちる。
ミュウの眠りの魔法が炸裂したからだ。
「よし!行くぞ!」
「サイはアラシを呼んで来てくれ!」
眠りの魔法がアッサリ効いたもんだから、アラシに砂漠で倒れといてもらった甲斐がなかったが、まあいい。
俺とミュウは塔に踏み入り、上へ、上へと上がって行く。
細い階段は、途中に扉も踊り場も何もない。どうやら円柱形の塔の外周を、螺旋状に最上階まで繋いでいるようだった。延々と続く階段に、足が悲鳴をあげる。
「も…う…ムリ…っ!」
「だめ!頑張って!…兵士さんが…起きちゃう…!」
そうか、眠りの魔法は長時間は効かないんだったっけ。