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はじまり①

ミュウに追い立てられるように慌ただしく出ていくカインを、アリアは感慨深い思いを抱きながら見送っていた。


カインの育ての親、アリアはこれまで百人以上もの子供を育ててきた。大切に大切に育てても、彼らはいつも彼女の元を離れ旅に出る。


もう何十人も送り出した彼女でも、今日は殊更思うところが大きい。カインがこれから向かう先は、彼女にとっても因縁浅からぬ場所だから。


カインが旅立つそもそもの原因、アリアもおおいに関係するその事の発端は、今よりさらに2000年もの時を遡る。


それは、事の一端を担うアリアでさえ、全貌は知らない物語…。




****************


…2000年の昔…


世界は人にとって、もっと恐ろしい場所だった。



遥か遥か昔から、叡智と力、長命をもって、世界を平和裏に治めてきたのは、生者の王ドラゴン。


彼らにとって、人という種族は、互いを高めあえるかけがえのないパートナーだった。


主と定めた人の血を受け入れた時、契約の証としてドラゴンは飛躍的な力を得る。力を至上の価値とするドラゴンにとって、人は友であり、主であり、宝だった。


だが、人と共存し助け合う幸せな治世は、新たな勢力の登場により、水面下でジワジワと蝕まれていく。



死者の王「ヴァンパイア」の登場だ。



彼らにとって人は極上の糧であり、時に従順な下僕となる新たな仲間も生み出した。


「始祖」と呼ばれるたった一人のヴァンパイアから発した勢力は、わずか500年程で世界にあまねく広がっていった。



人を糧として爆発的に勢力を拡大するヴァンパイア達…。


人とドラゴンは、その脅威に立ち向かうため、各地で一斉に立ち上がった。



ヴァンパイア駆逐の動きが活発化した、丁度同じ頃…。一人の男が雑踏の中をあてもなく歩いていた。


他でもない。

全てのヴァンパイアの産みの親、「始祖」と呼ばれる男だった。



数多の血を吸ってきたせいか、彼は強くなり過ぎた。最早ドラゴンでもない限り、彼に傷ひとつ与えられないだろう。


強さゆえか、彼には確固たる目的などなかった。


世界には彼の下僕が蔓延し、今も増え続け、組織化されてきている事は知っているが…興味がない。ただ毎日、人が溢れる街を探しては旅を続け、腹が減れば捕食する。それだけだ。


なぜ街を探すのか、彼自身にも分からない。人に惹かれるのか、餌として引き寄せられるのか…。街には活気が溢れ、人は刹那の命を謳歌している。それが彼には、とても魅力的に思えた。


しかし、彼が滞在した街の多くは、その後悲劇が巻き起こる。


吸血された者の多くは灰になり、ひと掴みの者はヴァンパイアとして甦る。その後は…最後の一人まで、餌として狩られていくだけだ。


永遠の時を漫然と消費する彼にとっては、街が潰れていく事すら…どうでもいい事だった。



その日も、街を彷徨っていた。


街の名前は分からない。賑やかで、呼び込みの声が響き渡る、商いの盛んな街だった。いつも通り腹が減り、建物に集っていた子供を捕食する。子供は美味だが、血が少ない…。


逃げ惑う子供を捕らえては、柔らかな喉に牙をたてた。何人の子供を貪ったのかわからない。女の絶叫で、彼は我にかえる。


女は、彼の腕から子供をもぎ取った。


「トム…! トム…!?」


最早子供の息はない。

子供の亡骸を抱いてむせび泣く…女の首筋を、彼は美しいと思った。


彼が女の首に牙をたてた瞬間、子供の亡骸は灰になり、崩れ落ちた。


女の絶叫が再度響き渡る。


その時、目が眩むような閃光と共に、彼はこれまで味わった事のない衝撃を腹部に感じていた。



続けざまに、今度は首に鋭い痛みが走った。体内から、ズズっ…と血が抜かれる感触を、彼は初めて我が身で感じる。



彼は混乱していた。



下僕に攻撃され、あまつさえ牙を立てられる事など、あり得ない。


始祖である彼に直接吸血された者は、強大な力を得る代わりに、服従の呪縛も強い。彼を害する事は一切出来ず、命令には絶対服従だ。


500年の永きに渡り、下僕に害された事などただの一度もなかった。


彼の混乱を他所に、女は銀色の髪を振り乱し、間髪入れずに閃光を放ってくる。


事態を掴めないまま、彼は女を振り切って、街から逃げ出した。



街から離れた場所に廃墟を見つけ、彼は身体を横たえる。予想だにしていない攻撃だっただけに、彼の負った傷は思いの他深いものだった。


しかも…治癒しない。


通常この程度の傷ならば、1日で完治するというのに、女が与えた傷は、3日経っても治癒の兆しすら感じられない。



なぜあの女だけが特別なのか。



なぜ、服従しない?

なぜ、私を害する事が出来た?

なぜ、私の傷は癒えない?



いくら考えても分からない。

痛さと不快さが、思考の深まりを邪魔する。


傷を負うのが、こんなに痛くて気が滅入るとは知らなかった…


彼がそう独りごちた時、俄かに廃墟の周囲がざわつき始める。



………あの女が、攻めてきた………

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